フィリス

あーもう、わけわかんないっ!

 放課後の教室。誰もいないその部屋で、見ていた教科書を、机の上に放り投げるようにしながらフィリスが叫んだ。

クリス

何やってんだ? フィリス

フィリス

 声と共に、ひょいっと教科書が取り上げられる。

フィリス

クリス!

クリス

魔法史! おまえ、こんなのもわかんねーの?

 やや大げさに嘆かれて、

フィリス

うるさいわね! 明日追試なんだから返しなさいよ!

 フィリスがにらみつけながら片手を突き出すと、クリスは笑いながら教科書を投げてよこした。それを受け取ると、再び開く。

クリス

フィリスは本当、ことごとく筆記落ちるよなー

 後ろから教科書を覗き込みながら、クリスが言ってくる。

フィリス

うるさいわねー! 一応、実技は全部単位とってるからいいでしょッ

クリス

つまり、力だけ……と

フィリス

クリスっ!

 フィリスが立ち上がったときには、すでにクリスは逃げていた。教科書でクリスを叩こうと、必死に追いかける。
 夕日が差し込む教室で、しばしのおいかけっこ。
 シゲリータ魔法学校高等部一年A組。魔導師見習いのフィリスとクリスは概ね、いつもこんな関係だった。
 数回、教科書の端が肩にあたり、

クリス

冗談だって、ごめんごめん

 片手を立ててクリスが謝る。

フィリス

ったく

最後に一発軽くたたくと、フィリスは自分の席に座り直す。向かいの席にクリスも座る。

クリス

お詫びにほら、問題だしてやるよ。魔法史なんて暗記ものなんだから、繰り返してれば覚えるよ

フィリス

それが、苦手なんだよねー

クリス

呪文は覚えられるのに?

フィリス

うーん。なんか、それとこれとは別じゃない?

クリス

一緒だよ

フィリス

呪文は魔法を使うのに必要だけど、魔法史は魔法使うのに別に必要じゃないじゃん。覚えなくてもよくない?

クリス

でも、実際、今必要じゃないか

フィリス

それは、そうだけど……

うなだれるフィリスに、呆れたように笑いながらも、クリスが教科書をとる。今度は、フィリスも抵抗しなかった。

クリス

まあ、手始めに。魔法とは

フィリス

えっと、大気中のWC粒子を動かして、その、自然法則を変化させるための方法

クリス

WC粒子の正式名称は?

フィリス

ウィザード・コンソール粒子

クリス

魔法の発動に必要なのは?

フィリス

魔法陣と呪文

そこまで答えてからフィリスは渋い顔で、

フィリス

……ねぇ、馬鹿にしてる? さすがにこれぐらいわかるんだけど

クリス

基本は大事だって。じゃあ、MMM事件

フィリス

WC粒子を食べる化け物、モンストロ・マンガース・マギオが発生して、大勢の人が犠牲になって、旧時代のテクノロジーが全て失われた事件

クリス

うん。起きたのはいつ?

フィリス

白い惑星の……

クリス

違う

フィリス

赤……

 言いかけてクリスの顔色を伺い、

フィリス

じゃなくって、黄色? そう、黄色の惑星の、種の年

クリス

人の顔見て判断すんなよ

フィリス

ええっと、銀河の月? シリオ? じゃないね、ええっと……

 視線を宙に固定したまま、動かなくなってしまったフィリスを見て、

クリス

ガンマ

 ため息混じりに教える。

フィリス

そうそれ!

クリス

そうそれ! じゃないよ、本当……

フィリス

黄色い惑星の魔法使いの年

クリス

種だってば

フィリス

……黄色い惑星の種の年銀河の月シリオ

クリス

そう

 うーっと唸りながらフィリスが頭を抱え込む。

クリス

あれだ。年号が覚えられないからダメなんだね、フィリスの場合

フィリス

そーなのよ! それって必要? って思うのよねー

クリス

でも、実際今、必要だよな?

フィリス

……はい

クリス

まあ、語呂合わせとかでさ。例えば……

 フィリスのノートと鉛筆をとると、さらさらっと語呂合わせのコツを書き出す。

フィリス

はー、頭いいねー、こうやって覚えるんだー

クリス

今更!

 ふざけあいながらも、即席暗記講座が開催された。

 日もすっかり沈んだころ、

クリス

まあ、これぐらい覚えとけば、とりあえずギリでも通るんじゃないか?

フィリス

うーん、ありがとー

フィリス

その、覚えとくぐらいっていうのが大変なんだよなー

クリス

まあ、来年、一緒に二年生になりたいしなー

 さらっとクリスが言った言葉に、荷物を片付ける手を止めた。

フィリス

え?

フィリス

今の、どういう意味?

クリス

……え?

 フィリスの態度にクリスも動きを止め、しばらく何かを考えるようにしてから……、

クリス

違っ! 変な意味じゃなくて! クラスメイトから落第者でたら恥ずかしいだろってだけだよっ!

フィリス

えっ、あ、そうだよね!

クリス

そうだよ!

 大声でのクリスの訂正に、フィリスも大きめの声で返す。

フィリス

なんか恥ずかしいっ

クリス

ほら、早くしないと寮の門限すぎるぞ

フィリス

あれ、もうそんな時間だっけ?

 慌ててカバンに荷物を詰めていると、

クリス

あとまあ、あれだろ、ほらっ

 怒ったようにクリスが続ける。

クリス

来年修学旅行だし!

 自分のカバンを持って立ち上がる。そのままフィリスを待たずに教室を出て行こうとする。

フィリス

ちょっと、待って

 慌てて自分のカバンを掴むとあとを追いかけながら、

フィリス

ねぇ、クリス

クリス

何?

フィリス

……修学旅行、一緒にまわってくれる?

 恐る恐る問いかけた言葉に、

クリス

……いいよ

 ぶっきらぼうな返事が返ってきた。

フィリス

いやな言い方。でも……

 ちらっと前を歩くクリスを見る。

フィリス

顔、赤いからいいや

 ふふっと笑みが漏れる。
 なんとなくほんわかしたところを、

クリス

まあ、フィリスが落ちなかったらな!

 クリスの言葉が台無しにした。

フィリス

もーなんでそういうこというのー!

 背中をばんっと叩くと、いってと文句を言われた。

フィリス

なんでいつもそうやって意地悪ばっかりいうのかなぁ!

 隣に立って睨みつけると、クリスは一瞬たじろいだ顔をしてから、

クリス

でもまあ、実技全部受かるのは尊敬するよ

 ため息混じりに言った。

フィリス

はぁ? エリートが何言ってるの?

クリス

まだ怒ってんの? ごめんってば。……エリートってただ単に、親が軍警察の上層部ってだけで、俺は別に。実技はほとんど、ギリギリ受かっただけだし、サポート系は何にも使えないし

 一つ、ため息。

フィリス

……クリス

フィリス

珍しい。いじわるなクリスがこんなこと言うなんて……

クリス

親は軍警察入って欲しいっぽいけど、俺には無理だなー

フィリス

……学者先生にでもなれば? 頭いいんだし。学校の先生とかも向いているんじゃない?

クリス

あー、そっちの方がいいなー。新しい魔法研究する方が好きだな

フィリス

新しい魔法作れるのは、すごいよね。普通はそれ、できない

 WC粒子を動かして生み出す魔法陣と、呪文の組み合わせで発動する魔法。フィリスのような一般の魔法使いは、今あるものを使うことしかできない。けれども、魔法陣と呪文の理論を基礎から理解していれば、新しい魔法を作ることも不可能ではない。

クリス

……ありがと

 素直にフィリスがいうと、少し照れくさそうにクリスが笑った。

クリス

じゃあ、そっち目指すかなー。大学進んで

フィリス

おー、がんばれー

クリス

フィリスはどうするの。卒業後

フィリス

んー。私は軍入ろうと思ってるよ

クリス

え、まじで?

フィリス

ほら、私、親いないし。大学進むお金はないし。頭良くないけど、魔法を使うのだけは得意だから

 にっこり笑って言ったのに、微妙な顔を返された。

フィリス

え、ちょっと、やめてよそのテンション

クリス

いや、ごめん。……でも危ないじゃん? 高等部卒業後だと、前線からスタートなわけだし

フィリス

いやでも、大学出てキャリアとかの方が無理だからね私

 大学卒業後ならば、階級も上からはじまるし、動き回ることはないだろうが、そんなことフィリスの学力ではできるわけがない。

フィリス

あれ、っていうか

フィリス

もしかして、心配してくれてる?

クリス

なっ

 クリスが瞬間、顔を真っ赤にして口を大きく開いたものの、

クリス

っ、そうだよっ! 悪いかよっ!

 吐き捨てるようにそれだけいうと、フィリスを置いてさっさと走っていく。

フィリス

え、あ、ちょっと待って!

 呼び止める間もなく、消えていった。

フィリス

いや、まあ、寮だし、敷地内だし。追いかければすぐ追いつくだろうけど。でも

 自然に笑みがこぼれる。

フィリス

そっか、心配してくれたんだ

 笑みを深くすると、足取り軽く、自分も寮に向かって歩みを進めた。

1)フィリスとクリス

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