暗黒星雲≫
暗黒星雲(dark nebula)とは天体の一種で、背後の恒星などの光源によって影として浮かび上がる星間雲(周囲よりも高密度の星間ガスや宇宙塵が、他の空域より濃く集まっている領域)のことをいう。地上から観測した場合、暗黒星雲に含まれる塵やガスによって背景の星や銀河などの光が吸収され、あたかも黒い雲のように見えるため、こう名付けられた。(※)
――だからお願い。『シーニュ』の命名権を私に下さい
悪いが、それはできない
どうして……
この星はシーニュ王国の子供たちと見つけた恒星なんだ
子供たちと……
そう。君たちと同じように、僕らも夜空を見上げては、星を探している。『シーニュ』はここの子供たちが命名した大切な星なんだ。
レダ。君には申し訳ないが、分かってくれるだろ?
……うん
その代わりと言っては何だが、最近私が見つけた新しい星を君にあげよう
……え?
ほら、データはここにまとめてある。銀色の美しい星だ。気に入らないかい?
いや……
もし、その星がGRとやらに登録済みだったら、また夏の間に地球に来るといい。それまでに新しい星を探しておくから
…………あり……がと。でも
――ガチャ
シュヴァン? もう今日は帰ってくれと
こんばんは。突然の訪問、お許しください
あなたは……
私はワームホール型ワープ機能を搭載したヘレネ星出身のアンドロイドです。今回は落し物の回収のために地球に派遣されました
今日はおかしな客人が多すぎる……
レダさん
……!
ヘレネ星の惑星間航行管理局より連絡がありました。民間人が惑星間の超光速航行に紛れ込んだと。そして発見次第、生体転送にてヘレネ星に送り返すようにと
……!
どういうことだ、レダ……
……
GRに加盟していない惑星の住人との直接的交流は禁じられています。今回、我々は落し物の回収のために、特別の許可を得てここ地球にやって来たのです。レダさんはどこで知ったのか、地球に向かう便の存在を知り、こっそり乗り込んだようです。要は『密入“星”』です
そんな……。では彼女は罪に……?
心配いりません。彼女はまだ子供だ。“少年法”に守られている
……そうか、よかった。さすが文明星だ
……ごめんなさい
せーんせいに言ってやろー
……はあ?
……失礼。三男が出てきてしまった
??
さあ。レダさん、帰りますよ
うん……
ちょっと待ってくれ
……
レダ。さっきの話の続きだ。もし僕があげた新しい星が既知の星だった場合――
でも、もう会えないから……
直接会えなくたって、交流はできる。
電波で送信してくれ。「あなたにもらった星は、やっぱり登録されてたわ。下等生物め」ってな
……
104年……
……え?
便りが往復するのに104年だ
104年がどのくらいの長さかは分からないけど
まあそんなに長くはないさ。もしかしたら明日、惑星間航行ができるまで我々の文明が発達するかもしれないし
それはありえないことね。
少なくとも私の夏休みが終わるまでには
君の星の人間は皆、辛辣なのかい。次来たときには『オブラートの包み方』を教えてやろう。
……またな
……うん
折角、地球に来たんだから、お土産でも買っていくかい?
ううん。――もうたくさん持ってる
そうかい。じゃあ、帰ろう
シグナス! 君はそうやって嘘をつくのかい!
嘘なんかついてないさ
現実主義のシュヴァンが、宇宙人にあったなんて言いだすとは
こいつの家で会ったんだ、僕は! グリーゼ777Afからやって来た【neighbor】と名乗る異星人にね
酒の飲みすぎだよ。文明のレベルが低いな
なんだと……!
落ち着け! シュヴァン
私は嘘をついていない。私はあの日、グリーゼ777Afの異星人にも、【neighbor】と名乗る異星人にも会ってはいない。――私が出会ったのはヘレネ星人で、【レダ】と名乗る異星人である。
あれからもちろん、レダから通信は届いていない。彼女からの電波通信は104年以上の時間を要することが後に判明した。ヘレネ星はもっと遠くにある星なのだ。銀河系のご近所さんには変わりないのだろうが、少なくとも『隣人』ではない。
《ヘレネ星はグリーゼ777Afではなかった。》
メッセージの送り主と、惑星探査船の送り主は違っていたのだ。2124年8月29日、地球に届いたメッセージ。あの送り主は確かにグリーゼ777Afの住人からのものだった。その2年後、突如地球に接近してきた巨大な構造物を、我々はメッセージと安直に関連づけてしまっていたが、あれはグリーゼ777Afからのものではなく、ヘレネ星からのものだったのだ。ヘレネ星とグリーゼ777Afは何の関係もない星同士だろう。グリーゼ777Afは我々とそう文明レベルの離れていない星。きっと今も我々からの返信を待っているはずだ。
一方、ヘレネ星は、銀河系の中枢にあって、文明レベルの高い星だ。子供が惑星間航行で私に会いに来る程度に。ヘレネ星は地球やグリーゼ777からはもう少し離れた場所にあるのだろう。私はまだ、その星の場所を特定できてはいない。
なぜ私がこのことに気付いたのか。それはレダの宿題のお陰だ。彼女は光学望遠鏡で恒星『シーニュ』を発見したと言った。これを信じるならば、グリーゼ777Afとヘレネ星が同一の星であるはずがない。――なぜならグリーゼ777の方向から『シーニュ』は観測できないから。正確に言うと、光学望遠鏡では観測できない。
グリーゼ777と『シーニュ』の間には、暗黒星雲が隔たっている。暗黒星雲は宇宙を漂うガスや塵の集合体で、光をほぼ通さない。よってその向こうにある恒星は可視光線では観測できないのだ。どれだけ性能のよい光学望遠鏡であろうと、光を遮られてしまっては見ることはできない。だから『シーニュ』を観測できたヘレネ星はグリーゼ777Afではありえない。
ヘレネ星に住むあの子を振り向かせるためには、我々の文明レベルが相応になるのを待たなければならない。
距離と格差はいつだって、恋の邪魔をする。
……ずるいよ
え?
異星人にあったんだろ?
……夢みたいなもんさ。今となっては現実だったのか、確かめる術もない
それでどんな人だった?
……口の悪い女の子
へえ……。言葉が通じたのか?
……
不思議だな。やっぱり夢だったのかな
見ろ。星は今日もきれいだぞ
……ああ
2131年4月8日≫
人類史上初の人工ワームホールの安定的生成実験が行われる。約30秒間、安定状態を保つも消滅。しかし、ワームホール型空間跳躍航法実用化への第一歩として注目された。
その際、ワームホール内部より紙片のようなものが出現。紙片には、幼児が書いたような文字で「あなたにもらった星には『シグナス』と名付けました。ヘレネ星のレダ」と書かれていた。どこからやって来たのか、また書かれている内容がどういった意味を持つのかは不明。
実験現場に何らかの形で、子供の悪戯書きが紛れ込んだものと思われる。