ここ! また間違ってる

 マガジンラックを指差して、要が大声を上げる。

ゆかり

えー、ちゃんとやったよ

ちゃんとやってないよ。入り口から近いところから新聞、週刊誌、マンガ雑誌、ファッション誌だってば。需要が高いものからレジの近くに並べるの

ゆかり

でもあたしはファッション誌くらいしか読まないし

富良野さんの都合じゃなくてお客さんの都合に合わせて並べるの。ただでさえここは長距離ドライバーとか幽霊の噂を信じない男性のお客さんが多いんだから

ゆかり

要くんは細かすぎるんだよ

富良野さんが気にしなさすぎなの!

 慣れないことに挑戦する、という一件以降、気まぐれにゆかりは店を手伝うようになった。

 とはいえ出来る仕事などあるはずもなく、こうして要が頭を悩ませている。

ゆかり

厳しいなぁ。もっと優しく教えてくれてもいいのに

そもそも富良野さんが先輩なんだから俺に教えるべきなんだけど

ゆかり

むー、もうしらない!

 ゆかりは並べてあったファッション誌の最新号を一冊掴むとそのまま休憩室に逃げ込んだ。

 要は追いかけるわけでもなく、ゆかりが並べた雑誌の並べなおしにとりかかった。

百手

苦労してるみたいだね

やる気になっただけ進歩と思うべきですかね

百手

そうだろうね

それにしたってわかっていたとはいえ、本当に全然仕事覚えてないんですね

百手

うかつに表に出せないって言うのもあるけど、彼女はいつも休憩室にいるだけだからね

どうして雇おうと思ったんですか

百手

そりゃうち以外に引き取り手もないだろうしね

それだけで……

百手

まぁなんだい。同類相憐れむ、ってやつだね。高橋くんはあまり気にしてないみたいだけど、彼女はあくまでゾンビ娘だ。普通のところじゃやっていけないよ

あ、そうでしたね

 要は手に持っていたファッション雑誌に目を落とす。さっきゆかりが持っていったものと同じものだ。

 表紙には煌びやかに笑うモデルの女性と読んだところで想像もつかない服やコーディネートの名称が並んでいる。

あの包帯だらけの体。もしかしてゾンビだからなのかな? だとしたらおしゃれなんてなかなかできないだろうし

俺ちょっと富良野さんと話してきますね

百手

うん、わかった。こっちは私が片付けておくよ

 百手に持っていた雑誌を手渡すと要は休憩室に足を向けた。

小木曽

高橋さん、っすか

小木曽さん。富良野さん、怒ってます?

小木曽

いえ。ですが俺、姫に手を出したら許さないって言いましたよね?

言ってたけど、手は出してないっていうか、正当な怒りというか

小木曽

何か言ったんすか!

言いました

小木曽

姫は強い方なので高橋さんの言葉ぐらいで崩れ落ちるような方ではありませんが

強いどころかものすごく図太いと思うんだけど

小木曽

それでも大切にしていただかなくては困ります

じゃあ、これから話してくるから入れてもらっていい?

小木曽

わかりました。俺も今までのことでそれなりに高橋さんのことは信用しているつもりですから

 そう言って小木曽は休憩室の引き戸の前を譲る。

 怒りが爆発すると要が手をつけられなくなることを小木曽はよく知っていた。

それはどうも

 要が休憩室に入ると、ゆかりはいつものようにごろごろと畳の上を転がりながら、持っていたファッション誌を読んでいる。

全然反省してない!

ゆかり

あれ、要くんだ。あたしに謝りに来てくれたの?

俺が謝る側なの!?

ゆかり

だってあたしさっき要くんに怒鳴られてとっても傷ついたんだもん

ごろごろしながらよく言うよ

 ゆかりは雑誌を閉じて転がるように起き上がる。

でも店のルールがあるんだから、それを破ったら怒るでしょ

ゆかり

あたしのルールブックはあたしだもん

またどこかで聞きかじったような言葉を

ゆかり

ほら、早く謝って。今なら寛大なあたしは許してあげるよ?

まったくもう。わかったよ。その代わり、ちゃんと俺にも謝ってよ? 少し強く言い過ぎました。ごめんなさい

ゆかり

よし、許してあげよう

 ゆかりはちゃぶ台に置いたままのスナック菓子を一つつまんで要の口に突っ込む。

むがっ

それじゃ俺が謝ったんだから、富良野さんも謝って

ゆかり

なんで?

俺の話聞いてなかったの!?

ゆかり

だってあたしは悪いことなんてしてないもん

だからしたんだよ

ゆかり

ほら、早く仕事戻らないと店長がいるとお客さん来ないよ

まったくもう

 追い払うように手を振るゆかりを睨み返して要は店頭に戻る。

 すると百手が触手を伸ばして雑誌を整理しながら窓ガラスを拭いていた。

百手

どうだった?

少し気にした自分がバカでした

百手

そうだろうね

 百手はわかっていたように声をあげて笑う。

店長、またお客さん逃げてますよ

百手

え?

 窓の外では入ろうとしていた客が大急ぎで車を発進させているところだった。

百手

あーあ

店長もそろそろ覚えてくださいよ

百手

君だって急に利き腕を一切使っちゃダメって言われたら困るだろう?

それはそうですけど

百手

彼女も同じなんだよ

彼女って富良野さんですか?

百手

見た目は普通の人間に見えても彼女は人間とは違う存在だ。それを人間と同じように扱おうとすれば必ずどこかにズレが生じる

このバイトレベルなら本人の意志次第だと思うんですけど

百手

それはそうかもしれないけどさ

また残りの仕事は俺がやっておくんで、店長は富良野さんのフォローお願いします

百手

そんなに気にしなくてもすぐ立ち直るさ

やっぱりきつく怒っておいてください

 要は窓の外を眺めるが、客は潮が引いたように現れる気配はない。一度百手の姿を目撃されたら、噂が出回るのか数時間は客が来ないのも珍しくはない。

ゆかり

はぁ、休憩おしまい

休憩じゃなくてサボりでしょ?

ゆかり

違うもん。あたしの休憩はあたしが決めるんだから

またそうやって

 押し付けられたファッション雑誌を受け取って、要はページの歪みを確認する。少し広がっているが立ち読みする分には問題ない、とマガジンラックに並べる。

ゆかり

それじゃ、次の仕事は何?

んと、それじゃ揚げ油を換えちゃおうか

 普通なら夜に百手がやってしまう仕事だが、めっきり客足も途絶えそうで要は思いついたままに口に出す。

ゆかり

えぇ、やだよー。重いし汚いじゃん

だから掃除するんでしょ

ゆかり

要くんがやればいいじゃん

仕事覚えるんでしょ?

ゆかり

それはあたしの仕事じゃないから

これじゃいつまで経っても堂々巡りだなぁ

それじゃあ富良野さんの仕事って何なの?

ゆかり

んー、みんなの癒し係?

今すぐ掃除にとりかかれ!

 ゆかりは要の大声に少しだけ体を跳ねさせる。

ゆかり

要くん全然反省してないじゃん

反省してないのはお互い様でしょ

ゆかり

もういい。今日は手伝ってあげない!

さっきから手伝ってもらってないんだけどね

ゆかり

もー、要くんは一言多いの!

 手洗い場に置かれたうがい用のカップに水を注ぐと、ゆかりは容赦なく要に向かって投げつける。

 プラスチックのコップが床に落ちると同時にゆかりは店の外に飛び出した。

なんだかなぁ

ジーナ

おはようございます。ゆかりが今走っていったんですが、って要様っ!?

あ、おはよう。ジーナさん

ジーナ

何かあったんですか? とにかくそのままでは風邪をひきますから着替えてきてください

うん。じゃあちょっと行ってくるよ

 なんだか自分がずいぶんとひどいことをしたように感じられて、要は頬に滴る水を掌で拭った。

九話 俺の目を見てゴメンと言え!(前編)

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