地底を移動しています

ボクは父と妹の慶子と、地下の洞くつを移動していた。

懐中電灯の光を頼りに……。

経次郎

父さん……。

海爾

何ですか?
殿。

経次郎

……。

経次郎

殿って止めてくれない?
ボク、息子なんだけど。

海爾

いま少し後悔しております。

経次郎

何が?

海爾

殿がお生まれになったとき「殿」という名前にしておけば良かったと。

海爾

さすれば殿のことを堂々と「殿」とお呼びすることが出来申したのに。

父は豪快に笑った。

経次郎

絶対にダメ。

海爾

何ゆえ?

経次郎

「殿」なんて名前、
誰が喜ぶんだよ。

海爾

わたくしめが
嬉しゅうございます。

経次郎

ボクは嫌だぞ。

経次郎

名前を呼ばれるたびに「自分は殿という名前だ」って、説明しなきゃいけなくなるだろ。

経次郎

面倒くさいじゃないか。

それにふつうに嫌だ。
「殿」って名前……。

自分の彼女に、そんな名前で呼ばれて嬉しいか?

静香

殿……。

ボクの彼女の静香(前世は静御前)が言うのを想像してみた。

経次郎

…………。

あれ?
ちょっと嬉しいかも?

海爾

さすがは殿。
そこまで考えが及びませなんだ。

経次郎

だから殿やめて。

やっぱり嫌だな。
今はただの高校生なんだから。

あほんだらが!!

そう言う彼女も、可愛かったんだ……。

経次郎

その後に照れる感じとか

まあ、それは置いといて。

経次郎

まだ歩かなきゃならないのか?

前を歩く父に聞いた。

父はトレジャーハンターを生業としていて、伝説の秘宝オリハルコンを探すために、すでに半日、この地下洞窟を歩いていた。

海爾

もう、間もなくでございます。

経次郎

静香のパパさんみたいな父親、
憧れるかもしれない……。

そんな父を見て、少し思った。

静香のママさんは賛成してくれているけど、パパさんには交際を反対されている。

経次郎

でも、よく考えると
男らしいよね。

パパさん

うちの娘を
嫁にはやらん!

経次郎

なんて言う父親、
本当に居るんだな。

海爾


男らしいけど
何か違う?

経次郎

パパさんと知り合いみたいだから、その辺りを解消すれば、静香との交際も円満にできるんじゃないかって思ったんだけど……。

父さんのマイペースに巻き込まれ、気づくとオリハルコンを探す旅に同行させられていた。

海爾

この辺りに……、
おや、ないのう。

経次郎

何、探してるんだ?

ボクの記憶やら何やらを参考にすると、ボクの前世は源義経らしい。

この怪しい父は、常陸坊海尊。
海尊は義経の家臣で、多分あれから死んでない。

戸籍上は田中海爾(たなかかいじ)53歳だけど、齢800を超えている。

ボクの実の父だ。

経次郎

ボク、暗いとこと狭いとこ、苦手なんだけど。

暗いところに来ると、絶叫したくなるほどではないけれど、オバケが出そうでなんか嫌だ。

海爾

ですから、上で待つようにと申したはずです。

経次郎

見たいし。
オリハルコン発掘するとこ。

ゲームだと宝箱を開けたり、イベントをクリアするともらえたりする。
それも割と終盤の方で。

それ自体は装備できないが、武器や防具と合成すれば、強い物ができる合成素材がオリハルコンだ。


それが現実にあるなんて、ワクワクする。
伝説の秘宝を直で見られるチャンスなんて、そうそうない。

別に、冒険に出て魔王やらドラゴンを倒しに行くわけでもないんだから、要らないっちゃ要らないんだけど……。

海爾

なれば我慢くだされ。

経次郎

まだなのか?

海爾

わたくしめが得た情報では、もう着いてもおかしくはないのですが……。

経次郎

歩き疲れたし限界なんだけど。

海爾

そこまでお喋りになられれば、まだまだ大丈夫ですぞ。

経次郎

そうじゃなくてさ……。

少し遅れて後ろを歩いている妹の慶子を見た。

慶子は同学年だけど8カ月違いの妹で、前世は武蔵坊弁慶。
以前は頼りになるヤツだったけど、今はゴスロリが異様に似合う少女になっていた。

経次郎

慶子、顔色悪いよ。

慶子

女子の身体には、ちとキツい……。

慶子は息を切らしていた。

無理もない。
前世が人間離れした弁慶だったとしても、今はか弱い慶子なのだ。

経次郎

いつ、着くのかな……。

閉所恐怖症じゃない人でも、そろそろやばいんじゃないのか?

海爾

来なければよかったではないか。
鍛え方が足りんぞ。

父さんが慶子に言う……。

慶子

くっ!
貴様に言われとうはない!

しかし、慶子の息はあがりっぱなしだ。

経次郎

無理するなよ。
一応、女の子なんだから。

慶子

一応は余計だですよ。

経次郎

慶子と弁慶が混じってるし……。

どうなっているのかは不明だが、慶子は弁慶っぽくなる時とそれまでの慶子になる時の2パターンがある。

多重人格ってことなのか?

海爾

タワケが。

厳しい顔で父さんが慶子に言った……。

経次郎

普通、逆だよね。父親って、娘を猫っ可愛がりして、息子は崖から突き落とす勢いのはずだよね?

経次郎

だから佐助兄ちゃんに怒られるんだよ……。

佐助兄ちゃんは仕事があるので、母さんと家にいる。
出てくる時に、ちょっともめたけど……。

佐助

か弱い慶子をどこに連れて行くつもりだ、クソ親父!!

海爾

ワシも連れて行くつもりはない。
こやつが勝手に来ると言っているだけだ。

佐助

なんだと!!

慶子

ごめんね、佐助お兄ちゃん。
慶子、オリハルコンが発掘される所を見てみたいの。

佐助

んなの、大したもんじゃねえぞ。
泥がわんさか出て、その中からわけのわからんもんがうじゃうじゃ出てくるだけだし。

慶子

お兄ちゃん、見たことあるの?
すご~い♡

佐助

すごくなんかねえぞ。
ガキの頃、無理やり親父に連れて行かれたってだけで、ただの荷物持ちだったし……。

佐助

思い出したら腹立ってきた。
このクソ親父が。

慶子

いいな。慶子も見てみたいな……。

慶子

うじゃうじゃもふもふなオリハルコン……。

佐助

……イヤ。
(もふもふは違うぞ……。)

慶子

お願い、佐助お兄ちゃん。
慶子も行きたいの。

佐助

…………。

佐助

経次郎(きょうじろう)、
お前が行くのやめれば、慶子もやめるから

佐助

行くんじゃねえ!!

慶子の説得を断念した兄は、ボクの方に言ってきた。

経次郎

ボクが残ると、
父さんまた帰ってこなくなるよ。

佐助

あんなクソ親父、戻ってこなくて良し。

経次郎

父さんがいると、母さんもなんだかんだで嬉しそうだよね。

経次郎

いいの?
兄ちゃん。

兄はわが家の女性陣にめっちゃ弱い。

佐助

ちっ!

経次郎

できるだけ連絡入れるし、
月曜日には帰って来るよ。

出発は木曜日だった。

次の日、静香と一緒に登校して、土日はどこに行こうって、考えてたから。

佐助

ホントはおめえが行きたいだけなんじゃないのか?

まあ、それもあった。
実際、楽しかったし。

経次郎

行きたいのは兄ちゃんだよね?
ボク、彼女できたばっかりだから、
そっちに行きたいんだけど。

佐助

なにぃいいい!
(俺様にはいないのにぃ!!)

経次郎

声、でかいよ。
じゃ、行ってきます。

でも、本当は、少し、彼女と距離を置きたかったのかもしれない。

まだ、気持ちの整理が、少しだけつけられずにいた……。

だから、父のしょうもない宝探しに、ついて来たのかもしれない。

佐助

お前なあ、できたばっかの彼女を置いて、どこに行くのかもわからん風来坊の親父と一緒に出かけてみろ。

佐助

帰って来た頃には、
愛想尽かされてんだぞ。

経次郎

兄ちゃん、そうだったの?

佐助

………………。

佐助

…………まあな。

経次郎

ボクの彼女なら大丈夫だよ。
なんだかんだ言っても、ボクのこと想っててくれるし。

佐助

初めて彼女ができて浮かれてんのかもしんねーけどさ……。

佐助

女はな、そういう生き物じゃねえんだよ。男が勝手にそう思っていると、足元すくわれるんだよ。

経次郎

兄ちゃんからそんな言葉が出てくるとは思わなかったよ。

佐助

あぁ゛?!

経次郎

もっと早くそれに気付いていたら、沙羽子さんとも続いてたんじゃない?

佐助

てめーにとやかく言われる筋合いはねえんだよ!

佐助

行け行け、とっとと行っちまえ。

佐助

それで、速攻で
振られちまえ!!

経次郎

ないっしょ。
相思相愛だし。

静香

いつまでも、あると思うな
彼女の愛情……。

経次郎

あれ?
なんか悪寒?

佐助

お前なんぞ親父と一緒に帰ってこなくていいぞ。それで彼女に振られればいい~。

経次郎

兄ちゃん……。

佐助

親父と出かけると、女にもてなくなるんだからな~。

佐助

けけけけけ……。

慶子

それは良いことを聞いた。
殿、一緒に参りましょう。

慶子

それであの女と別れましょう。

経次郎

兄ちゃんはもてないのを父さんのせいにしたがってるけど、あの性格が災いしてるよね?

経次郎

慶子もおかしくなってたし……。

あれ?

経次郎

今までは、慶子が弁慶の生まれ変わりだと思ってたけど、弁慶が憑依しただけだったりして……。

経次郎

あの時の表情、超おっかなかったし……。

そっと、後ろを歩いている慶子を見た……。

慶子

へ…………、へへへ……。
くっくくくく……。

経次郎

…………。

弁慶

どんなことがあっても、お一人にはいたしません!

弁慶

たとえ、屍と化しても……。

経次郎

く……暗いし怖い。

経次郎

この距離、
一人で戻れない……。

元来た道を戻るにはまた半日かかる……。

経次郎

と……父……。

父を呼ぼうとしたが、前を行く父は800年以上生きてる化け物だった……。

経次郎

忘れてたけど、この人
魑魅魍魎だよ……。

慶子

くっ………。
へへへ……………。

経次郎

やばい。
人間、ボクだけ?

誰かボクに、光をください。

地底を移動しています

facebook twitter
pagetop