毒々しい輝きに満ちた街。人々が行き交う仲、無気力な目を揺蕩わせた少年が一人歩いていた。
じゃりじゃりと靴を地面に擦りながら歩いていた少年は、ふと空を見上げる。
毒々しい輝きに満ちた街。人々が行き交う仲、無気力な目を揺蕩わせた少年が一人歩いていた。
じゃりじゃりと靴を地面に擦りながら歩いていた少年は、ふと空を見上げる。
あーあー、またこんな時間かよ。勤労学生は辛いねぇ
学生服をだらしなく着こなし、草臥れた鞄を揺らす少年は、この街では『何処にでも居る普通の少年』だ。
親元を離れ、一人で学費を稼ぎながら学校に通う少年。街に住む学生が全員そうかと言うとそんなことはないが、それでも少年の身の上は、この街ではありふれたものだった。
今日のバイトに疲れを感じながら、何処に寄ることも無く家路を急ぐ。最近の懐具合の寂しさを感じつつも、慣れた道をゆく少年の目は無感動を湛えている。
──彼の名は、天城鋼太郎(アマギコウタロウ)と言った。
む、テメーは……天城じゃねーか!
そんな、彼の名を呼ぶ者の声が一つ。
聞き覚えのある声に鋼太郎が振り向くと、無気力だった少年の顔はあからさまにイヤそうに歪んだ。
うげっ……草加さんじゃないっすか……
うげってなァなんだよ、テメー最近嫌そうな顔隠しもしねぇな。
……ま、そんなこたァどうでもいいんだ。ちょいと手伝ってもらいたいことがあってな
毎回そんな調子じゃイヤにもなりますよ……
草加、と呼んだガラの悪い男に絡まれ、鋼太郎は眉を下げる。
鋼太郎を呼び止めた男の名は、草加四季(クサカシキ)と言う。
この街では少々名の売れた厄介者だ。
ま、良いですけどね。今回はどんな厄介事持ってきたんです?
だが、鋼太郎はこの疫病神が嫌いではなかった。
呆れながらも、疲れた様子でそう聞く鋼太郎の目は、僅かに輝きを増していた。
毒々しい夜の街の光の様に不健全なものではあるが──楽しそうに。
なァに、すぐ分かるさ。ほうらおいでなすった
顎でどこかを指す四季に従い、視線を移動させる。
そこには、明らかに此方を目指して走ってくる、これまたガラの悪い男達が居た。
草加ァァ! テメェ待たんかいコラァァァッ!
うわ、分かりやす……何やったんスかアレ
殺意のこもった男達の叫びに、鋼太郎は若干引き気味にそう問いかけた。
四季はそんな問いかけにヘラヘラしながらも、答える。
『コロニー』の抗争だよ。ウチのモンが一人やられたんでよ、ちょいと小突き返しに行ってやったンだ
ええー……まさか一人でッスか?
当たり前だろ!
うわー……やっぱアホっすわ、アンタ
ンだとゴラァ!
イヤイヤ、言ってる場合じゃないっスよ!
ヤツら来ますって!
鋼太郎の言葉に怒りを露わにする四季にあわてて声をかけると、四季は舌を打ちながらも追いかけてくる男達の方へと向き直る。
すると──男達に、変化が現れ始めた。
ある者の身体には、ナイフの様な爪が生えた。
またある者は、その腕を身長よりも長く伸ばす。
身体が真っ赤に染まっている者も居た。同時に湯気が見えるのは、熱を発しているからだろうか。
どう見ても、まっとうな人間とは思えない変化だった。
全員身体系の『シンドローム』っスね。
おうよ。『ハイランダー』のヤツらだ。
しかし、鋼太郎達は驚かない。
どころか、男達の身体に現れた変化を見て、冷静に情報を共有しあう。
『ハイランダー』と言う名に、鋼太郎は聞き覚えがあった。
最近『この街』で声を大きくしている、鬱陶しいヤツらだ。知性を感じられない男達の声が、鋼太郎は嫌いだった。
……お仲間さん、どの程度やられたんスか?
……死んだ。あんなヤツらァどってことねェくらいのヤツだったんだが、不意打ち食らっちまったらしくてな。
鋼太郎の問いかけに四季が返したのは、怒りに曇った声だった。
死んだ。……その事実を聞いても、鋼太郎は驚かない。この街では、珍しくもない事だからだ。
早く言えってんですよ、そういう事は……
だが、だからといって腹が立たない訳がない。
鋼太郎の表情には、明らかな怒りが浮かんでいた。
迫る男達。鋼太郎と四季は正面から、立ちはだかる様に男達を見据える。
なんだ手前ぇ! 邪魔するならお前も──!
四季と並び立つ鋼太郎を見つけた男が、怒号を上げる。
しかし鋼太郎は、そんな声聞こえていないかのように、静かに『宣言』した。
……『刃』のシンドローム、ステージ2
まるで肩にかけた剣を抜き放つ様に、鋼太郎はそう呟き、腕を振るった。
すると──
空中に紅い線が走る。
鋼太郎の視界を別つ線は直ぐに消えたが──その代わりに、鋼太郎の手には紅い棒が握られていた。
『刃血症』
否──それは、剣。血液で出来た剣であった。
それはただ血が凝固したものではない。それならば、鋼太郎の手に握られた剣はもっとドス黒い赤に変色したものだったはずだろう。
──しかし違う。鋼太郎の手に握られた剣は、完全な個体になっているにもかかわらず、まるで処女の血を思わせる程に紅く、鮮やかな色だったのだ。
っ紅い刃──手前、まさか……!
鋼太郎の手に握られた刃を見た男達が、一斉に足を止める。
その目には明らかな困惑が──そして、驚愕が感じ取れた。
おっとォ! なァによそ見してんだテメェ!
そんな男達の隙を、四季は見逃さない。
男達へと勢い良く跳びかかった四季が、その怒りを拳へと込めるために振り上げる。
すると、四季の拳にはまるで天の──絶対者の怒りを体現するかのように。
響く雷轟の音とともに、紫電が現れた。
解放をせがむように込められた怒りが、足を止める男達の元へと叩きつけられる。
『紫電』のシンドローム、ステージ2……『解放性電熱症』!
それは、正しく雷であった。
四季の腕から地面へと叩きつけられた紫電が呼び水となり、凄まじい電気の流れが男達を焦がす。
っがあああああッッ!!!
うわー……相変わらずすげぇな。俺、いらないんじゃねーのこれ……
着弾点に居た男達は、即死であった。
それ故に、苦悶の声を上げられた者はまだ幸運だったかもしれない。
今の一撃で死ななかったのだから。
──いや、違うか。
た、たすっ……助けてくれ……!
──あのさ。誰に言ってんの、それ
今の一撃で死ねた者こそが、幸運だったのだ。
凄まじい雷の衝撃に弾き飛ばされた男が、困難から逃れようと這いずる。
そこに現れたのが──
ひ……あああ、し、『死神』……!
『死神』だった。
ステージ2──『シンドローム』を持つ者の中でも一部しかいない『かけ離れた者』である鋼太郎は、そう呼ばれ恐れられていた。
人聞き悪いぜ。それじゃまるで俺が好き好んで暴れまわってるみたいじゃねーか
普段はその姿さえ見せないが、狙った命は必ず刈り取る。
そこには何の意思も介入せず、また逃れられた者もいない。
まさかこの普通のガキが『死神』だったなんて。
自分の上で紅い剣を振り上げる少年を見て、男は背筋までを凍らせる。
死ねよ
淡々と剣を振り下ろす鋼太郎を見て、最後の一瞬でようやく男は、男達は気がついた。
異常な街で『普通』を貫く少年は、誰よりも街に馴染むのだという事に。
ご苦労だったな天城
それから少しして。
まるで砂の像の様に風に吹かれて散っていく──元男達の亡骸を見送っている鋼太郎は、四季に呼ばれてようやく気がついたかのように目を丸くした。
騒動からは五分と立っていないというのに、そこにはもう血も亡骸も、男達の痕跡は残っていない。
別にいいっスよ。んでも、本当に俺必要だったんですかね?
そりゃまあ……どうだろうなァ。でもお前がいたからアイツらもバカみたいに呆けたツラしたんだぜ。あんだけの大技は、簡単には通らねェさ。
四季に愚痴りつつも、鋼太郎は然程興味がない様子だった。
すこし暴れ足りない所はあるが、何事もないに越したことはないし、それにいい加減眠くなってきたからだ。
はは……お役に立てたんなら光栄です。
んじゃ、俺そろそろ帰りますよ
あァ? なんだよ、メシくらい奢るぜ?
迷惑賃代わりってコトでよー
や、嬉しいですけど明日も学校なんスよ。大人しく寝ることにします。
ッかー、真面目だねェ。そういう事なら良いけどな。励めよガクセー君
四季も、それ以上は言わなかった。
後ろ手に手を振る四季を見送ってから、鋼太郎は歩き出す。
はー……疲れたな。ウチ帰って寝よ
ポケットに手を入れて歩く鋼太郎の頭からは、もう男達の存在は消えかけていた。
男達の首を跳ねて殺した感覚も、その男達が砂になって消えていったことも。今の一連のいざこざはもう全てが『こんな事もあった日常』として、頭の片隅に追いやられたのだ。
はっきり言って、それらは一つ一つが異常だろう。
実際に、鋼太郎も最初はそう思っていた。異能の力が当たり前にそこらを飛び交う事も、いくら証拠が残らないからといって殺人が起きて誰も騒がないということも、全てが異常だった。
──正し、それはこの街の外で、の話だが。
殺人も、異能も。ここ鳥海市(とりうみし)ではアタリマエのことだ。
何故ならば、それらを意識して集めたのが、この街だからである。
……いつからだったか、日本では未知の病が流行していた。
地の底に眠っていたとも、宇宙から飛来したとも言われる未知の病気だ。
その病気については、まだたった二つのことしか分かっていない。
病気に罹患した者は特殊な能力に目覚めること。人によってその症状が違うこと。その二つだけだ。
ヒトを『ナニカ』に変える病気を、人々は恐れた。
差別や暴動。鎮圧。幾つもの争いを繰り返し、人々はやがて罹患者達を一つの街に封じ込める。
──いや、この表現は正しくないだろう。ヒトを超えた少数のナニカに、一つの街を明け渡したのだ。
日本の一部でありながら切り離されたそこは、やがて独立した罹患者達の街となった。
だからここでは、人の常識は通じない。現実は現実じゃあないし、法律なんてものもただそこに存在するだけで機能はしていない。
やがて、その街は見て見ぬふりをされるようになった。
人々がその名前を忘れたくなったころ、誰が呼んだか──存在することしか分かっていない始まりの病の名を取って、この街はこう呼ばれることになる。
シンドローム・シティと。