少年が軍の施設を出ると、そこは物々しい雰囲気の地下通路だった。
民間人が誤って軍施設に立ち入ることの無いよう地下通路は迷路になっている。
少年は迷うことなく迷路を突き進んだ。
テイマーに連れ出されたときに覚えた道順である。

地下通路の出口はひと気のない路地裏に設定されている。これも民間人が迷い込むことの無いように、との配慮だ。

地下では全く日の光が差し込まないために時間感覚がなくなっていたが、どうやら今は人のにぎわう夕暮れ時らしい。
様々な店が並び、たくさんの会話が交じり合う。

軍の最新科学技術が街にもたらされることはない。加えて大戦によって多くの技術が失われた。街の科学的水準は21世紀程度だろう。それでも誰もが幸せそうな生活を送っている。
そんな中を、無表情のまま少年は進んでゆく。

街を抜けると、ボロボロの家が立ち並ぶ道に出た。
先の戦争で軍国化が進んだ日本では、貧富の差が激しくなっている。社会保障など失われた過去の制度にすぎないのだ。
しかし、ここには貧しいながら楽しそうに暮らす家族も多い。子供のはしゃぐ声や笑い声もどこからか聞こえてくる。
人間、住めば都なのである。

この細い道を行くと、テイマーのお気に入りだったあの花畑にたどり着く。少年の足はなぜか自然に早まっていた。
前方からやってきた醜い男を避ける。すれ違い様に男が少年の「二次魔法士であることを示す肩章」を見て、チッと短く舌打ちをした。男が少年に殴りかかる。

少年は無抵抗に地面へ倒れこんだ。
少年にとって訓練されてもいない人間の拳を避けることなど造作もない。
しかし、法律と軍規において魔法士は常人に対して原則無抵抗でなくてはならないと示されている。もちろん任務遂行に必要な場合や生命を害する場合は除くが、魔法の使用など以ての外だ。

魔法士が昼間から酒を飲み歩くような素行の悪い男に、サンドバッグのような扱いを受けることはよくある。
特に、人工的に生み出されたという出生の関係上、人権さえ認められていない二次魔法士に多い。

少年は無表情に男を見つめる。
少年の美貌と無表情さもその行いを助長するのか、少年は街に出るたびこういう輩に絡まれていた。

邪魔なんだよ、化け物! 人間でもねーくせにフロフロしやがって!

男は少年の胸ぐらをつかみ、思い切り殴りつけた。
少年はまた無抵抗に倒れ、また無表情で男を見つめる。
不思議なことに、少年には傷一つもつかなかった。

その胸糞悪い目をやめろ! 気持ち悪ぃ! 殴っても傷つかねぇとはとんだ化け物だなぁ、おい!

どうやらこの男は自分の視線が嫌らしい、と判断した少年は目を伏せた。
しかし、またすぐに視線を上げた。目の前が急に暗くなり、聞き覚えのある女の子の叫び声が降ってきたからだ。

何してるんですか!

服装からしてこの辺に住んでいる子ではなさそうだ。今時珍しい、和服を着ている。
少年の前に両腕を広げて醜い男と対峙する少女は、少し震えていた。
その震えが怒りからなのか、恐怖からなのか少年にはわからなかったが、自分を守ろうとしてくれていることだけは分かった。

SP2-01

あの人に、似ているな……

少年はぼんやりとそう思う。
少年に優しかったテイマーに、少女はよく似ている。顔だちも少し似ているが、何より自分よりも他人のために行動するその姿が似ていた。

この人だって人間です! 暴力はやめてください!

何だと! 生意気な小娘がっ! お前も化け物のくせに人間様に逆らってんじゃねぇ!

青筋を立てた男が手を振り上げた。
反射的に少女が目をつぶる。

一次魔法起動式ロード
コード:AC  加速魔法
発動

世界が減速する。
ほぼ止まったように見える男の手から少女をさらい、抱き上げて走った。

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