くそねみまじかる

feat.みすたぁ・ゆー
 
 

『 瞳に映るその先に…… 』
 
 
 
 
  

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
午後になると眠気が出てくるのはなぜだろう?

給食を食べてお腹いっぱいになるからなのか、
単に寝不足なだけなのか?
それとも春の陽気のせいなのか?



――うん、数日前に立夏を過ぎたから
すでに春じゃないぞというツッコミは禁止だ。
暦の上では夏だとしても、
この地域の気候はまだまだ春なんだし。


まぁ、理由は分からないけど、
今の私がすごく眠いということだけは
間違いのない事実だ。
 
 

眠井 朝華

ふぁあ~……。

 
自然と大きなアクビが出た。
そのあと両腕を上げて思いっきり伸びをする。

保健の安武(やすたけ)先生は
少し前にどこかへ行ってしまったから
気兼ねなく口を開けてアクビが出来る。



目の前の机の上には自習用の問題集。
すでに今回の授業のノルマは終わっている。
 
 

眠井 朝華

このままベッドに
ダイブしようかなぁ……。

 
私は立ち上がり、ベッドに向かって歩き出した。


その時、ふと窓から校庭を見てみると、
そこではどこかのクラスが
体育の授業をしていた。
どうやらマラソンをやっているらしい。


――と、思っていたんだけど、
ちょっと様子がおかしい。
だってそもそも誰も体育着を着ていないもん。



もう一度よく見てみると
校庭のあちこちに画板を持って
座っている生徒の姿がある。

つまり美術の授業で写生をしていたのが
正解ってわけね……。
 
 

眠井 朝華

でもそれなら
何で走っているのかな?

 
疑問に思った私は、
校庭を走り回っている集団の先頭を見た。


そこにいたのは男子生徒。
そのすぐ後ろを黒っぽい犬が追いかけ、
さらにその後ろからクラスメイトらしき
生徒の集団が追いかけている。
 
 

眠井 朝華

…………。

眠井 朝華

犬ッ!?

 
驚いて思わず声が裏返ってしまった。

……マヌケな声を誰にも聞かれなくて良かった。
もし誰かがいたら絶対にからかわれるもん。
 
 

眠井 朝華

それにしても、
校庭に迷い犬が侵入してたとはね。

眠井 朝華

ぷっ! 逃げたら
余計に追いかけられるのに!

 
犬には狩猟本能が残っていて、
逃げていくものを追いかける習性があるらしい。

詳しくは知らないけど、
テレビか何かでやっているのを見たことがある。


さらに犬が本気で走ったら、
人間の足じゃ到底逃げ切ることなんて
できないということも……。
 
 

眠井 朝華

あ、コケた……。

 
男子生徒は足がもつれて、前に転んだ。

そこへ犬が追いついて、
倒れた彼の体の周りを跳ね回る。


そのあと、徐々に顔と顔が近付いていき――
 
 

金鞠 大介

ぎゃぁああああぁーっ!

眠井 朝華

うわ……すっごい悲鳴……。
ここまで聞こえてくるくらいだから
噛まれちゃったのかな?

 
ようやく彼のところへ
先生やクラスメイトたちが追いついた。

そしてその中のひとりの男子生徒が
慣れた様子で犬を校庭の外へ連れていく。


一方、先生とほかの生徒たちは
転んだ男子生徒の介抱をしているようだった。
 
 

眠井 朝華

ここに運ばれてきそう……。

 
その予想通り、転んだ男子生徒は
先生とほかの男子生徒ふたりによって
こちらへ運ばれてくる。


せっかくの静かな保健室が台無しだ……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

里見先生

安武先生、安武先生っ!

 
ドアが開き、
美術の里見(さとみ)先生ほか男子生徒2名が
倒れた男子生徒を連れて
保健室にドカドカと一気に突入してきた。

……ここには人質を取った犯人なんか
立てこもっていませんよ?
だから静かに入ってきてください。

 
 
つーか、まずはノックぐらいしてよね……。
 
 

里見先生

ん?

眠井 朝華

あ……はは……。

 
里見先生と目が合ってしまった。
ばつが悪くて、即座に視線を逸らす。

別に恋の始まりを警戒しているわけじゃない。
単に気まずいだけだ。


――っていうか、そもそも里見先生は
私の好みのタイプじゃないし。
 
 

里見先生

キミは確か2年の
眠井……だったか……?

眠井 朝華

は……はぃ……。

里見先生

保健の安武先生は
どこに行ったか知ってるか?

眠井 朝華

さ……さぁ……。

里見先生

それなら仕方ない。
神野、豊後、ベッドの上に
金鞠を寝かせてやれ。

神野くん

はい。

豊後くん

分かりました。

 
先生から指示を受けた神野(じんの)くんと
豊後(ぶんご)くんは、
運んできた金鞠(かなまり)くんを
ベッドに寝かせた。


そっか、彼らがいるということは、
授業をしていたのは隣のクラスだったんだ。
一応、なんとなくだけど顔は覚えてる。



……もっとも、そうは言っても
私は自分のクラスに行ったことないんだけど。
 
 

里見先生

眠井、安武先生が戻ってきたら
事情を伝えておいてくれ。

眠井 朝華

あ……あの……金鞠くんは……
どうしたんですか?

里見先生

おぉ、焦っていて
それを説明するのを忘れてたな。

里見先生

美術の授業で写生をしていた時、
校庭に入り込んできた迷い犬に
追いかけられたんだ。

里見先生

金鞠は動物が苦手らしくてな。
逃げ回っているうちに転んで、
顔を舐められた。
すると気絶してしまったんだ。

眠井 朝華

噛まれたわけじゃ……
ないんですね……?

里見先生

あぁ、転んだ時に手のひらと膝を
少し擦りむいた程度だ。

神野くん

里見先生、
金鞠をベッドに寝かせました。

里見先生

そうか、ご苦労さん。

 
 

 
 
 

安武先生

あら? 里見先生?

 
その時だった。
どこかへ行っていた安武先生が戻ってきた。
 
 

里見先生

安武先生!
良かった、お戻りになって。

 
里見先生はホッとした表情を浮かべると、
あらためて事情を安武先生に説明した。

あと少し早く戻ってきてくれていたら
里見先生も二度手間がかからなかったのにね。



――まぁ、これで気兼ねなく眠ることが出来る。

不祥事を起こした政治家みたいに
説明責任を課されて、
困っていたところだったもんね。
 
 

里見先生

――ということなので、
どうかよろしくお願いします。

安武先生

あとはお任せください。

 
里見先生たちが出ていき、
保健室に静けさと平和が戻った。

ようやく私も金鞠くんが寝かされている
隣のベッドに横になる。




……薄布1枚隔てただけの向こうに
男子がいるって意識すると緊張しちゃう。

前にもそういうことがあったけど、
やっぱり慣れない。
 
 

金鞠 大介

うぅ……フサ……
ゴメン……ゴメンよ……。

 
金鞠くんの苦しげな声が聞こえてきた。

たぶん、まだ目は覚めていないだろうから、
きっとこれは寝言か何かなんだろう。


この感じ、
もしかして悪夢でも見ているのかな?
 
 

眠井 朝華

だとしたら助けてあげなきゃ!

 
私には悪夢を打ち消せる力がある。

悪夢に苦しむ人に接してしまった以上、
このまま知らんぷりなんて出来ない。



私はベッドに横になり、
意を決して目を瞑った。
金鞠くんのことを意識しながら……。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
闇の中を漂っていると、
やがて目の前に木製の扉が現れた。

吊り下げられているネームプレートには
『金鞠大介(だいすけ)』と書かれている。



――うん、ここで間違いないみたい。
 
 

 
 
 
次のエピソードへ続く!
 

瞳に映るその先に……(1)

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