園山廉

はい、ここ。ここがあいてる部屋だから

4階建て中、1階はみんなで使う部屋が多い。
リビングとか、キッチンとかダイニングとか。

お客さんを迎え入れるのもここだ。
あと、ネコさんルームもここにある。


2階は、いちばん大切なスタジオ。
個人で練習だってできる。


そして、3,4階が住居スペース。
上には結成から長い間を一緒にしてきた、響一さん、将さん、高木さんが住んでいる。

そして下には俺と、心平さん、時々水野さんが泊まる時に使う部屋がある。


それでも部屋は余っていて、将さんが俺にこの人を案内するよう言ったのは、俺と心平さんの部屋の間に微妙に空けられていた一部屋だった。

麻生芹奈

えー、ちょー広―い!

部屋のドアを開けたその人は、軽々と中に入ると感嘆の声を上げた。

それもそのはずだ。
だってこの人の大きくて重たい荷物は全部俺が持ってるんだから!

…本当、この家にエレベーターがあってよかった。

楽器とか機材を持ち込めるように、と将さんが言って取り付けたらしい。
心遣い感謝します。

麻生芹奈

あ、その荷物ここにおいてー

…本当、遠慮って言葉知らないよな。
 
それでも俺は言われたとおり荷物を運んだ。
まったく、この中なにが入ってるんだ。

麻生芹奈

すごーい。おっしゃれー♪

 
すごく喜んでもらえているようですよ。
 
結構地味だし女の子が気に入る部屋かなー?とか心配してた将さんには後でちゃんと報告しておこう。

麻生芹奈

廉さ、暇でしょ?

その時、急にその人はそんなことを訊いてきた。
 
なんてことを言うんだ、この人は。

園山廉

いや、俺練習あるし

麻生芹奈

ツアー終わったじゃん!次のライブまだまだでしょ?

いや、確かに次のライブは遠いけど、テレビでの演奏とかもあるし、新曲の練習だってあるし、…とにかく俺はまだ新人で、昔の曲も覚えなきゃいけなくて、人一倍頑張らなきゃいけないのに!
 
そんな俺の心の抗議などきっとこの人には通用しない。
 
笑顔で彼女は言ってきた。

麻生芹奈

付き合ってほしいとこあるんだけど

…こんなことだろうと思った。
 
俺は大荷物を抱えたまま街の真ん中を歩いている。
道行く人々からすごく不思議そうに見られてるけど、俺は耐えた。
 
あの後、俺は目の前で楽しそうに歩いている人に街まで連れて行かれた。

高級店にばかり入り、たくさんお買い物し、挙句カードで支払っていた彼女に、俺は不信感を抱いたが、この人はなにも教えてはくれなかった。

…それにしても、女もののお店に入るのはつらかった。

し、ししし下っ…下、着、まで、買いに行くし。

麻生芹奈

これで全部かなー?

というか、あれだけ荷物あったんだし、買いに来る必要なんてあったのだろうか?

いったい何日居座るつもりなんだ。

麻生芹奈

全部だねー、帰ろうかー♪

さっそく帰るなんて言っちゃってますよ。
 
将さん優しいから、本当にいつまでも置いてあげそう。
 
…あれ?そういえば他の人にはもう言ったのかな?
 
俺、絶対高木さんや心平さんには言いたくない。
怒られるに違いないから。

麻生芹奈

廉―、なにしてるのー?

そう言われた時、ふと、聴きなれたメロディが聞こえてきた。

俺達の曲、♪Qだ。

まだ、兄さんがいた頃の、懐かしい曲。
兄さんが最期に創った、兄さんの曲。

どこから流れてきているのだろう?

麻生芹奈

…あたし、この曲好き

ぽつり、となりで声がした。

麻生芹奈

廉、ありがとね

俺は、びっくりして振り返った。

ありがとうなんて、この人の口から聞けるとは思ってなかったから。

振り返った俺は、その人の顔を見てもっと驚いた。

その人は――なんだか、今にも泣き出してしまいそうなくらい、悲しい顔をしていた。

麻生芹奈

廉のおかげで、あたし、助かったよ

俺は、なにも言えずにただその人を見つめていた。

麻生芹奈

ありがとう

そう言って、笑う彼女。
俺は、思わず息を呑んだ。
 
この人も、こんな顔できるんだ。
こんな風に、いつも笑えばいいのに。そう、思った。

麻生芹奈

廉、これからよろしくね!

そう言って、差し出された白くて小さな手。
 
俺は少しためらいながらも、自らのそれをそっと重ねた。

園山廉

…よろしく、芹奈

なにはともあれ彼女の出現は。

俺達の関係を、大きく変えることになる。



痛いくらい空っぽの高鳴る心が答えなら。

青い迷いだって、無駄じゃないかな、きっと。

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