放課後の屋上は最高に暑かった。その暑さゆえに、夏は近寄る人がほとんどいない。それを理由にこの場所を指定したのかと思うほど。

紗己子

天童さん?


先に来ていた天童さんは、わたしの声に顔を上げた。
彼女と同じく、わたしも比較的涼しい物影に入る。必然的に距離が近くなった。

天童さん

……ああ、先輩、お待ちしてました。わざわざお呼び立てして、すみません

紗己子

いいけど……用件は何かな?


すみませんと思うなら呼びつけるな、とは思う。

天童さん

単刀直入に言いますけど、陸くんのことです。一体彼に何を言ったんですか? 急にあたしを避けて――

紗己子

えっと……椎名くんのことなら、本人に聞いた方がいいんじゃないかな?

天童さん

とぼけるのはいい加減にしてください! あたし、知ってます。陸くんは先輩のことが好きなんです!

紗己子

……


そんな、泉でも知っているようなことを得意気に言われても困る。

天童さん

それなのに、先輩は陸くんをふった上にいつまでも彼を振り回して……あなたに、彼を縛る権利なんて何もない!

わたしと陸が本当は付き合っているということを知らなければ、天童さんの言い分は至って正論だ。
だけど、それを何の関係もない部外者に言われる筋合いはない。

このまましらを切り続けても良い。
その方がどちらかといえば、わたしの対外的なイメージは守られる気がする。

穏やかで、控えめな、資産家の令嬢。
腹の底で渦巻く黒い感情を隠して、ここ数年わたしが作り上げてきた虚像。
壊すのは勿体ない……でも、

この子は邪魔だ。

紗己子

どうしてそんなこと、天童さんに言われなくちゃならないのかな。わたしに命令する権利なんてあなたにないでしょ。ていうか、ふられたくせに図々しいのはそっち

天童さん

なっ――……!

紗己子

何年も近くにいたのに、何もなかった時点で諦めた方がいいんじゃないかな。陸言ってたよ? 無理矢理キスなんてされて迷惑だって


少々言いすぎな気はしたけど、これくらいは言っておかないと。
 
もともと、既に蹴落としたと思っていた女だ。
それがこうして、わたしの邪魔をしに来た。

今度はわたしに歯向かおうなんて気を起こさせないように、徹底的に潰しておかなければいけない。

紗己子

陸がわたしのことを好きだって、気づいているんでしょう。だったら、天童さんの出る幕はないよ。みんなには内緒にしてたけど、わたしたち本当は付き合ってるの

天童さん

え? で、でも……陸くんは

紗己子

周りに気を遣われるのが嫌だから、黙っていただけ。これで納得した? わたし、陸を振り回してなんかいないし、彼もそう思ってないよ


そしてわたしは、最後に優しく諭すように言った。

紗己子

わたしたちのことは、天童さんも内緒にしてね。そうすれば、あなたが陸にしたことは誰にも言わないし、忘れてあげるから

天童さん

――っ

天童さんからは、その後生意気な言葉が出てくることはなかった。
酷く憔悴したような顔で立ち去って行く彼女の後ろ姿を見ながら、自然と笑みがこぼれる。

きっと彼女は、大いに傷ついていることだろう。

紗己子

悪く、思わないでね


全てはわたしの復讐のためだから。そのためなら、わたしはなんだってできる。
わたしのような悪女より、本当はきっと彼女のような子の方が陸には相応しいだろう。

だから、全てが終わったその時は彼女に陸を譲ってあげてもいい。

もっとも――その時の陸が、今と同じとは限らないけれど、ね。

先輩、今日はなんだか機嫌がいいですね


陸が言ったのは、帰りの電車の中だった。
 

結局あの後、天童さんは部活に来なかった。その理由は明白だったが、何も知らないふりをしておくことにする。
個人的には、かなり気分が良い。

紗己子

えー? 分かる? 夏休みの旅行、楽しみなんだ

次の旅行は泊まりなんですよね

紗己子

そうそう

行き先はどこに決まりますかね……やっぱり、部長の案が有力かな……


夕方の電車は、帰宅するサラリーマンや学生で少し混雑していた。わたしたちは、離れないように手を握りながら、会話に花を咲かせる。

紗己子

どこでもいいよ。椎名くんと一緒なら


不意に電車が傾いて、わたしは扉に寄りかかる陸に体重預ける。

……先輩


吐息が鼻にかかりそうなくらい、二人の顔が近づいた。

わたしは、周りの乗客に聞こえないように、陸の耳に口を寄せる。

紗己子

……好きだよ


囁くように言えば、うぶな陸はすぐに顔を赤らめた。

俺も……です

紗己子

ふふふ


わたしは穏やかに微笑んだ。
もう邪魔者もいなくなった。全て、上手くいっている。

そろそろかな、と思う。

紗己子

ねぇ、椎名くん。お願いがあるんだけど

なんですか?


無邪気に首を傾げる陸に、わたしは言った。

紗己子

今度、お家に遊びに行ってもいい?

え? うちですか? 別に構わないですけど……

紗己子

本当? 嬉しいな。楽しみにしてるね

こうして寄り添っても、人の心なんて見えやしない。

そんな不確かなものを信じているなんて、本当に滑稽で笑える。

紗己子

椎名くんの育った場所を、一度見てみたかったの

それはある意味、嘘偽りない本心だった。

退屈な茶番劇はもう終わり。
さあ、復讐を始めよう。

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