百合音と別れた少年は四郎の部屋へ、帰還した。約束の二時間は過ぎていないが、四郎は難しい顔で少年を出迎える。

四郎

SP2-01。魔法を使った理由を説明せよ

SP2-01

街で暴漢に襲われた為

四郎

明確な殺意を確認してのことか


少年は首を横に振る。
酔っ払いの暴漢には傷害の目的はあったにせよ、殺害の目的はなかったし、武器も持っていなかった。

四郎

とある少女を助けるため、か


少年にはたくさんの監視がついている。任務中は見張りが、地下牢では牢番が。外出時、つまりプライベートタイムでは街中の監視カメラや、少年の服についた盗聴器が。
一時たりとも少年に自由はない。

四郎のところには、少年を守ろうとしたある少女のことも報告にあがっていた。
そして少年が、その少女と話していたことも。

四郎の問いに、少年はまた首を横に振った。

四郎

まぁ、いい。MICチップに移行する

四郎がチップの交換を行う。
少年の視界にいつもの白い文字が浮かび上がる。

魔法演算領域機能停止中
二次魔法使用不能

通常演算領域機能停止
一次魔法使用不能

魔法制御停止
身体防御機能低下

四郎

7日後、8月21日14:00よりコードSP2-01……お前の初期化を行う。いいな

SP2-01

了解


少年は四郎に形式上の敬礼を見せて部屋から立ち去った。
少年の顔が悲しそうに一瞬歪んだように見えたのは、きっと四郎の見間違いだろう。

四郎

ヒトの脳は適応能力が高い……。一から試験管の中で形成されたヤツも「ヒト」というわけか……


しかし少年は「人間」ではない。
この世界において一次魔法士は人間であり、二次魔法士は人間ではない、という定説がある。
それは彼らの生い立ち、言ってしまえば、造られ方に由来する。

一次魔法士は、脳に「演算領域拡張チップ」を埋め込むことで魔法を会得した者たちだ。いわば、後天性魔法士である。
彼らは従軍を強制されるが、軍人とほとんど変わらない、いやむしろ、大抵の軍人より良い待遇を受けている。
もちろん様々な権利は保障されるし、街の人から英雄視される者も少なくない。

一方で二次魔法士は、遺伝子を操作してプログラムされた「魔法演算領域」を脳に作ることで魔法を獲得した者たちだ。つまり、先天性魔法士である。
研究所の培養液の中で約一週間、肉体年齢が15歳程度になるまで育てられる。
彼らは従軍を強制されるのはもちろん、プライベートなど無いに等しい。権利など以ての外である。
ただ、一定の功績を上げた者は軍で普通の生活が営めるケースも多い。

しかし二次魔法士の中でも、少年は特殊だ。
普通二次魔法士は、軍に提供された生殖細胞から一部の遺伝子を操作して造るが、少年は違う。
少年は様々な人種の優秀な遺伝子を試料とし、一からデザインされた。少年が特殊二次魔法士と呼ばれる所以である。
そのため、高い能力を持つ少年は軍の中でも恐れられ、完全に自由を奪う生活を強いられているのである。

少年は牢番の男に手錠や足枷をつけられ、牢の中へ入った。
動くたびにジャラジャラと音が鳴って、うっとおしい。身体が重い。

SP2-01

不自由な、世界だ


少年がそんなことを思ったのは、初めてだろう。
花畑で会った少女、百合音のことが脳裏によぎる。くるくると変わる表情、たくさんの色を持つ声、何にも縛られない自由な心。
百合音との出会いは、少年の冷たく閉ざされた心に強く影響を与えていた。

百合音

お母さんがいなくなったら、一人っきりになっちゃうよ……


おそらく百合音は、あのテイマーの娘だ。
少年が最愛の母を殺したと知れば、百合音はどう、思うだろうか。
少年の心臓が痛みに悲鳴を上げた。少年の顔が痛みに歪む。
寂しそうな百合音の顔が思い浮かんだ。

百合音

痛かったら辛いんです、苦しいんです

この気持ちに名前を付けるならきっと「辛い」だろう。
少年はいつのまにか、小さな笑みを浮かべていた。

SP2-01

感情。これがきっと……「心」なんだろう

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