夢見を与える祈りのペンダント。

 月を象ったそれは、幸せの夢を見る乙女の手へ渡る。

 

 木々が立ち塞がり、蔦が絡まり、手入れされていない雑草が生い茂る、森の道。

 視界は暗く、どこからか鳥の声が聞こえる。

道を間違えたかしら……?

 フェミリアは一度立ち止まり、空を見上げた。

 木の葉で埋め尽くされ、微かに陽の光を映し出している。

 今が日中だということは分かるが……

 額にかいた汗をハンカチで拭った。

日が暮れる前にたどり着かないと……

 家を出るときには綺麗だった淡いピンク色のドレスも、裾は土で薄汚れ、いつ引っかいたのだろう、生地はところどころ切り裂けていた。

 もともとは森に住む叔母に会いに行くだけの予定だった。

 手に持った大きなかごの中には、今朝焼いたばかりのパンが入っている。

 絵本の話をしながら一緒に食べようと思っていた

 長いブロンドの髪が汗で肌にくっついて鬱陶しい。

だけど、ヘアゴムは持っていなかった。

手で払う。

おかしいな

 今更道に迷うはずはなかった。

 それほど多くの回数、叔母の家には行っている。

天気もよかったのに……

 焦りと疲れで体力の消耗も激しくなる。

 周りを見渡しても、どこも似たような景色で代わり映えがしない。

困ったわ……

 途方にくれ、大きな木のひとつに背中を預けると、右の方向に人影が見えた。

……!

 一瞬疲れで幻影が見えているのかと思った。

 だから、目を凝らす。

 間違いなく、それは人影だった。

よかった、これで道が聞ける……!

 フェミリアは希望を胸に灯し、最後の力を振り絞り、走り出した。

    

 そこにいたのはフェミリアよりも背が小さく、ローブで身を包み、不思議な雰囲気をかもし出す人だった。

 年齢不詳で、男か女かも分からない。

 今までに会ったことのない不思議な風貌に、フェミリアは躊躇し一度足を止めた。

 だけど、ここで道を聞けなければ叔母さんに会えるどころか家に帰れなくなるかもしれない。

 勇気を出して話しかける。

あの……

声をかけると、小さい人は振り返った。

すみません、道を教えていただきたいのです

……
迷ったの?

 その声も不思議だった。高いのか低いのか、中性的というのだろうか、男か女か本当に分からない。

はい……

 小さい人は顔を上げ、フェミリアを見つめた。

あ、あの、わたしはフェミリアといいます

失礼があったかな?

 フェミリアは不安に思ったが、小さい人からの返答は何もない。

 何を考えているのだろうか、ただ見つめられるだけで、困って立ち尽くす。

……

……

 しばらく見つめあった後、小さい人は片手を差し出した。

 その手の中にあったのは、月の形をしたペンダントだった。

 ぼんやりと淡い光を放っている。

偶然 手に入れたんだよ

これは……?

夢見のペンダント。古い神話に伝えられる、魔よけのペンダントだよ

 差し出されている意味は。

これを、わたしに……?

…………一番最初にここを通った女性へというのがお告げ。さぁ、受け取って

 フェミリアはそっと両手を差し出した。

 そこへ、月の形をしたペンダントがそっと置かれた。


……きれい

身に着ければ、多くの災いからその身を守る。されど、全ての災いから守られるわけではない

守りのペンダント

 思わず呟く。

 絵本でそんな話を読んだことがあった。

そのように思っていればいいよ。でもね、ペンダントの力に頼りすぎてはいけないよ

 



 フェミリアがペンダントに魅入っているうちに、小さい人はいなくなっていた。





 

あ……!

 気付いたときには遅かった。

道を、聞けなかった……

 一番肝心の、道を聞くということが出来なかった。
 絶望に近い気持ちで地に膝を着く。


 今から走れば追いつくだろうか?


 だけど残っている体力はあとわずかだ。

助けて……!

 フェミリアは目をギュッと瞑り、手に持っていたペンダントを握り締めた。

 ファアアアァァァ……

あ……

 不思議と暖かな光に包まれる。

 気付けば見知った叔母さんの家がそこにあった。

うそ……

 ハッとして手の中のペンダントを見つめた。

このペンダントの力……?

 フェミリアはしばらくペンダントを見つめていた。







フェミリアの焼くパンは本当においしいね

叔母さんの作ってくれる紅茶がおいしいから、このパンもおいしくなるのよ

 変わらない叔母の笑顔に、フェミリアの心は温かくなる。

 焼いてきたパンを切り分けて、叔母の作った苺ジャムやはちみつと一緒に食べた。

 叔母の淹れるアップルティーもフェミリアの大好物だった。

今日ね、道に迷ってしまったの

そう、それでドレスがあんなだったんだね

 今は着替えて、叔母の少女時代のブラウスとフレアスカートを身に着けている。

 サイズがピッタリで、フェミリアも驚いた。

帰るまでには直してあげるよ

ありがとう、叔母さん

 やさしさに甘えて、カップに口をつける。

そうだ、さっき小さい人に会ったの

小さい人?

そう。それでね、これをくれたの

 フェミリアが夢見のペンダントを叔母に見せる。

 すると、叔母の目が見開いた。

これは……

知ってる?

あぁ、夢見のペンダント。神話に出てくるものだね

お告げだって言って、渡されたわ

 叔母は真剣な表情でペンダントを見つめた。

……そう。このペンダントはね、不思議な力がある

うん

夢や望みを叶えてくれるもだよ。でも気をつけて。このペンダントの持ち主はみんな、おかしな死に方をしているから

おかしな死に方って……

 フェミリアは驚いてペンダントを落としそうになった。

 叔母がペンダントごとフェミリアの手をギュッと握る。

ペンダントの力がほしくて奪おうと狙われたり、ペンダントの力に溺れて我を忘れておかしなことになってしまったり……

…………

いい? ペンダントを持っていることは誰にも言ってはいけないよ。困ったことがあったら、いつでも叔母さんを頼ってくるんだよ

 叔母がジッとフェミリアの目を覗き込む。

 フェミリアは真剣な顔をして、頷いた。





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