まだ震えが止まらない真庭さんの体を柔らかな草原に預けて、私は立ち上がった。
やれやれ。本当に荒っぽいなぁ
まだ震えが止まらない真庭さんの体を柔らかな草原に預けて、私は立ち上がった。
想像する。あの巨大ロボを倒せる武器を。
剣、斧、ハンマー。
ううん、それじゃ足りない。もっともっと強力で、あの大きさに負けないもの。
創造する。ぐっと握った右手に光が集まる。右腕にベルトが巻かれ、大筒と右手が一体になる。その中に入るのは銃弾でも爆弾でもない。
鉄柱。
私の背丈を遥かに超える長さで、天へと伸びた鉄柱を見て、チーシャは呆れたように声を漏らした。
まったく、本当に君は破壊的だ
リーチと機動力を犠牲にして、一撃必殺を手に入れた近接最強火力の武器。
パイルバンカー、とはね
悪夢の中の敵を討つ私専用の武器、イイユメツール。
私の想像したとおりに出来上がった杭打ち機を構え、地面を蹴った。
十メートルを優に超える巨大ロボの顔に向かって飛び込む。ついでだから一撃蹴りも入れておく。その反動を使ってさらに天高くに飛び上がった。
埋まっちゃえぇぇぇ!
大きくテイクバックした右腕を振り下ろす。頭の頂点にぶつかった瞬間に右の拳を強く握った。
巨大機構がギリギリと音を立てて震える。反動すらも下方向に乗せるつもりで体ごとロボに叩きつける。
鉄と超合金のぶつかり合いで激しい火花が散った。
やった?
反動で飛び退いた私はそのまま後ろに宙返りして着地も完璧。あぁ、現実でもできたら体育科目は百点満点なのに。
膝まで埋まった巨大ロボは走簡単には動けない。
はずなんだけど
ここは夢の世界だよ? 君が彼女の夢に干渉しているのと同じく、悪夢だって君の世界に干渉してくるさ
埋まっていたロボの足元の地面がチョコのように溶けていく。そこから簡単に抜け出した巨大ロボはまた私たちの前に立ちはだかった。
ちょっと、これいきなり強すぎない?
私はチーシャに猛抗議。まだ私の魔法少女のレベルはせいぜい一とか二なんだけど。あれを倒すのには五〇くらいは必要に見える。
まぁ、その武器じゃ、ね
もっと強力な奴かぁ
そうすると銃火器になっちゃうんだけど。それはちょっと私の管轄外だ。魔法少女は物理で敵を倒す。それが昔からのお約束。ビームは決め技のときだけ、と相場が決まっている。
君は攻撃力を上げる以外の選択肢はないのかい?
はぁ、と白々しいほどの大きな溜息をついてチーシャは今度は両手、もとい両前足を上げてやれやれ、と首を振る。器用なネコだ。
じゃあなんだって言うの?
弱点をつけばいいじゃないか。あのロボの正体がわかれば自然と弱点が見つかるかもしれないね
あのロボの正体?
そんなこと言われたってわからないものはわからない。だってどう見たってただのロボ。それに私は真庭さんのことをよく知らないし。トラウマとかあっても聞いたことがない。
でも寝ちゃダメ、ってなんなんだろう?
それだけ時間が惜しいんだよ。例えば何かの締め切りが近付いていたり、ね
締め切り?
世の中には守らないといけないルールがいろいろある。そのうちの一つが締め切り。期限までに言われたことをやっておきなさい、というルール。学校の宿題だってそうだし、あとは仕事の期限。漫画家とか小説家なら聞くだけで背筋がブルっとなる、アレ。
よく見ると、あのロボット、胴体に赤茶色の格子柄がついている。足の部分はパソコンのマウスだし、腰の部分はキーボード。額に青色のWが書かれている。
もしかして、小説?
そうらしいね。彼女、文芸部の原稿を今まで一度も落としたことがないそうだよ
苦しそうに顔を歪めている真庭さんの顔を見ながら、チーシャは言った。もうチーシャには全てまるっとお見通しなのだ。私には教えてくれないだけで。
巨大締め切り遵守強要ロボ、デッドライン。なんてどうだい?
チーシャも私に負けず劣らずセンスが悪いみたい。でもへそを曲げられちゃ困るから言わないでおこう、っと
聞こえてるよ
あっ! その、ってことはつまり
あの原稿用紙のマスの中を埋めてあげることができれ
思いっきり破っちゃえばいいんだ!
え?
チーシャが言い切らないうちに、私は答えに辿り着く。原稿用紙があるからそこに何かを書かなくちゃいけないんだ。紙がなくなってしまえば何も恐れることはない。
チーシャ、真庭さんをお願い!
草原を踏みしめて力を溜める。そして私はもう一度、ロボの胸元に向かって飛び出した。
やれやれ。どうしてそうなるかな?
古来からゴーレムの倒し方は決まっている。額に書かれた『emeth』の頭文字を消して『meth』にすることだ。さて、君はどうやって倒してくれるのかな、朝華
突き込んでくるロボの左拳をパイルバンカーで受け止める。なんとか衝撃を吸収してくれたけど、私の右腕からはキラキラと光がこぼれて、パイルバンカーが消えていった。
もう使えないって思っちゃったから?
それじゃ次、新しいイイユメツールを創造する。
伸ばしたロボの左腕を駆け登りながら、私は新しい武器を想像する。
原稿用紙をダメにしちゃうなら何がいいだろう?
はさみ、カッター、シュレッダー。
でも相手は超合金だし。簡単には破れてくれなさそう。
そうだ。これなら!
イメージを固めて開いた右手を天に掲げる。光の粒子が集まって大きな万年筆に姿を変えた。
これで原稿用紙にバツしちゃえば
袈裟斬り、その勢いのまま体を宙返りさせて逆袈裟斬り!
ロボの胸元に埋め込まれた赤茶色の原稿用紙に×印をつける。
これでもう原稿用紙は使えないよね?
ふふん、と私はしたり顔。我ながら諸葛亮孔明もびっくりの計略。
そんなにうまくいくはずがないでしょ
頭の中にチーシャの声が響いた。
ゴゴゴ、と大きな音を立てて、ゴーレムが両手を掲げる。そして、私がつけたはずの真っ黒な×印があっという間に消えてしまった。
何で!?
最近はデジタルが主流だからね
ctrl+Z。恐るべし、文明の利器。
ちょっとチーシャ、どうしよう!
もう降参かい? しょうがないな。ロボットに原稿が『書けた』と伝えてやればいいのさ
どうやって!?
ゴーレムの弱点は額、だよ
額、っておでこ? ロボの頭に向かって目を凝らす。青い文字でWの文字。あれってよく見る文章を書くためのソフトのマークだよね? それを書けたっていったい。
朝華、早く! 彼女の目が覚めそうだ
じゃあ早く答えを教えてよ。こっちだってまだ英語の課題が残ってて。
英語?
そっか、書けたってことはあのWの後に足して。
イメージする。あの先に続く単語のつづりを。インクが飛び散ってなぞるアルファベットを。ここは私の夢の世界。思い描けば現実になる。
いっけぇぇー!
思い切り振り回した万年筆の先からインクが激しく飛び散った。ロボの額の文字めがけてインクがアルファベットを描く。
written。
既に書いた。貴様の額に撃滅の終焉(フィナーレ)を。
答えはあっていたらしく、ロボは雄叫びを上げると文字で埋まった大量の原稿用紙となって風に運ばれていった。