ここは、本流の時系列から外れた支流の時系列。
遠いようで近いような世界で殺し合いをした彼らと彼女らは、この世界でも『人狼ゲーム』を行なっていた。
ただ……この世界では、生命をチップにして戦っていたのではない。
己の意地とプライドを賭けて戦いを繰り広げていた。
ここは、本流の時系列から外れた支流の時系列。
遠いようで近いような世界で殺し合いをした彼らと彼女らは、この世界でも『人狼ゲーム』を行なっていた。
ただ……この世界では、生命をチップにして戦っていたのではない。
己の意地とプライドを賭けて戦いを繰り広げていた。
陣内楼蘭学園(じんないおうらんがくえん)。
近年某地方にできた、幼稚園から大学まで完備した、真新しい学園である。
そして何故かその学園を中心にちょっとした学園都市まで発展した都市が舞台の世界。
長すぎて使えない、ってことで学生達が名付けた、略してジンロー学園。
県外県内から集まった学生達で賑わうこの学園で、彼らはちょっとしたクライシスを起こしながら、楽しく生きていた。
ごく個人的な破滅とか、ごく個人的な理由で不幸に見舞われていたりするけど、基本平和だった。
……勝者は、であるが。
逆に敗者に与えられるのは屈辱と耐え難い現実である。
言ってしまえば過酷な学園世界で、バイタルの削り合いではなくメンタルの削り合いに精を出す彼らの日常を、ちょっと覗いてみよう……。
ジンロー学園、第七校舎。
馬鹿みたいな広さを持つ学園都市内部の中心にあるジンロー学園の中で、かなり影の薄い校舎の一つだ。
生徒で溢れる第一校舎、第二第三の校舎に比べたら、何と静かな空間か。
そんな校舎の一室、今では使われなくなった旧図書室を根城としている部活があった。
ミステリー研究部。略してミス研。
去年あたりに部員に下克上され、乗っ取られて今では現代娯楽研究部とでも言おうか、ゲームばかりをしてミステリー関係ないことばかりやっている部活。
全校生徒で四桁を越える此処では、割と人数の多い二桁の部員を持つ由緒正しい部活ではあるが、現在では好き勝手活動している、という印象が強い。
そんな部活をまとめあげるのは、不幸に巻き込まれて断りきれずに今でも頭を抱える一人の少女だった。
はぁ…………
部の活動日誌に毎日ゲームばかりをしている、と書き込むのがいい加減億劫になってきている部長、速水凛。
当初はミステリー目的に入部していて、下克上事件に巻き添えを受けて、まるで祭り上げられるように部長昇格させられて、現在に至る。
現在まで、ずっと。
アクの強い部員たちを纏めるのに毎日頭痛に苛まれながら頑張る常識人である。
部長が常識人なのだが、それを補佐するべき副部長が問題ありの人物だったりする。
ねぇ
今日は何人集まるって?
凛の問いかけに、行儀悪く頬杖をしながら、気怠そうに投げやりに答える女子生徒。
んー……7くらいじゃない?
何時も通りゲームやろうよ
人狼やりたいし
その副部長、住吉真澄。
ミス研の権力と財力を一喝で管理する影の部長。
凛の知らないところで色々やっているらしく、気が付けば部費がとんでもないことになっているという現実を作り出した張本人。
ミス研を人狼ゲーム部に改造しつつあるのも彼女だ。
……ここんとこ、毎回そうよね?
まぁ、楽しいし推理ゲームだからミステリーあるっていえばあるけど……
あんたも何時も楽しんでんじゃん
しかも才能ありときた
部活は楽しんだもん勝ちだよ
誰かさんのせいで、気が付いたら全国区まで勝ち残っちゃったしねぇ……
この速水凛。
その業界では知る人ぞ知る有名人。
以前、真澄に進められるがままで『人狼ゲーム』という推理ゲームの日本大会に出場したことがある。
結果は散々だった。主に相手が。
彼女が入った陣営は完勝。
敵は全員暴かれる、潰される、根絶やしにされる。
相手に言葉と推理という暴力を用いて、トラウマをつくりまくった前科があるのだ。
あの光景は、今でもこの業界に悪夢として語り継がれている。
ちょっとした油断、隙を見せた途端に最大火力で撃ち込まれ、言い訳させる暇も無く納得の推理で見方を引き付けて排除にかかる。
不思議なカリスマもあるらしくて、彼女とプレイしていたプレイヤーは半々で楽しいと最悪だったで分かれたらしい。
なお、全国区まで勝ち進んだはいいが当日に、身内がインフルエンザを発症して彼女は看病をするために棄権したが、出ていれば間違いなく勝っていたと噂される。
私はゲームマスターするよ
見てる方が楽しいからね
尚、真澄も因果律か何かで呪われているかのごとく色々このゲームではやらかしてくれているので、有名人だったりする。
こいつとプレイすると推理が崩壊すると言わしめるほどの現象が頻発するのだ。
……え、住吉がGMやるの?
私は強制だし毎回……
たまには、一緒に出ない?
別にあんたが出ろって言うなら出るけど
じゃあ出て
ん、了解
大体がミス研に人狼ゲームを持ち込んだのが真澄。
結構面白いと部員たちが賭けありでいいかと真澄に問い、凛の制止を振り切って現在ここでは賭博として人狼ゲームを用いている。
お金ではないが、ダメージはそれ以上と思われるモノを使って。
チップはプライド。
勝者は敗者に屈辱的な何かをできるという報酬あり。
毎回余裕の勝者である真澄と凛。
凛は容赦ない推理と知識をフル活用できる身内ゲームで更に先鋭化している観察眼を用いて。
真澄は最早ミラクルとしか思えない引きを用いての、常識破りの破壊的なプレイスタイル。
同じ陣営だと、基本的に相手のメンタルが終わる。
なので二人が出ないようにしているのだ。
たまにやるけど。
たまにはいいか……
今回は結構なメンツくるっぽいよ
誰?
ブタさんとエビ、ペドリコーンと姉貴、バカ二号、あと静流ちゃんと青峰ぐらいかな
先輩や先生まで巻き込んで……
本当、よく恨まれないわね?
あいつらが私に勝てるわけ無いじゃん
勝負に怨みっこなしでやってるんだし
強気な発言だが、実際真澄はここ二週間程負けなしで、部員や顧問の教師、更には大学の先輩に酷い名称をつけて学園中に散蒔いている。
その一部が先程の渾名だ。
負けた連中は一週間、本人にそう呼ばれることを義務付けられるのが前回の罰ゲーム。現在進行系で。
あぁ、そいえばシスコーンもそろそろくるかな?
……っと、噂をすれば……
そう思い出したように呟くと急に教室のドアが開く。
振り返る二人に、引きつった顔の男子生徒が隠れるように飛び込んできて、ドアを閉めて施錠までする。
どうしたん、シスコーン
血相変えて?
ヤンデレに追い回されてるの?
挨拶もなしに、真澄が問う。
その男子生徒は、小声で何かを言っている。
二人とも聞き取れない。
何かあったの夜伽
顔色悪いわよ?
その男子――夜伽天都はビビッたようにこちらを見て聞こえる声量で言った。
速水と住吉、いたのか……ッ!
今、立夏とウチの月子がバトッてるんだ!
すまん、助けてくれ!
夜伽天都。
周りにいる女がクレイジーだと学園でも有名な女難の男。
歩く火サス、逃げる死亡フラグとまで言われる。
また女関係で何かあったらしい。
ブラコーンと変態ストーカーがリアルファイト?
何やらかしたのさあんた
何もやってねえよ!!
ただ帰ろうとして連中、勝手にお邪魔虫を排除するとか言い出してストリートファイトしてるだけだ!!
武器ありで!!
この場合天都は本当に何もしていない。
周りの連中がメンヘラとヤンデレだけなので、こうしてリアルファイトが日常となっているだけだ。
察した
早く刺されて死ねリア充
なんで!?
犬でも追い払うように、しっしとジェスチャーする真澄。
遠くの方で、エコーがかかりながら「にいさんはどこですかぁぁーーーー……」というキモい妹、略してキモウトの声が聞こえる始末。
……
助力は無理ね
夜伽、時間かかればもっと悪くなるわよ
早く行きなさい
凛も、妹の奇行を知っているのでツッコミは控えて、実害を出さない方向で進めていくことにした。
クソッ……
今日は部室でしのごうと思ったのに……!
天都はそう言って、脱兎の速さでドアを開けて逃げていった。
そのあとを複数の足音が追いかけて、最後に「兄ぁああああぁぁん……!!」という、酔っ払って恍惚状態に陥っているキモウトの声もお約束でついていく。
頭痛を覚える凛に、冷静な真澄。最早慣れていた。
あいつ明日無事かな
欠伸をかみ殺す真澄に、そっと首を振る凛。
多分彼は明日休みだろう。
自宅に監禁でもされるオチが見えている。
取り敢えず、部員が来るまでしばし待つ。
その後、到着したメンツとゲームをスタートする。
三日目で、人狼役のペドリコーンが凛に嘘を見抜かれ、真澄に去勢され死亡して敗北。
新しい渾名「ペロリコーン」にランクアップしたのだった。
大体、毎日こんな感じに過ごしながら、人狼ゲームは行われていく。
敗者は、もっと酷い状況に悪化しながら……。