我々が孤独であった29億年の月日を思えば、
104年など、〈―翻訳不可―〉のようなものだ。
ただ浜辺にて、空を見上げ、返事を待つ。
――隣人【neighbor】より
我々が孤独であった29億年の月日を思えば、
104年など、〈―翻訳不可―〉のようなものだ。
ただ浜辺にて、空を見上げ、返事を待つ。
――隣人【neighbor】より
2124年8月29日
グリーゼ777Afより、最初の返信
人工知能『ハレルヤ(ver.5.0.1)』による翻訳
翻訳精度の評価は79%(バーナード法による)
――2128年11月
シーニュ王国
それでも君は奴らと友好的関係が築けるというのだな!
落ち着け、シュヴァン……。少々飲みすぎだ
いくら無粋な君とは言え、4年前の返信を見聞きしたことはあるだろう? 少なくとも15歳の地球人くらいには詩的センスがある。そんな彼らが野蛮な真似をするとは思えないね
じゃあ、あの巨大な惑星探査母船はなんだ! 侵略の下見だろ。あれが地球の3分の1を覆ってしまったせいで、気候は乱れ、我々地球人は散々な目にあった。
――お前の母国は海に沈んだそうじゃないか
おい! いくらなんでも言いすぎだ……
やりやがったな!
うるさい! 昔から気に食わないんだよ、お前は
……勘弁してくれよ
歩けるか?
……厄介掛けて、すまんな
気にすんな。しかし、君から手を出すとはな
たまにはいいだろ。ストレス発散さ
……シグナス
ん? どうかしたか
君はどう思う? 【neighbor】のこと……
僕か?
……
初めて返信が来たときはそりゃ興奮したさ。この日のためにガキの頃から星を眺めてきたといっても過言じゃないからな。だけど――
だけど?
なんというか、興味は欠片もなくなったな。だって、それからそう経たないうちにでっかい探査船だぜ? あまりの展開の速さに、ロマンも何も
まあな。往復104年の文通のはずが、2年後には不審物が送られてきたんだからな。だがあれには何かしらの意図が……
悪いな、シラトリ。僕は君と議論する気はないよ
そうか。残念だ
わざわざ家まですまんな。おやすみ
シュヴァンには君から謝っとけよ。あいつ頑固だから
考えとくよ
地球から52光年離れた星に知的生命体がいるらしい、と理科の授業で知ってからは、あれほど恐れていた夜空も愛しく思えた。
父から買い与えられた電波望遠鏡の精度はひどいもので、“存在しない”生命体の痕跡を探知しては落胆する、という少年時代を過ごした。私は生家の屋根にへばりついて、パラボナアンテナを何度も付け替え、回線をいじり、受信機の精度を上げ、解析用のA.I.を改良し続けた。
『いつか、この重い群青の闇を隔てた向こうに居るはずの、誰かと交流したい』
それだけを胸に生きた。この思いは一生変わることはないと信じ、天文学者の道へ進んだ。その決意を固めた頃、最初の返信が【neighbor】から届いた。
この宇宙に我々は一人ではない。
安心すると同時に、言いようのない虚脱感に襲われた。私の空へ対する興味は、未知の存在への好奇心や羨望によるものだったのだろう。“いる”と確定してしまった地球外知的生命体に対する関心は、急速に薄れつつあった。手品のタネを明かされたような、そんな気分だった。
しかし、その手品のタネも信頼できるものだろうかと思うことはある。【neighbor】から送られてきたメッセージを、AI『ハレルヤ』が翻訳する。それを『ハレルヤ』のOSが人語に翻訳する。それが世界政府を経由し、全世界へと公表される。さらにそれを我々が自国語に翻訳し、解釈する。この長い受容のプロセスにおいて、恣意的な“何か”が介在する余地は多分に存在する。
【neighbor】たちが本来意図したメッセージを我々が認識できているとは思えない。逆もしかりだ。我々が約100年前に送った第1信、そして4年前に折り返された第2信。どちらも我々が意図した内容があちら側に伝わっていると、断言することは誰にもできない。
僕はこの伝言ゲームが心底嫌いだった。この無駄で、まどろっこしくて、不確実な交流が。彼らと顔を合わせるまでは、隣人のことは忘れていたい。どうせこの“家”から外に出ることはないのだから。
果実酒は体に合わんようだ……。身体が妙にだるくなる。蒸留酒ならこうはならんのだが
“アルコールの摂取が禁じられていない文明はDレベル”
……?
もうじきカペラが天頂に来る。いくら治安のよいシーニュとは言え、君のような年齢の女の子が出歩いてよい時間では……
あなたに用があるの。まだ日のあるうちから、待っていたのよ。門前払いは止してちょうだい。“もてなし”というものに興味はあるから
言っていることの意味が……。迷子ならば、駐在所に連れて行く。忠告しておこう。見知らぬ男の家に泊まることはよした方がいい、お嬢ちゃん
シグナス・ホワイトさん
……!? なぜ私の名を
もう一度言います。私はあなたに用があるのです。家に迎えてください。
……曲がりなりにも遠い闇の果てから来た、訪問客ですから
2017年≫
地球からはくちょう座方向へ51.8光年離れた赤色矮星の連星「グリーゼ777」の『恒星A』を周回する、3つ目の太陽系外惑星『グリーゼ777Af』が発見される。
恒星Aのハビタブルゾーン内に位置しており、惑星の大きさ等の条件を満たしていたことから、発見当初より生物の存在が確実視されていた。
2019年≫
SETI協会がグリーゼ777Afより、人工物由来のもとと思われる大輝度のレイザー光を検出したと発表。知的生命体存在の可能性が提起される。
2020年6月≫
グリーゼ777Afに向け、電波によるアクティブSETIが実施される。送られた情報はビットマップ画像。
以下その内容。①10進法、②水素・炭素・窒素・酸素・リン・硫黄の原子番号、③核酸塩基とDNAの構造、④人間の絵、⑤太陽系の構成、⑥地球上の自然、動物、建造物の写真、⑦短文のメッセージ、等。
知的生命体の存在可能性が高いこと、また到着までのタイムラグ等を考慮し、連続的な発信は行われなかった。
2034年5月≫
AI『ハレルヤ』起動。
2101年11月14日≫
シグナス・ホワイト誕生。
2124年8月29日≫
グリーゼ777Afより電波を受信。
To be continued...