――ガタン、ゴトン。
 ――ガタン、ゴトン。

 電車に揺られて、五時間近く。
 俺の生まれた故郷がある。

 高校一年の夏休み、
 俺は祖父の七回忌のため、久しぶりに
 故郷を訪れることになった。

瑛斗(えいと)。覚えてるか?
みんなで昔住んでた町だ。懐かしいな

瑛斗

覚えてるよ。
……ちょっと曖昧だけど

 曖昧。

 そう口にしたのは、
 思い出せないことがあるからだった。

 昔を振り返ろうとすると、
 わからなくなることがある。

 俺と毎日のように遊んでいた子。

 イメージしようとすると、
 真っ白いシルエットのように覆われて
 その姿が見えない。

 その子は一体誰なんだろうか。
 故郷に帰れば、
 その子に会えるのだろうか。

 そんな思いが、俺の中をぐるぐると
 渦巻いていた。

一週間だけだけど、
実家に帰るって安心するわー。
母さん元気かしら

前に帰ったときは三回忌の時か。
あの時は引っ越しのすぐ後で、
行けたのは母さんだけだったよな

そうね。
ちょっとバタバタしてたし

瑛斗、
きっとおばあちゃんも楽しみにしてるよ。
あんたに会うの

瑛斗

……ん。そうだね

 久しぶりの故郷なのに、
 素直に喜べないのはその思いの
 せいだった。

瑛斗

……

瑛斗

ねぇ、母さん

ん、
なに?

瑛斗

俺さ、
ここにいた時、誰と遊んでた?

……

ふふっ。
さぁてね、きっと思い出せるわよ

 ……そうなんだろうか。

 やっぱり、不安が絶えなかった。

瑛人

――まもなく、終点。終点です。
お忘れ物の無いよう、ご注意ください

ほら、着いたぞ。
降りるぞ

 車両に俺たち三人以外人が
 居なくなった頃、目的の駅に着く。

 ホームに下りると、電車の中では
 感じられなかったきれいな空気、
 強い日差しが五感を刺激した。

 都会ではあまり見られない大自然。
 それをここでは強く感じられる。

 コンビニもゲーセンもない
 ところだけど、
 俺はこの町が好きだったことは
 覚えていた。

 その地に足を入れたことで俺は、
 忘れたものなんてないんじゃないか
 と思うほど満足感があった。

 それ程まで
 記憶は満ち足りているのに、
 心は「そうじゃない」
 と訴えかけてくる。

 うるさい。

 反射的にそう閉ざす自分がいた。

祖母

よく来たねぇ。
さ、御上がり

 駅から30分ほど歩いて、
 祖母の家に着く。

 道のりはほとんど真っ直ぐで、
 田んぼのあぜ道を渡ってきた。

 車一つ、人一人会うこともなく、
 ただただ歩き続けた。

 話によると、
 あと数年でこの町はダムの下に
 沈むらしい。

 そのため、
 幾つかの家は既に引越しを始め
 都心に移動したようだ。

 縁側に腰掛けながら、
 俺は大人たちのそんな会話を
 耳にしていた。

瑛斗

ちょっと外出てくる

あぁ。
夕飯までには帰ってくるんだぞ

瑛斗

うん


 玄関まで回り、靴を履いた俺は
 引き戸を開けて外へ向かった。

 この道――……
 小学校の頃、
 毎日のように通った道だ。

 友達と一緒に渡った、学校の通学路。

 一つ一つ確認するように、
 俺は思い出の道を歩いた。

 だけど、やっぱり思い出せなかった。

 隣で歩いていたのは、誰だったのか。

 その答えは出せないまま、
 着いたのは学校だった。

瑛斗

あ……

 正確には、
 俺が見たものは学校だったもの。

 俺の母校は、廃校になっていた。

 当然のことだった。
 町に残ったのは数十世帯程しかなく、
 それを考えれば建物の維持は難しい。

 それに、
 あと数年でこの町がなくなるなら、
 そんな未来のないものを残しておく
 必要がない。

 そう納得のいく理由を挙げながらも、
 やっぱり悲しかった。

 自分の思い出あるものがなくなる。
 それは、とても辛いことなのだと
 痛感した。

玲菜

……!

瑛斗

え……

 そばには、少女がいた。

 右手には買い物袋を提げている。
 近くにあるスーパーで買い物に
 行っていたことが予測された。

 だけど、そんなことはどうでもいい。

 何故だか、俺は彼女に惹かれた。

玲菜

来ないでっ!

瑛斗

……っ!

 突然叫んだ少女。
 気づくと、
 俺は彼女に手を伸ばしていた。

瑛斗

ご……ごめん!

 無意識に、俺は彼女を求めていた。

 なぜ?

 見ると彼女は
 俺と同世代くらいの女の子。

 ここは小さい町なので、
 知らない人なんかいない
 と思っていた。

 だけど……

瑛斗

君は一体……

 誰なんだ?

 その言葉は、
 俺の喉元を通らなかった。
 何故だか声が突っかかったんだ。

玲菜

……


 不安げな視線を俺に向けた少女は、
 足早にその場を去っていった。

 ……。

瑛斗

……玲菜(れな)?

 俺は、その少女の名前を思い出した。

かすかに残る、記憶のカケラ

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