飛び込んできたのはオレンジ色の眩い光。

窓の外を見ると、
すでに太陽は西に傾いていた。
 
 

眠井 朝華

……もう夕方だったんだ。

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

安武先生

あら、眠井さんもお目覚め?

眠井 朝華

あ……はい……。

安武先生

もう授業は終わっているから
下校しても構わないわよ。

眠井 朝華

そ……そうします……。

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私は鞄を持って保健室を出た。
そのまま昇降口へ向かって歩いていく。


すでに多くの生徒が下校してしまっているのか、
廊下は自分の足音がハッキリと聞こえるくらい
静まりかえっていた。

歩いている生徒の姿も今は見られない。
 
 

眠井 朝華

逃げるな……か……。

 
金鞠くんに対して言った言葉が
なんとなく口に出た。

そして気がついた時には自然に拳を握りしめ、
下唇を強く噛んでいた。

 
ちょっと痛い……。
 
 

眠井 朝華

く……。

 
自分だって色々なものから逃げている。

金鞠くんに対して
私がその言葉を言う資格なんてない。


だからこそ、
私の中学校生活はご覧の有様なわけで……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

眠井 朝華

…………。

 
私の足は階段の前で止まっていた。
ここを登った先に、
私が本来通うべき教室がある。



――なぜか足がその場から動かない。

昇降口に向かってさっさと歩けばいいのに、
それができない。
なぜならそちらに足を動かそうとすると、
心が大きく動揺して苦しくなるから……。


この状態を解決するにはどうしたらいいのか?
そんなの自分でもよく分かっている。
 
 

眠井 朝華

よ……よしっ!

 
私は階段に向かって足を動かした。
そしてゆっくりと一段ずつ、そこを上っていく。


心臓がバクバクと高鳴っている。
ちょっと息苦しい。
足がすごく重く感じる。
額に汗が滲んでくる。

でも私は自分でも驚くくらい
根性を出して歩き続けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 


 
 
 
それから約10分後、
私は自分の教室の前に立っていた。
廊下にも中にも誰もいない。

みんな下校してしまったのか、
それとも部活動に行っているのか……。
 
 

眠井 朝華

ふぅ~……。

 
私は思わず深呼吸をした。


あと数十センチくらい進むとそこは教室内。
私にとっては未知の領域というか、
異世界に等しい場所だ。

べ、別に自分の教室なんだから入っても
何の問題もないよね……。
 
 
 
 
 

女子生徒A

へぇ~、そうなんだぁ!

女子生徒B

でね――

眠井 朝華

っ!?

 
廊下の曲がり角の向こうから
誰かがやってくる!

――急いで隠れなくちゃ!


私は慌てて教室に入り、ドアの影に隠れた。
ドキドキしながらそこで息を潜める。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
程なく彼女たちは教室の前を通り過ぎていった。
そして足音も話し声も聞こえなくなる。

良かった、バレずに済んだ……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

眠井 朝華

あ……。

 
目の前に広がっていたのは、
整然と並べられた机と椅子の景色だった。

壁には色々なプリントが貼られ、
黒板には数学の公式の消し残しがある。


その全てが夕日の色に染まっていた。
 
 

眠井 朝華

教室に……入っちゃった……。

 
 
呆気ないというか、何というか……。

あれだけ緊張していたのがバカみたい。



……そりゃ、そうだ。

教室が攻撃してくるわけじゃないんだから
過度に恐れることなんてなかったんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

眠井 朝華

っ!?

 
廊下の方からかすかに足音がした。
また誰かがこちらに向かって
やってくるんだろう。

もしそれがクラスメイトだったら
今度こそ鉢合わせしてしまうッ!
 
 

眠井 朝華

…………。

 
 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
私は教室の様子を目に焼き付け、
そそくさと廊下に出た。
そして階段では
何段か飛ばしつつ駆け下りていった。

――幸い、誰にもバレずに脱出に成功っ!




その後、校門の前まで来たところで足を止め、
校舎の方へ振り返って2階を見上げた。

今の私にはこれで精一杯だけど、
いつかもっと頑張って
普通に教室へ通えるようになれたらいいな。



私はちょっとだけ、そんなことを思った。
 
 

 
 

 
  
くそねみまじかる

feat.みすたぁ・ゆー
 

 
 
『瞳に映るその先に……』

終わり
 

瞳に映るその先に……(5/完結編)

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