そう書かれたメモが大学の掲示板に貼られていた。
そう書かれたメモが大学の掲示板に貼られていた。
……?
他にチラシやポスターなどが貼ってあるこの掲示板でひとつ、ぽつんと存在しているこの不思議なメッセージに気付くのはたいてい暇人か、やることもなくただウロウロと徘徊している僕くらいなものだろう。
その上、ここは普段あまり人の通らない場所のために、このメッセージを見たのはおそらく僕が初めてなんじゃないかと思われる。
……ふむふむ
面白半分で僕はその掲示板に貼ってあった紙を剥がし、『こんにちわ』とノートの切れ端書いて、それを同じ場所に貼り付けた。
メールと違ってすぐに返信がくるわけもないだろう、と僕はもともと貼ってあった紙をファイルの中に仕舞い、また別の場所へとフラフラし始めた。
翌日の同じ時間にまた掲示板に足を運んだ。すると、昨日、僕が貼っておいた紙は別の紙に変わっていた。
なんだか、律儀な奴だな
誰だかわからないその人に感心しつつ僕はその紙を剥がして『はじめまして。』とまたノートの切れ端に書いて貼り付けた。
別にここで待って、一体誰がこんなメモを残しているのかを探ることが出来たが、別にそこまで興味もなく、僕はまたその場から姿を消した。
こういうのは素性がわからないから楽しい、と僕は思う。
翌日、いつものように紙が変わっていた。
やよい。女の名前だろうか……。
こんなところでこんなことをする女なんてそうとう変わっているんだろうな
僕は『僕の名前は下里誠です』と書いて、紙を貼った後に少し悩み、それをまた剥がして『あなた暇人ですね(笑)』と書き加えた。
この週の日曜はなんだか落ち着かなかった。
掲示板を見に、わざわざ大学に行ってもしょうがないし、なんせ自分の名前を書いた紙を人通りが少ないとはいえ掲示板に貼ったのだ。
さすがに名前はまずかったかなぁ……
羞恥心を知らないわけではないので、今更ながら僕は大学に行ってそれを剥がそうかと悩んだ。
しばらく考えてみると、どうせ僕だとバレたとしても僕の存在を知る者はそう多くはないな、という結論に達し、どうでもよくなった。
なによりもめんどくさ……
月曜、紙は変わっていた。
そして改行され、こう続いていた。
……
僕は素直にその質問に答えた紙を貼り付けた。
『いいえ』
そこまで弥生という人間に興味はなかったのも事実だし、会ったところで話すこともないし、むしろ嫌な空気感を味わうだけだろうということを悟っていた。
そして、いつもどおり僕はそこを離れた。
そう書かれた紙を見て、なんだか僕はなんとなく彼女は僕に似ているような雰囲気を感じた。
『まぁ、これといって話すこともないですからね』
……さすがにこれは冷たすぎるか
そんなことを気にして、『別に拒否しているわけじゃないですからね』と付け加えた。
翌日、こんな返答が来たので僕は『あなたも面白いと思いますよ』と返した。
弥生という人間との会話は休日を除いてほぼ毎日のように続いた。
お互いに気持ちの悪いほどにその身体自体に興味はなく、ただただ、文字を書いて相手の反応を待った。
しばらくすると、それが楽しくなり始め、僕の生活の一部となるのは簡単なことだった。
紙上の会話が始まり、お互い丁度良い具合の距離を保ちつつ、一週間ほど過ぎた。
弥生という人間の書いてくる言葉は僕の胸を強く刺激した。
それが僕にとって快感でもあったし、それに答えて、今度は何をこの人間に尋ねようか、と楽しみでもあった。
『残念ながら僕は無価値です。何かを手に入れることも出来ないし、人に何かを与えることも出来ない。そういうあなたはどうなんですか?』
翌日、そう紙いっぱいに長々と書いてあるメモが貼ってあった。
うーん……
僕は少し唸りを上げた。
この頃から不思議と弥生という人間に興味を持ち始めた。
彼女の言ったとおり、この時点で彼女に価値があることを実感した。
『あなたの言ったとおり、僕の中であなたは価値のある人になっているかもしれないですね。とても面白いと思います。考えてみると人の価値は自分自身では決められませんからね』
こんなもんかね
僕も対抗意識か、ちぎった紙にたくさんの文字を並べてそこに貼り付けた。
その二日後、珍しく一日返事がなかったあとのメモだった。
僕の話は飛んだのか、と思いながらも、そのメモを見た。
……
弥生という人間に会ってみたい気持ちがないといえば嘘になる。
しかし、実際に会ってしまったらなんだかお互いの価値が失われてしまうような気もした。
……うん
『いいえ』
僕は悩んだ結果この答えを選び、家に帰った。
家に帰ってもどうにも彼女の発言の意図が見えなかった。
考えても仕方ないと言い聞かせたところで自分を落ち着かせることが出来なかった。
翌日、僕の予想とは違い、そこにはそう書かれた紙が貼ってあった。
僕は何かしたのか、と思いながらその紙を剥がした。
その紙の裏にも何か文字が書いてあることに気付いた。
僕は一つため息をついて、こう書いた。
『そういってもらえて何よりです。あなたとこうして話しているのはとても楽しいので』
なんか書いたあとに読んでみるとなんとなく偽善者のようにも思えたが、まぁこれでいいか、とその掲示板に貼り付けた。
ほんと、変な人だな
僕と弥生という人間をつなぐ、この掲示板。
そして次の日もそこに彼女の書いた紙が貼ってあった。