やあ、おはよう。
もしくはこんにちはか。君のいる場所はこちらから観測できない。
だからさよならかもしれない。
私は勝手に独り言を始めるだけさ。

彼が世界を救う、そう言って旅立ったのは3ヶ月前の事になるのだろうか。
導入としてはこんな所だろうか。

私が誰かって? 俗にいう彼の知人さ。
具体的に言うと幼馴染、どのぐらい幼馴染かというと幼稚園の頃から一緒に遊んでいた程度の親しさ。

私の事は語り部、とでも呼んで欲しい。名前がありきたりすぎて自分ではさほど気に入っていないとか、思春期にありがちな思考についてはナイーブになるから触れないで欲しい。

 


彼は空を目指す

彼は、実は勇者だったらしい。
私はただのインドア系幼馴染としか見ていなかったが。

では、本当に勇者だったのか。
それに関しては諸説あると思う。
諸説あるという言葉の便利さにはたまに驚く。

なら、私にとって勇者だったのか。
それに関してはいずれ答えを出したいと思う。

僕は世界を救う事にしたんだ。

私達がいつものように、黙々と放課後の教室で読書に勤しんでいた時の事だった。長身だが筋肉質ではない、運動の得意でない典型的なインドア幼馴染はそう私に告げた。

わっ、びっくりした。

本当にびっくりしてる?

いや、まったくびっくりしてない。

かなりの決意をもって言ったつもりだったんだけどな。
止めたりだとか、悲壮な表情で送り出すとか、そういった考えはないのかい?

きっとそれが貴方の運命。
私にはそれを変える事はできないから。
だから貴方が世界を救って帰ってきてくれる事を心から願っています。身近な隣人として。

あっ、あとコーラ買ってきて

彼は何となくつまらなそうな顔をして、私の差し出した硬貨を受け取って立ち上がる。

夢見るお年頃だな。もしくは新手の宗教にでも引っかかったかな。心配していない訳じゃないが。別に心配していないけど。

彼の読んでいた本、今は机の上に置かれている訳だが。それに何か関係があるだろうか、読書家こそ夢と現実の区別がつかない物なのだ。

成年雑誌は規制されるが、文章においては規制は少ないと思っている。粗野でない分、危険思想を持ちがちなのはどちらかというと後者の方だと持論を持っているんだよね。

他人が読みかけている本を勝手に手に取ろうとする罪悪感。人の思考に入り込もうとする後ろめたさを誤魔化す為に独り言を呟きながら、かといって中身を見るのも気が引けたので本の題名だけでも見ようと私は自分の横にある彼の机を覗き込んだ。

「How to 勇者のなり方」

えっ?

一瞬の思考の停止。そして色々と悟った。
様々な杞憂と、それを行った自分の愚かさを知る。

 なんだこれ!

  健全すぎだ! 安心したよ!

思わず、彼の携帯電話に「私は魔法使いになるよ」とメールを送ってしまった。彼の多感な年頃の訪れに幼馴染として奇妙な安堵を抱きながら、手の中にある推理小説に視線を戻した。
投身自殺に見せかけた他殺、主人公は仕掛けられた手口を犯人の前で朗々と語ろうとしているのだ。

いや、メール返さなくていいから早くコーラ持ってきて欲しいな。

面白い返しでも待っているのか、と彼から返ってきたメールを開く。私のメールで正気に戻った可能性もある。だとすれば寛大であろうと思う。誰だって一度は勇者や魔法使い、特別な何かになりたがる物だから。

彼のメールの文章は一言。

『ありがとう、屋上で待ってる』

コーラ持って来てよ。

普段は施錠されている屋上、転落防止用の柵の向こうに彼はいた。
突拍子もなく、ありきたりすぎる展開だった。

ごめん、コーラ無かった。

彼の足元にはコーラの缶が一つ置いてある。

もう少しマシな嘘をつこう?

本当だよ。一つ買ったら売り切れたんだ。

そこは譲ろうよ。 人としてのマナーだよね? 君はコーラ欲しいとか言ってなかったよね?

繋がったんだ。
君の魔法と、コーラが必要だったんだ。

彼の発言は、どこか妙だった。
何かしらの整合性を保っているというのか。
目的の為に手段を使った。突発的な何かの為に、ありあわせの部品を組み合わせた推理小説の犯人のように。

ほう、何の為に私の魔法を使うんだい?

僕が世界を救う為に、君の力が必要だった。

あいにく利己主義者でね、自分の為にしか魔法は使わないようにしている。なにより魔法を使うにはコーラが必要なんだ。

幼馴染は一瞬だけ、困ったような顔をした。

門を開く為にも、コーラが必要だったんだ。既にそこから破綻していたんだな。すまない。

その後にはにかんで笑う。
彼はゆっくりとしゃがみ、コーラの缶を手に取る。

半年後に魔法使いは魔王の呪いによって死んでしまう。
でも僕はそれを防ぐ。信じていてくれ。

あの本はアカシックレコードか何かか?

気の利いた言葉も思いつかないまま、適当に言葉を選んだ刹那。
彼は勢いよく立ち上がり、虚空にコーラの缶を投げた。

ポイ捨てはやめろ。

そして彼も、コーラの缶を追って行ってしまった。

うん、死体は普通に地面にあったよ。
そして私も警察から普通に話を聞かれる羽目になったし、友人は一人無くなってしまうし散々な話だった。

彼が空を目指したのか。
ただ思春期特有のアレだったのか。
何かしらの疾患を有していたのか。
私にはわからないし、理解もできない。

勇者のなり方の中には、私の思っていたようなファンタジー要素しか存在していなかった。
どこにも、コーラや魔法使いの死なんて書いてはいなかった。一応の答えとして、彼はただ妄想に駆られただけだと思っている。

ただ、さ。

あと3ヶ月経って私が生きていたら、少しだけ彼の事を勇者だと思ってあげてもいいかなと思っている。

コーラの缶だけ、何故か見つからないんだよね。たったそれだけの事でしかないんだけど。

それじゃ、またいつか。何かあったらまたここに来るよ。

 


彼は、空を目指した。

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