第8話 捲土重来百一鬼
第8話 捲土重来百一鬼
わざわざ引き返して来るか、ご苦労なことだ
ロボニャー三機からの通信が途絶し、二十四時間後。
バーシムから西10ウルメルテ地点にある防衛レーダー塔の索敵圏内に入ったのは、無力化しパーリアへ向けて輸送していたはずのクラブ型アーデルだった。
地下を移動し出現することの多いクラブ型アーデルが、地上を歩行しまっすぐに迫ってくる。
加えて、単独での行動を好むクラブ型アーデルが、モル型やミモル型、自身と異なる種のアーデルと連れ立って行動することは極めて稀だ。
破壊された防衛センサーから送られた最後の映像は、まるで陣形を組むように群れを成し進むアーデルたちの行軍。
これまでのアーデル襲撃とは明らかに違う異常な何かを、カラカルはもちろん、ムルムルの兵士もルクスのレーダーオペレーターたちも確かに感じていた。
南ブロック第二住居集合エリア、下水修繕工事区域よりネブァ型の出現報告!
同じく南ブロック第一住居、商業施設エリア、ミモル型複数!
西側防壁、先行するモル型の一群が間もなく到達
電叉射突槌(トニトラ・マレオ)装備のロボニャー一機、および歩兵部隊が迎撃戦闘に入ります
パオやピクシーに代わり管制塔指令室の中央に立つカラカルに、戦況報告が四方から届く。
ユキのロボニャーは支部屋上から西側を援護、もう一機が捕獲にかかれ
再生能力の高いクラブ型は貴重な個体だ、電叉を全弾ぶち込んでかまわん
河川跡にたどり着くまでに確実に捕獲しろ
仰せのままに、カラカルさま
歩兵隊の中で操縦が可能な者は、ガレージのコマンドギアをすべて接収して西側へ回せ
残った者は支部南側ゲートを防衛。特殊個体アーデルが確認された場合は捕獲、他は通常兵器での殲滅を許可する
援軍の名目でバーシム駐屯を決定したムルムルだったが、現在戦力として扱えるロボニャーは、カラカルとユキの専用機、そして現在西側の防衛に立つ捕獲用装備の一機のみ。
カラカルとともに バーシムに先着した小隊は、到着当初のロボニャー六機以外には最低限の兵力しか有していなかった。
失ったロボニャーの補てん分や、狭域・閉所戦闘用コマンドギア騎兵隊を含む増援の到着予定は明日。
ロボニャーでのクラブ型アーデル迎撃はともかくとして、市街地に入り込む小型中型アーデルへの対応力を大きく欠いた状況だった。
総隊長どの。み、南ブロックの住民に被害が出ています。こちらは――!
オペレーターの一人が声を上げる。
ロボニャーの入り込めない住居と人口の密集した地域を、小型アーデルたちが蹂躙し始めている。
数匹のアーデルに追い立てられ、逃げまどい、やがて追いつかれ為すすべなく喰われる市民。
映像から目を背けるように、オペレーターは慣れない上役相手に指示を仰ぐ。
歩兵隊展開後に南ゲート通用門を一部開放する。市民は兵器庫まで退避するよう、緊急放送を流しておけ
それは……そこまで自力で逃げてこい、ってことですか!
思わず言い返したオペレーターに対して、
ならばお前が迎えに行くか。
オペレーターがいなくともレーダーは動く、かまわんぞ
カラカルは視線も向けず、冷たく言い放つ。
そんな……
オペレーターは絶句し、再びモニターの映像に目を落とす。
ピクシーたち機動歩兵部隊は謹慎中で動けず、ルクスの他の歩兵部隊は、その大半が西側に迫る大群の迎撃に向かった。
一般市民がCATの援護なしに、アーデルから逃げ切れるわけがない。
どうしよう、このままでは。
戸惑い小さく震える彼女の毛耳に、
あららー、あんだけいればアーデル捕り放題じゃないですかー
ね、総隊長どの?
聞きなれたマチルダの、間延びしたのんきな声が届いた。
丈の短いシャツにゆったりとしたキュロット。
緊迫した管制塔指令室におよそ似つかわしくない私服姿にも、カラカルは微塵も表情を変えない。
どうした、今日から休暇だろう
あいにくバカンスのお相手もいないんですよねー
どうです総隊長さん、ちょっとそこまでお買い物でも
こちらのお相手は決まっているんだが、せっかくのお誘いだ。名前を聞こうか
カラカルの流し目に、マチルダは指先をぴっと額に当てて名乗る。
機動歩兵部隊おちゃめ担当、副長のマチルダ・カールでっす
そうか。状況をわかってからかっているなら大したおちゃめだが
鎮圧部隊ムルムル、大挙した大型アーデルを前にやむなく退却するもサンプルを死守。
全市民とCAT西ボリア支部の尊き犠牲と引き換えに、今後の戦局を変える貴重なデータを入手
なんて報告を上にあげておけばいいか?
あららー、これはこれは
ルクスなんて、いつでも見捨ててかまわないってことですかね
カラカルの冷淡な脅しに、マチルダは眉をへの字に曲げる。
カラカルの、そして鎮圧部隊ムルムルの真意を測りかねたマチルダは、一度大きく肩をすくめる。
はあ、イジワルですねー総隊長さんは
はいはい、ちゃんと素直に言いますよ
そして、笑顔をすっと収め、
私たちが行きます。いえ、
行かせてください!
カラカルをまっすぐに見据え、抱いてき た思い、そして仲間たちから預かってきた思いそのままを、マチルダは正直にぶつけることにした。
フェーレスたちを脅かす、アーデル襲来の報せ。
守るべき市民への暴虐を許せる者など、ルクス機動歩兵部隊には一人たりともいなかったのだ。
言い終えてすぐ、マチルダは小さく唾を飲む。
相手は自分たちを実力行使で拘束し、隊長不在の間にこのCAT西ボリア支部を牛耳ろうとするムルムルの総隊長だ。
生半可な言いあいでは済まない、下手をすれば再び拘束されることもあり得る。
そう覚悟していたマチルダは、メルやココアたちにはいつでも支部から出撃できるよう、先んじて戦闘準備をさせていた。
だが。
かまわん、さっさと行け
……ほえ?
次からは回りくどい“おちゃめ”とやらはせず、
迅速に本題に入るよう心掛けることだな
あまりにあっさりと承諾され、マチルダは思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
そして。
コマンドギア、南ゲートから発進!
ミアさん、ジェシカさんですね!
途端に傍らのオペレーターの声が、希望の色に明るくなった。
今しがた出たばかりの出撃許可など、まだ彼女たちの耳に届いているはずもない。
ルクス機動歩兵部隊の面々が、命令違反となっても出撃したがることをカラカルは既に見抜き、それを妨げることのないよう配下の兵に言い含めていたのだ。
ほんとイジワルですねー、総隊長さんは
んじゃ、謹慎解除ってことでー
“一時”解除、だ。通常火器の使用も許可する
短い休暇で申し訳ないと、お仲間によろしく伝えておいてくれ、マチルダ副長
了解(フェッチェ)、確かにお伝えしておきますよー!
返事をしながらマチルダは、このカラカルという人物がそれほど悪いフェーレスではないように思えていた。
アーデル捕獲に執拗にこだわるかと思えば、危機にはこうして柔軟に対応する。
真の狙いはまだ見えないが、今は共闘して損のない相手だと考えるべきだろう。
マチルダはそう判断し、再度短く敬礼して指令室を飛び出す。
先行したミアたちのコマンドギアは、中型のモル型アーデルを駆逐するには十分な火力を持つが、小回りの面で歩兵に劣る。
市街地の細い路地に入り込んだミモル型やネブァ型を索敵し殲滅するには、やはり自分たちが直接銃を取らなければならない。
確かに、“おちゃめ”してる場合じゃなかったかな
兵器庫へ向かうエレベーターの中で、マチルダはひとりぺろりと舌を出す。