ただいま戻りました!

紹介されてやってきた宿屋。木の香りが漂い、時計の針が動く音のみ聴こえてくる。読書には落ち着けるような快適な場所だった。

お帰り、遅かったね。ごはん食べてきた?

現れたのは美人とも言える女性。俺より年上なのは間違いない。どうやら、この人がこの宿屋の主のようだ。

ごはん食べてきました!

そう。それで、そちらの方は?

お客さんです!

キズナがそういうと、彼女はニコリと微笑んだ。

それはそれは。ありがとね、うちに来てくれて

お世話になります

それにしても若いわね。1人でここに?

妹がいます

ならお代は二人分でいいのね?

はい

いつまで泊まってく? ここは一泊1人あたり銅貨8枚になるわ

銅貨っていうのはこの世界の通貨のことだろうか。

しかし、それにしても困った。手持ちが一文無しだ。

とりあえず一週間分でお願いします

まいどあり! 銀貨1枚、銅貨12枚になります!

俺と妹の合わせた一週間分が112枚の銅貨。

それが12枚に減るということは、100枚の銅貨は銀貨に変わるらしい。

日本円で銅貨1枚を1円で例えるなら、112円?

怖いぐらい安い。よくわからなかった。

えーと、銀貨1枚と銅貨1枚。……だそうだ、キズナちゃん

はいです!

当たり前のように、キズナはお金を宿屋の主に渡した。

えーと、ちょっとまって? ……どうしてキズナが払うの?

んーどうしてだっけ?

困っている友達を助けるは当然なのです!

そういうことらしい。いやいや、持つべきは友達だね! ありがとうキズナちゃん!

あはは! もしそれを本気で言っているなら私はあんたをその場で拉致って毒の料理を食わせるよ?

あ、……はは

どうして女性とはこんなにも物騒な生き物ばかりなのだろうか?
きっとそういう種族に違いない。

軽い冗談だ。受け流してくれ

うん、そうだよね。お姉さんもそうなんじゃないかと思っていたんだ

しかし、落ち着いて聞いてほしい。 現在に於いて俺の財布には何も入っていない

キズナ。縄ってどこにあったっけ?

厨房に大きい肉を縛るための紐があった気がします

それでいいや。持ってきてちょうだい

がってんです!

……おい、紐なんか持ってきてどうするつもりだ

もしかして興味ある? なんなら1から教えてあげようか?

もちろん料理に使うんだよな……?

その質問に、彼女はニコリと笑うだけで答えようとはしなかった。

そうそうキズナ、ついでにナタを持ってきて

アイアイサー!

止めろよ!? 一体そんなものを持ってきてどうするつもりだ。俺が食材か? 俺が食材って言いたいんだろ!?

安心して、美味しくしてあげる

ドヤ顔をやめろ!

首だけ残してあげる。それで感じるの。自分の体の味に血の味を。どっちに食べさせてほしい? キズナか私か、選ばしてあげる

どっちも嫌です……

ならもう一度チャンスをあげる。お金は持ってるの? 持ってないの?

助けて欲しいわけじゃないが、なんとなくキズナと視線があった。

ニコニコスマイル。
彼女はいつもそんなに明るいのだろうか。

過去の記憶が蘇る。
お兄ちゃんと笑い笑顔を見せる愛佳の無邪気の表情。
その表情とキズナの表情は似てる。

まるで過去の愛佳を見ているようで―――記憶はここで途切れた。

どうなのよ

おそらくここで無いと言ってしまえば追い出されるだろう。

そうなれば困るのは誰だ。俺はべつにいい。外で寝るのは慣れていることだ。

愛佳も同じことだ。あいつも外で寝ることは慣れている。

俺たちはそういう環境で生きてきたんだから、当たり前だ。

しかし、本当にそれでいいのか。いくら慣れているからといって愛佳は女性。

なによりも俺の妹だ。自分の妹に、これ以上の仕打ちを与えていいのか?

マスター

なに?

カケルくんは私の友達です。ですから、ここは大目に見てほしいです

つまり、タダでここを止めろってこと?

働きます

間一髪でそんな言葉がでた。

十分なお金を手に入るまでここで働かせてください。ここに居させてください。妹に、不自由のない生活を送らせてあげたいんです。お願いします。

俺は頭を下げた。

お願いします!

キズナも頭を下げる。

あはは、……まるで私が悪いことをしているような雰囲気じゃないか。全く、断ろうに断れないよ、うん、仕方がない。それでいいよ

ありがとうございます。キズナもありがとう

えへへ

少年、キミの名前は?

北野翔琉です

そう、私はアル。そこ座ってて

アルはそう言って、厨房に入っていった。
しばらくして、彼女の手に持ってきたのは、おいしそうな料理だった。

残りもので作ったやつだけど、食べてちょうだい。お腹空いてるでしょ?

確かに、この世界に来た時から一切物を口にしていない。

アルがこうして料理を目の前に置いてくれなければ、自分がお腹を空かしていることを忘れいたままだった。

どうして

純粋な疑問だった。キズナといい、アルといい、どうして他人に対してそこまで親切にできるのだろうか

そんな不思議なことでもないよ。キミはもう我が宿屋の部下、いわゆる助け合いさ。空腹でクルーが倒れるのはマスターとしてどうなのよって話

マスターが部下を管理するのは当然だよ。そのかわり明日から厳しく扱きさせる。だから今日はゆっくりと休みたまえ、明日の為に

よかったですね

……ああ

ほんじゃ私寝るから、寝どころは好きにしていいよ。キズナあとはよろしく

がってんです!

アルはそういって、この場から去る。

……うまっ

さっそく残りものとやらのご飯を食べると、美味しかった。

お米がポロポロしていて、様々な食材の風味が口の中に広がる。

これはなんて言う料理なんだ?

マスターのチャーハンは絶品なのです!

チャーハンという料理らしい。初めて食べた。

ごちそうさま

あれ? 残しちゃうんですか?

愛佳の分だ。俺だけ美味しいものを食べるわけにもいかないだろう

……そうですか

なんだか不満そうな表情だった

ところで、アイカお姉ちゃんを置いてきてしまったんですが、ここまで辿り着けるんですか?

あいつの嗅覚は犬並だ。かならず俺の目の前に帰ってくる

カケルくん、少し聞いてもいいですか?

キズナちゃんには借りがあるからな。俺と愛佳の過去以外なら何でも話してやる

あらら、まさに聞きたかったのはそれだったんですが……

なら諦めてくれ

生まれはどこですか?

人の話を聞け

両親はどういう人だったんですか?

おい……

カケルくんの過去がなんとなく普通ではないことは分かります。愛佳お姉ちゃんの服にはたくさんの血が付着していました。人も死んでいました。私は敢えてあの場所では聞きませんでしたが、それについても、聞いてはいけないですか?

……

私は二人の友達です。友達は大切にするべきです。ですから、どうしても話したくないのでしたら我慢します

手が震えていた。思い出したくないという拒絶なんだと思う。呼吸が荒くなっていくのを感じる。

辛い、話したくない。今日は一度思い出しているから、より記憶が濃くなっている。
それでも、キズナの言葉には容赦はなかった。

もしかして、虐待を受けていたんですか?

ち、違う!

……

俺の大きな声で、キズナは驚いた顔をする。

その言葉が適当なのか、それとも確信なのかはわからない。

分からないけど、今のはまずかった。

図星だと言ったようなものだ。
しまったと後悔するのは、もう遅かった。

頼むから、止めてくれ。思い出したくないんだよ。あの頃のことはなにも……

ごめんなさい……

……いや、俺も大きな声を出した。ごめん

ため息が出る。なんだか今日は疲れた。それも色々と大変な目にあったせいだ。

もう寝る、お休み

え? ここで寝ちゃいましたら風邪ひきますよ?

……

あらら、もう寝てしまいました

お休みです。カケルお兄ちゃん

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