最終話

それから……

 オレとアイの付き合いは七日間。

 お互い意識しての恋人関係だったのはきっと最後の瞬間だけだった。



 あの瞬間の幸せでオレは十分だった。

 兄貴の死もアイの死も事故として処理された。

 アメリには兄貴への殺意はあった。
 それは本人も認めていた。

 だけど、あの日……
 
 兄貴がアメリを呼び出していた。
 呼び出したのは兄貴の方だった。
 
 アメリも兄貴に言いたいことがあったので都合が良いからと応じたのだという。

 相手が男だから、もしもの為に護身用にカッターナイフを持っていた。

 当時の兄貴の状態。

 どうやら飲酒をしていたそうだ。
 そしてナイフも持ち歩いていた。
 酔った勢いでアメリともみ合いになって、持っていたナイフが自分に刺さってしまったのは不運だった。


 興奮していたアメリは自分のカッターナイフが兄貴を殺したと思い込んだのだろう。

 血まみれのナイフには兄貴以外の指紋は見つかっていない。

 アイの死についても、もみ合いになった末のものだった。

 アイの不運は頭を打ったこと。
 花の上に落ちていれば命は助かった。だけど頭の位置に大きくて無骨な石があったそうだ。

 アメリは動揺していたのだろうな。 

 アイの発見現場は花壇の中ではなく、花壇の外側だった。

 アメリも全くのお咎めなし、ではなかったが。
 
 停学処分を乗り越えてからは登校できるようになっている。

 事件の当事者でありながら、周囲の視線も気にせずに堂々と我が道を進む姿は尊敬に値する。

 

 アメリは強い奴だ。
 アイの言う通りカッコイイ女だ。

 何かとアメリが構ってくるので、オレの不良のレッテルはいとも簡単に剥がれた。

アメリ

レン先輩、待ってください

レン

く、来るなよ

アメリ

待ちなさい、悩める下級生がいるのよ

レン先輩たすけてください

センパーイ

レン

ああ、同時に話しかけるなって。聞いてやるからさ。

わーい

 卒業するころには後輩から慕われる先輩になっていた。まぁ、色恋沙汰は全く無縁だったが。

 悩み事があると後輩たちはオレのところに来るのだ。

 不良のオレを知る同級生からは兄貴の死を境に丸くなった、などと言われている。

 中学時代の知人からは、元に戻った、なんてことも言われたがオレは何も変わったことはない。


 勉強について成績を落とすことがなかったのはアオが家庭教師になってくれたお蔭だろう。

アオ

ランの弟だし、アイの彼氏だからね

レン

申し訳ないな

アオ

そんなことないさ

 妙に優しくなったのは、兄貴と恋人を同時に喪ったオレへの同情心だろう。

 春からは地元を離れて同じ大学に行く。
 地元にはアイやランの思い出がありすぎるからと、アオに勧められた。


 なぜが、アオは一年待ってから受験していた。
 この春から同級生という、なんとも不思議な気分だ。

レン

まったく、面倒なことするよな

アオ

ランと約束したからね。レンの兄貴になるって

レン

それが、どうして……

アオ

ランだったら、卒業できない。きっとレンと同級生として大学に行くだろうと思ったんだ

アオ

だから、ランの遺志を継ごうと思ってね

レン

はぁ

 オレたちはアイと兄貴の墓参りをすることとなった。
 
 卒業式後の屋上に集まっている。

アメリ

お二人とは、もう会えないかもしれませんね

レン

そう言うなって、兄貴はともかくアイの墓参りは付き合うぞ

アメリ

私は嬉しいのですが、アオ先輩が嫌がります

レン

そうなのか?

アオ

アメリが嫌だろ、男と集まって何処かに行くなんて。百合系女子だからね。

レン

は? 百合系女子?

アメリ

私、百合の花が好きなんです。それだけですよ。

アメリ

……おのれ

アオ

女の子だからね、いろいろあるんだ

アメリ

アオ先輩だって…

アオ

俺が何?

アメリ

何でもないです……

レン

と、とりあえず、行こうぜ

 この二人は、あの夜を境に更に険悪になったような気がする。

 アメリとオレ、アオとオレの関係は良くなったのに。
 
 相性が悪かったのだろう。
 
 兄貴絡みなんだろうなとは思っている。

 兄貴とアメリがあのときに、実際どういう会話をしていたのかも、兄貴とアオがどんな親友生活を送っていたのかもオレは知らない。

レン

兄貴……

アメリ

何だか、ラン先輩のお墓の前に来ると寒気がするんです

アオ

アメリだけだよ。俺は凄く生ぬるい

レン

ハハハ

アオ

? レン、何を供えているんだ

レン

はにわ。家族旅行のときに買って来たんだ

アメリ

ラン先輩って、どうしてはにわ好きなんでしょうね

レン

オレにもわからないけど……まぁ、これでそろそろアメリのこと勘弁してくれよな

アメリ

せ、先輩

アメリ

あ、ありがとうございます

アオ

いや、ランはこれしきのことでは許さないだろうよ

アメリ

アオ先輩、怖いこと言わないでください

 そして、アイの墓の前に立つ。

レン

……

 何も言葉が出てこない。

アオ

アメリ、少し離れるか

アメリ

わかりましたよ。では、レン先輩

 二人がいなくなって、オレは静かに花を供える。
 手を合わせて目を閉じると、彼女の姿が見えた。

レン

……

 オレは生前のアイの姿を知らない。

 オレの知っているアイの笑顔がそこにあった。

赤音

レンくん、おめでとう

レン

おう

 無邪気な笑顔、

 この笑顔にオレは救われた。
 
 あの屋上で彼女と出会わなければ、オレは兄貴の死のショックでどうなっていたかわからない。

レン

あの時、言えなかったことがあるんだ

赤音

何かな?

レン

オレに手を差し伸べてくれたのも、お前だけだったんだ

赤音

……

レン

オレはお前に救われたんだよ。アイ

赤音

どういたしまして

 彼女は照れるように微笑んだ気がする。目を開いても彼女はいなかった。当然だな、オレは苦笑する。空を見上げると、綺麗な青空が見えた。

赤音

レンくん、空が綺麗だよ

レン

そうだな……

赤音

大好きだよ

レン

オレも好きだ

 アイが好きだと言っていた空は
 



 オレが好きな空だった。

空に向けて手を伸ばす。 


届きそうで、届かないところにいる
君に手を伸ばす。

触れることが出来なくても
君がそこにいることをオレは感じ取る。



きっと、君も同じように
手を伸ばしただろうから。

目に見えなくても、
手で感じなくとも、

オレたちの手と手は交じり合った。

オレたちは触れ合うことは出来ない

だけど

 この空を一緒に見ているような………



そんな気がした。

FIN

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