その場所は大量のゴミから発生するメタンガスの煙がくすぶり辺りには絶えず鼻が曲がるほどの悪臭が漂っていた。

腐敗物に群がるおびただしいハエの群れ。弱ったネズミを追い回している太ったカラス。

十センチまで巨大化したゴキブリの大群が地面を這いまわっている。腐臭が本来爽やかなはずである朝まだきの空気を汚染してた。

内戦時代の爆撃で半分倒壊したサッカースタジアム。

かつては競技フィールドだった場所に複数点在している巨大なゴミの山。

ゴミ山の合間には幾つものテントとバラック小屋が立ち並んでいる。

この競技場跡はスカベンジャーと呼ばれる集団が自給自足的な生活をしているスラムと化していた。

ネオシティから排出される産業廃棄物および一般廃棄物は年間数百万トンにも及ぶ。

廃棄物は政府の委託する業者によってネオシティから運び出され外部のゴミ処理場に集められている。

スカベンジャーはそのゴミ処理場からあらゆる種類のゴミを盗み出しこのスタジアムにせっせと運び込む。

彼らはゴミの中から現金化できる資材を集め生活の糧とした。

空腹を満たすために食べれそうな生ゴミはあまさず食した。

このスラムには現在二千人以上のスカベンジャー達が暮らしている。

スカベンジャーはこの国の崩壊後自然発生的に生まれた社会階層の最下層に属する集団である。

ヤギ

うおおおおおおー

テントの外に出たヤギが素っとん狂な声で叫んだ。のけ反りながらテントに戻ってきたヤギはトコナミの着ている着古した軍用ジャケットの襟をつかんで激しく揺さぶった。

ヤギ

ト、ト、ト、トコナミさん、たた、た、た大変だ。す、す、すす、ごい事にな、ななってるよ!



トコナミ

落ち着け、このバカ野郎!


トコナミはヤギの頭を思いっきり殴って突き飛ばした。

ヤギ

だって……。トコナミさんも見てみなよ

尻餅をつきながらヤギがテントの外を指差す。

トコナミがテントの中から顔だけ出して辺りを見渡す。

―――何なんだいったい

コナミは細い目を大きく見開いて思わず息を呑んだ。

夜明け間近の薄明かりの中、トコナミの目に飛び込んだ光景は群集で埋め尽くされた観客席。

そこにはこの国に住むあらゆる社会階層の人々が集まっていてスタジアムは異様な空気に包まれていた。

いつの間にこんなに集まったんだ

昨夜眠りにつくまでは考えもしなかった状況だった

しかし何故だ 静かすぎる 何なんだ 何故誰も騒がない 暴動じゃねえのか

ネオシティと外の世界を分断する壁を爆破する
 
この腐りきった国をぶち壊してやる
 
誰だって願ってる事だろうが
 
何なんだいったい・・・・・・
 
そうか、こいつら傍観する気だ
 
俺たちと力を合わせようとはこれっぽっちも思っちゃいねえ
 
ただのギャラリーなんだ
 
観客席に陣取った暇つぶしの観客に過ぎねえ
 


群集は不気味に静まり返っている。

ヤギ

トコナミさん、なんか言ってやったほうがいいんじゃないですか

ヤギがトコナミをつつきながらそういった。

トコナミ

うるせえ、何も言うことなんかねえよ



ヤギ

でも、こんなに集まってるんだし

トコナミ

こいつらは俺たちに協力する気はねえよ



ヤギ

そんな馬鹿な、ネオシティの壁ぶっ壊したいっていうのは外の世界で暮らしてる者なら誰だって思ってる事じゃないですか



トコナミ

ネオシティの壁に挑んだ奴らは今までにも何人もいたさ。だがみんな政府軍に殺されるか、生き残ったとしても強制収容所送りだ。死ぬまで穴の中で天然ガスの発掘作業だぜ。どうせ失敗するって踏んでるんだ。だから俺達にやらせてこいつらは高みの見物を決め込んでやがるのさ



トコナミはポケットから煙草を取り出しゆっくりと口に咥えるとライターで火を点けた。

トコナミ

・・・やってやるよ


トコナミは群集を睨みつけると独り言のようにつぶやいた。




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