そう、私は男ではなくれっきとした女だ。

何故、何時頃からこんな事をし始めたか。
もうはっきりとは覚えていないがきっかけはただの好奇心だった。


元より見た目や声が中性的だった私は、自分で好き好んで男みたいな格好をしていたが、それは世間的には「可笑しい子」として捉えられ、周りと同じように過ごすということも当然叶わなかった。

おおっぴらに苛められるような事は無かったが、ごく一部の人間には冷たい目線を常に向けられていた。
私がそれに耐えられたのはそれがいじめの類でなくただの無視などで済んでいたことと、周りに理解者―――つまり幼馴染の緋音だ―――が居てくれたお陰である。

緋音が私をネットに誘ったのもそんな環境だったからだと思う。
あまり良い事ではないが、ネットに浸かってしまった今なら分かる。

ネットは私にとって「最適の場所」なのだと。

私が男の様な格好をし始めたのが小学2年生。
緋音にネットに誘われたのは中学3年生の時の話だった。

ねえつかさ。ボクね、君に勧めたい事があるんだ。

どうしたの、急に改まって。

ネットで遊ぶ気はない!?

え…いや……は?

あはは…いや今のはちょっと言い方が悪かったね。
ボクが言いたいのはつまり、気分転換しないかって事なんだ。

気分転換?ネットで遊ぶことが?
全然説明になってないんだけど。

あああもうだからね?!
遊ぶって言ってもゲームしたりとはちょっと違うんだ。人と遊ぶんだよ。
ネットには、そりゃあもう色んな人がいる訳さ。例えばキミみたいな子もわんさかね。
だからネットの人と関われば少しはキミの憂さ晴らしになると思ったんだよ。

分かってくれた……?



あの緋音が本気で僕を心配していた。

例え大津波がこようが槍が降ろうが怪獣に襲われようが「好きな食べ物さえあれば生きていけるよ~♪」と言い張る楽天家の鑑のようなあいつが、だ。

緋音……分かったよ。

つかさあぁぁ!!



今にも泣くんじゃないかと思う程情けない、でも今までに見たことのない笑顔だった。

そんなに僕の事を心配してくれていたのか。

お前が言いたいことは分かったし、そこまで考えてくれてたなんて知らなかっ…

ほんと良かったぁ!!
いや最近ね、一人でネットで遊ぶのも飽きてきたなぁーって思ってさ。ほら、つるむ友達が欲しいなぁーみたいな?
だからほんとつかさがyesって言ってくれて嬉しいよ!

………

あ、あれ?つかさくーん?

…緋音。

はっ、はひっ!?

天国って、あると思う…?
僕は今地獄しかないと確信したんだけど…

うわああぁぁあいやちょ、たんま!
落ち着いてつかさ!ね!?
生きてればいい事あるって!!

問答無用。お前は今から僕の手で地獄行きだよ…

いやああああぁぁぁぁぁぁ……!!!!

…とまあこんな茶番もあったりして私はネットに半ば無理矢理連れられたんだけど。

ネットを知った私はすぐに入り浸るようになった。
”男として”ね。

どうせ元々見た目はこんなだし、声も一度じゃ女とは思ってもらえない。
だから緋音と相談して「私」は「僕」としてやっていくことになったんだ。


それからはまあ酷かったなぁ。
散々人を騙したし、女の子とネット恋愛したりもした。
中には私を男だと分かった上で近寄ってくる男もいた。…いわゆるホモやバイなどと呼ばれる人だった。

緋音は確かに色んな人がいると言っていたがまさか本当に、しかも自分が被害(という言い方は酷いかも知れないが)に遭うなんて考えてもいなかった。


周りと普通に関われない私にとっては、ネットに依存していくことはいい意味でも悪い意味でも人生経験になっていたんだ。




…味を占めなければ、ね。

そう、恐らく僕は人間として最低な感情に目覚めたんだ。



人を騙し欺く快感に。

それからの僕は男だと偽り続ける事に一切の罪悪感を抱かなくなった。
むしろ欺き続ける事に意義を見出し、これはノルマなんだと狂人並みの考えすら持つようになった。

…一時期それで緋音にも迷惑をかけたっけな。

緋音との通話を終えた僕は昔の事を思い出して一人感傷に浸っていた。

正直あの時の僕は自分でも異常だったと思うし、緋音の苦労も相当なものだったろう。

今じゃ僕は更生したし、どちらかといえば緋音より僕の方が上に見られることも多いけど。


―――いや、多分本当は更生なんかできていないんだろう。
中身はあの頃の僕と何ら変わりない。

特技は見て見ぬふり、気付かないふり。
自分と向き合うことすらままならない、そんな偽ることしか知らない卑怯者のまま。




僕は、このまま大人になってゆくのか。








嫌だなあ。

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