ほとんど寝もしないで朝ご飯を食べ、祖父をおぶって神社に送っていき、店先に出してあった修理後の自転車を受け取って登校する。

 今日も今日とて、テストだということだけで何ら変わらない日常が待っていると思っていた。





 彼女が、現れるまでは。





 部活が休みの双子をまくように家に帰り、祖父を神社から家へと連れ帰った直後だった。

 ふと見上げた神社の方に、人影を見たような気がしたのだ。

 別に神社に参拝する時間帯は自由なのだから、誰かがいてもおかしくはない。時々境内や裏の山に、近所のガキんちょが秘密基地を作ってくれるのは困っているが。

 本当にこの日は何となく、神社へ足が向かった。

 制服であるシャツのポケットに入れた携帯からぶら下がった九十九が、何か言いたそうにしているような気がしたが、特に何も言って来なかった。

 石段をゆっくり上りきると、ザッと風が吹いた。西日でできた影をまとって、木々が騒ぐ。






 その少女は、降水確率0パーセントの日だというのに、俗に番傘と呼ばれるものを地面に突き立て、境内の真ん中に仁王立ちで皐矢を待ち構えていた。

お前が靭代のか

ええっと、どちら様で?

私は神鳴月(かんなりづき)家の当主・栴。
召喚令状に応じないお前を迎えに来た

召喚令状?

お主が開封もせんでシュレッダーにかけたやつじゃ!

……あー、そんなこともあったね

……しゅれっだー?

 少女が眉をひそめた。
 なんだ? 九十九の声が聞こえるのか?

ええっと……シュレッダーというのは……

……紙をお手軽に細かーく裁断できるやつで

いや、シュレッダーの商品説明している場合か

……つまり、お上からのお達しを蔑ろにしたということか

 簡潔なまとめ、ありがとうございます。

連れ帰る以前に、自分の役目から逃げようとするその性根を叩き潰す必要があるな

 その時、突風が吹いた。

 思わずよろめくほどの強さに、一瞬視界が奪われた。

 何とか薄目を開けた皐矢の視界に飛び込んで来たのは、どこかから剥がれたのだろうトタンが、少女――栴に差し迫っている光景だった。

 危ない、と叫ぶより早く栴の方へ駆け出していた。

 






 栴は自分の身に降りかかっている危機を知らないのか、真っ直ぐ皐矢を睨み据えている。





 一瞬、青紫の稲妻が見えたような気がした。

 栴は番傘に仕込んでいたドスでトタンを切り上げていた。

うわっ!?

 真っ二つにされたトタンの片方を、皐矢は急ブレーキをかけて辛うじて避けた。
 その鼻先に、間髪入れずにジリジリと唸っている小さな龍がまとわりついているような光を纏った、高熱の刃が突きつけられる。

靭代の。お前の意志を通したければここでお前の武を証明しろ

 武、てなあ……。

武、というてもなあ……

オイ、豆ダヌキ。今また俺の心を読んだな?

ギクッ!!

……それはさて置き。
武を示せって言われても、俺はお前みたいに物騒なものは持っていないぞ

では体術で――

いや、女と喧嘩する趣味はないし

 皐矢がその言葉を発した瞬間、栴は目を見開いた。
 ドスから梅の枝のように稲妻が立ち上り、咄嗟に後退った皐矢は、自分の言葉に栴が激怒したのだと気づいた。

女だからと……










 その時、二羽の雀が栴の頭上に現れた。

簡潔なまとめ、ありがとうございます。

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