人が上がってくる足音がした。

あんた、まだいたの? どいてよ

ミュリエルが言った。

リュシアンに会わせて

庭先にいた男に、エティエンヌは首根っこをつかまれた。

小僧っ子、さっきからうるさいぞ

違うんだ、放して

階段の下まで引きずっていかれた。

ただ、もう諦めるって、言いたいだけなのに

二度と来るなよ

食いつこうとして、蹴飛ばされた。

会って言いたいだけなのに

通りすがりの人たちが、怪訝そうに見て行く。

ただ、諦めるって、言いたい

エティエンヌは、壁に取りすがり、泣き崩れた。

ただ一言でいいから

歩道に手をついて、泣いた。敷石の上に、涙が黒くにじんだ。

いまはただ 思ひ絶えなむ 
 とばかりを 人づてならで 言ふよしもがな                    左京大夫道雅 

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