あたしはそっと体を起こし、あたりを見回した。

…もう外も明るい。だいぶ白くなってきている。
まだ少し早い気もするが、もう一度寝るには遅すぎる。

ふと気になって、隣で眠る人に視線を向ける。
静かに寝息を立てる青年は、相変わらず美しい。
あたしは思わず見つめた。

こんなに恥ずかしいのに、それと同時に彼のぬくもりをこうして近くに感じられることがそれ以上にうれしい。


あたしはそっと手を伸ばし、彼に触れてみた。

…なめらかな頬。
うらやましいくらい。

優華

…た、戴輝、さま…

小さく名を呼んでみる。
異性の名を呼ぶなんて、我ながら恥ずかしい。
 
昨日彼に、そう呼ぶよう言われた。
最初は肩書どおりに“宮さま”と呼んでいたのだが、気に食わなかったようだ。


…そういえば、なまえ…
 

…あたしも、呼んで欲しいな、優華(ゆか)って…
 

なめらかな頬から、閉じた瞼へ。
まつげもすごく長い。
それから、すっと通った鼻筋、薄く色づいた唇へ――…


そうやって、調子に乗って触れていたのが悪かったようだ。

戴輝

…ん…?

戴輝さまが身じろぎして、わずかに目を開けた。

あたしは動くことができず、次の瞬間、彼と思いっきり目があってしまっていた。

戴輝

…姫君…?なに、してるの…?

眠い目をこすりながら少女に尋ねかけると、彼女は焦ったように手を引っ込めた。


朝の光の下見ても、彼女はきれいだった。

白い肌、薄く色づいた唇、空色の瞳。
金糸のような髪が乱れていて――、あ、着物も少し乱れていて、すごく目に毒だ。

優華

…あ、あのっ、これは、ちがうんですっ…

その慌てぶりが可愛らしくて、ついからかいたくなってしまう。

戴輝

どうしたの?くちづけが欲しいのかな…?

すると、一気に顔が赤くなる。
 
本当にかわいい。
からかうだけのつもりだったのに、冗談じゃ済まなくなりそうだ。
 

僕は少女の体を引き、そっと触れるだけのくちづけをした。
 
初めて触れた彼女の唇は、あたたかかった。

優華

…ッ

目をぱちぱちさせて、僕の目を見てくる少女。
本当にかわいいな。
 

このままじゃ起きられなくなるかもしれないと、僕は危機を感じ体を起こした。

優華

…あ、あの…

布団から出ようとする僕の着物の裾を握って、少女は口を開く。

戴輝

なに?

しかし、なかなか話さない。
 
どうしたの?と顔をのぞくと、慌てたように顔を引いて、そのままの勢いで言葉を紡いだ。

優華

…な、なまえ…っ

…なまえ?
 
一瞬なんのことだろうと思って、ああ、と気づいた。
名前で呼んでほしいってことかな?

戴輝

優華って…、呼んで、ほしいの?

そう尋ねると、少女は一瞬驚いた顔をして、それから、笑顔を見せた。

…まるで、花が綻ぶかのような、そんなあたたかな笑顔。

戴輝

僕は、思わず息を呑んだ。
 

…なんだ、今のは…?
 

僕が戸惑っているうちに、少女は僕の手をぎゅっと握っていた。

優華

はい、戴輝さま

花のような笑顔に、またしても心が震える。

その頃の僕達は、まだなにも知らなかった。

この出逢いが、僕達の運命を大きく変えることも。
この想いが、恋や、愛と呼ばれるものだということも。

そしてこの恋が、僕達の運命の恋だったことも。


運命の恋は、僕達の知らないところで確かにはじまっていた。

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