なにもすることがなかったから僕は、ただ黙って雨音を聞いていた。

鍵盤を叩くような、そんな音に聞こえた。


隣で笑う君の、やわらかな笑顔を見つめながら。
また今日も言えなかったって僕は、小さなため息をつくんだ。


止まないざざなりに、心臓の音が重なっていく。

そうして、いつか世界から、僕と君以外いなくなる。
ふたりだけの世界に辿りつく。

ずっと、言おうと思っていた言葉がある。
でも、長いこと言えないままの言葉だ。


僕はもうずっと前から君の裏切りを知っていた。
今更君に心動かされることはない。


僕は君のことを本気で愛していた。
だからこそ君の裏切りが許せなかった。


だから僕は、君に別れを告げようと思っていた。
君だってきっと、それを望んでいるんだろう。

僕と別れて、僕のことなんか忘れて、早く新しい男のもとに行けばいい。


僕はそんな不潔な君と、同じ空間を共有していることが耐えられない。



それなのに僕は、なぜかまたこうしてさよならを言う機会を逃している。


機会は、いつでもあったはずなのに。
僕は君に別れを告げることができないままだ。


まだ、君に未練があるとでもいうのだろうか。


ふたりだけの世界。
僕の微熱が冷めることはない。


そっと目を閉じて。重なる唇。


互いの熱を交換して。
さよならをこの胸の内に閉じ込める。



あのことを問い詰めたら、君はなんと答えるのだろう。


白々しく嘘を突き通すのか。
それとも、これ幸いと自分の非をあっさり認めるのだろうか。


問いただしてみたい。
君がどんな反応を示すのか見てみたい。

君の中で、僕とあいつ、どちらが大切なのか確かめてみたい。


君が嘘を認めれば僕の負け。
君が嘘をつき続けたなら、僕の勝ちだ。



でも、もし――


僕は、なにかを恐れている。


不確かな愛なんて、さっさと棄ててしまえばいい。

いつか失くしてしまうかもしれない恐怖におびえるくらいなら、いっそ自ら消し去ってしまえばいい。


そう心では思っているのに、僕はそれができない。
君を失うのが恐ろしい。


君に裏切られていたことを知り、こんなに君を恨むようになってもなお、僕は君のことを愛おしいと思ってしまうみたいだ。


君にならば、欺かれてもいい。
君のそのやさしい嘘に、僕は一生騙されたふりをしていよう。


それで君の一番そばにいられるのなら、それでも構わない。



瞼を閉じればなにも見えない。
感じるのは君のぬくもりだけ。



この不完全な世界で、僕はただ君だけを感じてる。


さよならはこの胸の奥にしまっておこう。



君をこの腕の中に閉じ込めることができるのならば、いっそのこと、雨なんて止まなければいい。


そのざざなりに、すべてを隠していて欲しい。
ざわめきも、あざむきも、隠していて。




僕が、この夢のような嘘から醒めないように。


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