ラック・バートの屋敷から婚約者が逃げ出した。
　
　これは一大ニュースとして町中を駆け巡った。

　町の郊外では、フェミリアの叔母ことナタリーが日常生活を送っていた。

　野菜や茶葉を収穫し、掃除したり本を読んだりする、質素な日常。

　読み古した分厚い本をパタリと閉じると、思い出したように呟いた。

　郊外に暮らすナタリーには、町の情報は一切届かない。

　それに久しぶりにフェミリアにも会いたかった。

　しかし、ナタリーが町に下りていくことは出来なかった。

　嫌な予感というものはよく当たるもので……

　ナタリーの想いは、最悪な方向で降りかかってきた。

　家のドアが乱暴に叩かれる。

　ナタリーは不信に思いつつもドアを開ける。

　扉の外のいたのは、知らない顔だった。

　厳しい表情でナタリーを見て言った。

　ナタリーが心底驚くと、知らない顔は表情を和らげた。

　様子から、ナタリーが何も知らないと思ったのだ。そして実際にそうだった。

　ナタリーは心配そうな表情になった。

　ラック・バードの従者は、ナタリーが情報を持っていないと知るとすぐに背中を向けて帰っていった。

　一方的に言いたいことだけを言っていく勝手さに少々腹は立ったものの、それ以上にフェミリアのことが心配だった。

　ナタリーは空を仰ぎ、力なくその場に崩れ落ちた。

　ナタリーは他の人には持っていない、不思議な力を持っていた。

　それゆえに、町に下りていくことはできない。

　フェミリアだって、その能力のことは知らない。

　ただ、血縁者と言うだけで、時々パンを持って遊びに来てくれていた。

　その力を使うか否か。

　いや、時期尚早だ。

　フェミリアが自分から望んで出て行ったというのなら、事情が分からないのなら、よけいなことはするべきではない。


　今夜は眠れない。


　ラック・バートに捜索されている身のフェミリアはもしかしたらもう町には戻っては来られない。

　何もできず、小さな拳を握りしめて、深い夜に浮かぶ月を、窓から見上げた。