私はふと思うんだ。
これから先、ただ語り部として私が存在する以上は『どんな目に遭っても』三ヶ月は命が保障されているのではないか、とね。
まぁ。
ただ私がこれを話している間に私が魔王の呪いとやらで無くなっている可能性はあるし。生存報告という形で独り言を続ける事にするよ。
ん? 三ヶ月経っていないのにもう彼の遺言を信じたのかって?
思考矛盾している訳ではないよ。
ただ、少し『あるかもね』と思える出来事が起こったというだけの事さ。
時系列で言えば。
彼が旅立って二週間と少し、私が一人で日課の放課後読書を終えて下校していた時の事になる。
少女は、宿木を探した
お姉ちゃん、私の声が聞こえる?
頭の中に直接反響するような、確かな声に振り向いた。
そこにいたのは、恐らく少女のように見えた。
カチューシャと花の髪飾りをしているようにも見える。
ん、聞こえてないのが普通のような言い方だね。
無愛想な事を自覚している私には、
割と子供は寄り付かない。
聞こえない人には、どれだけ話しかけても本当に聞こえないから。
だからもしかしたら、
最近の交友関係の薄さから私が作り出した幻の可能性もある。
なにしろ最近は一人でいる時間が多い。
私が少女の夢を見ているのか。
少女が私の夢を見ているのか。
友人を無くした私の精神が疲弊している可能性もあるね。科学的に説明できる事かもしれないし、そうでないのかもしれない。
お姉ちゃん、友達いないよね。
人間の心が作り出した幻は、何よりも自分の弱点を知っている。
そして容易く自らの心を抉ろうとしてくる。
私は怒っているのか、いやけして怒っている訳ではない。
流石私の作り出した幻だな、痛い所を突いてくる。というより今ので例え現実であったとしても幻と認識する事に決めたよ。
自制心は容易く失われた。
お姉ちゃんの心を傷つけるなら、もっと簡単な方法があるよ。
いい加減にしてくれないかな。
私の作り出した幻はこれ以上私の何を傷つけようというんだ?
友達がいないから私は君を生み出したんだろう? 優しい言葉はかけられないのか?
煽り文句の得意な子供だ。まるで昔の私のようだ。
親の顔が見てみたい。生みの親が私でなければ近隣の住民の方々に多少悪い噂が流れても構わない。
私は幻じゃないよ。お姉ちゃんに伝えたい事があるから話しかけたの。
少し申し訳なさそうに少女は言った。
私が幻だと言った推測材料の一つだけれど、
少女の姿は薄くぼやけていて、形こそ崩れない物の
今にも消えてしまいそうな程色が薄かった。
彼女を凝視すれば向こうの景色が見える。
幻でなければ、この世の物ではないだろう。
ふぅん、なら君は私に何を伝えたいの?
お姉ちゃんは、明日絶対に放課後旧校舎の前を通ってはいけません。
私の教室から校門までの道のりは決まっている。
私はそもそも旧校舎の前なんて通らないんだけれど。
言わなければ通らないような場所だけど、敢えて通って欲しいの?
『2ヶ月』早まっていいならいいよ。
2ヶ月、彼の言った期日と重なる。
彼はどこかでちゃんとしているだろうか。
肉体と魂が常に同じ場所にあるとは限らない。
そんなアンニュイな事を考えた。
君が幻でも何でもいいや。
虫の知らせという言葉もあるしね。
科学でもオカルトでも、私が君の言葉に従わない理由はないよ。
死が怖い、怖くないではなく。自分に興味をもってくれる誰かがいる事が嬉しかったのかもしれない。少女のいう事を信じた訳ではないし、全て作り物なら全て知っていて当然だから。
それじゃ、また明日ね。
明日もここを通る事は、当然知っているんだろうな。彼女の存在についてどうでもいいと考えたのに、まだ思考を巡らせようとする。
明日までに君の名前を考えておく。
約束がないと、どちらかいなくなってしまう気がした。
何もない日常は簡単に省略しておこうか。
話すべき事も、無かった訳ではないけれど。
あー、うん。
何事もなく夕飯を食べて。
何事もなく登校した。
少しだけ反省するべき所があって。
何事もなかった、ように下校したんだ。
多分私を見ている人は薄々感づいていると思う。
そんな人がいるのならば、だが。
私は、ひねくれ者だ。
行ったでしょ。
ああ、行ったよ。
理由、わかったでしょ。
確かに、反省する所はあった。
うん、大変だった。
在校生が489名から、488名になった。
もう一人減ってたんだよ、多分。
悪いと思っている。
でも人間は好奇心の塊だから。
好奇心は猫だって殺す。
当然ながら人間だって死ぬ。
今日は放課後読書の時間を早めに切り上げた。
私の知る限り、選ばれた者の二人目が出たのだ。
何より怖かったのは、死ぬ事より世間体だよ。二度も自殺の現場に居合わせた事がバレたら、私個人が変な噂をされかねない。というより冗談で済まない。
人の目が気になるから死ぬ人なんだね。
そもそも人の目が気になるほど誰かの近くに立ち寄らない。誰かに軽蔑されたい訳ではないから。
だから、一人にしか近寄らなかった。
一言多い。
君の親の顔が見てみたいよ。
少女が自分に親身になってくれている事はわかっていた。
そして、私はこういう性格が嫌いじゃない。
好きではないだけで。
うーん。
少しだけ、諦めた。
やっぱり何かに足を踏み入れているらしい。
そういう事でいいさ。
多分、君が私の一番新しい友人なんだろう。幽霊なのか、仮想人格なのかわからないけれど。
少なくとも、私の知覚していない事を目の前の誰かは知っていて。私にはそれを聞く機会が与えられている事は確か。
そして、あと2ヶ月と少し。
そんな不思議な期日があるのなら。
どうせなら逃げないでいようと思った。
ああ、そういえばさ。
名前はちゃんと考えておいたよ。
約束通りに、さ。
このまま進めば、また彼に会える気がして。
少しだけ、計画的に擦り寄った。
少女は、宿木を見つけました