その日の僕は、ストリエというウェブサイトを見ていた。これは文章やイラストを組み合わせたストーリーを読み書きできるサービスで、人気のライトノベルを再編集したものや、一般の人が投稿したストーリーを読めるようになっている。
ストリエには、イラストだけを投稿する人もいる。ストーリーを書く人が使えるように、キャラクターや背景を投稿するのだ。
イラストのコンテストも開かれていて、例えば「太陽系最強のアイドルを描け!」といったテーマでイラストが投稿されている。「太陽系」の解釈だろうか、向日葵をあしらったものが多い。
随分沢山あるなあ、とか、この絵可愛いなあ、と画面を眺めていたら、その一角に写っていた妖精のような女の子の絵が、不意に動いた。動いただけじゃなく、話しかけてきた。

こんにちは~! もしも~し

あれ、変な動画広告でも開いちゃったかな。最近多いんだよな。

無視するなんてひどいですよ! もお~

とりあえずブラウザ閉めて音声ミュートしよう。

こら~! 聞きな――

……よし、収まったな。それじゃあまたブラウザを開いて――

聞こえますか……今あなたの心に直接呼びかけています……。

なんなんだよ一体!

やっとお話ししてくれましたね。

ってか君誰!?

わたしの名前を知りたいのですか? ではまずこれを振ってください。

サイコロ? これと君の名前に何の関係が?

いいからいいから。2ついっぺんに振って、小さい方の出目から教えてください。ちなみにこの振り方はD66といいます。

振ればいいんだろ、わかったよ。
(ころころ)
2と4が出たけど……これが何なの?

すると、目の前の妖精は、彼女の背丈ほどもある本をどこからか取り出し、ページを手繰り始めた(あくまで妖精の背丈にとってであり、人間から見ればありふれたペーパーバックだった)

えーと、カタカナ名前表だと……「エレナ」。じゃあわたしの名前はエレナということで。

今決めたのか!?

これは無限にもつれ合った可能性がサイコロ様の力で1つに収束したんです~。決めたとかじゃありません~。

それこそ今決めたって奴なんじゃあ……。

ところで、名前を尋ねるなら、自分も名乗るのが礼儀ですよね?

はあ? 僕? 僕は……あれ、何だったっけ?

あ~、あなたの名前もどうやら可能性の海に沈んでいるみたいですね。サイコロ様にお聞きになっては?

はい、と妖精が本を手渡してくる。それは先程まで彼女が開いていた本によく似ていたが、微妙に違った。表紙に描かれていた3人の少女が、マイクを構えこちらに手を差し伸べる若い男性に置き換わっている。

まさか自分の名前をサイコロで決めるなんてなあ。

本を開くと、苗字や名前のような単語が大量に並べられた表が目に入った。単語には数字があてがわれており、サイコロの出目と対応しているらしい。サイコロ1つを振ってグループを選び、さらに2つを振ってグループ内の単語を選ぶ、これを苗字と名前の2回分行うようだ。

できた……「吉田 陽平」だって。

わかりました! 吉田 陽平さんですね。素敵なお名前!

それほどのものかなあ?

しかし、そう言われてみると、自分の名前としてしっくり来るような気もする。

さて! 名前も決まったところで本題に入りますね。

今決まったって言わなかったか?

陽平さん、あなた、アイドルに興味はありませんか?

え……アイドル? 興味……?

そうです! さっきもアイドルのイラストを見てて――

まさかスカウト!?

はい?

えっ、いやそんな、確かに僕は色白で可愛いけど、男だし、女装してアイドルっていうのは、いくらなんでも――

つっこむ時間が惜しいので結論だけ言いますね。アイドルのプロデューサーになっていただきたいんです。

ああ、なんだそういう……って、プロデューサー? そんなのやったことないよ。

問題ないです! プロデューサーに必要なのは、勇気と想像力、それに少しのサイコロだと、とある喜劇王も遺していますから!

微妙に捏造された気がする……!

それに、今お渡ししたその本に、やり方はちゃあんと書いてあるんです。

こっちもお渡ししますね、と本を差し出され、僕の手に2冊が収まった。先程エレナの名前を決めたほうは「チャレンジガールズ」、僕の名前を決めたほうは「ロードトゥプリンス」という題名らしい。
改めて開いてみると、アイドルの仕事の一覧だとか、ライブの進行手順のようなものが書かれている。

なんかゲームか何かみたいだなあ。

そう思っていただいても構いません。陽平さんは今回が初めてなので、わたしも所々でお手伝いしますね。この本と、サイコロ様のお導きがあれば、きっと大丈夫!

なんでやる前提なんだろう……まあいいけど。で、そのアイドルっていうのはどこにいるの?

さっき陽平さんが見ていたアイドルのイラスト、彼女たちをアイドルにしてあげてほしいんです。

イラストを? アイドルとして描かれればそれはもうアイドルなんじゃないのか?

いいえ、姿形があるだけでは、ただの人形と同じなんです。物語を与えられて初めてアイドルになる。

つまり、僕はその物語を作る必要がある……と。

さすが陽平さん話が早いです! 早速始めましょう。プロデュースしたい子を選んでください。最初は3人くらいのユニットがいいですよ。

ユニット組むのか。それじゃあ……。

ストリエの検索画面に目を走らせる。先刻まで見ていた中に気になるイラストがあったのだ。しばらく見比べて、3枚のイラストを選び出した。

清楚な黒髪に整った顔立ち、穏やかな物腰。正統派アイドルとして多くの敬愛を集めるに違いない。

こちらも清楚に見えるが、天体を模した髪飾りも相まって、どこかいたずらっぽさも感じられる。予想外の活躍をしてくれそうだ。

あまり見かけないクールビューティー。男性よりも女性の人気を集めそうだ。こうしたアイドルも魅力的だと思う。

こんなところでどうかな?

なるほど~。これが陽平さんのご趣味ですか。うふ、うふふふ……。

つっこむ時間も惜しいんだったら早く進めてよ。

はいはい、少々お待ちを……。

エレナがそう言うや否や、先程選んだイラストと寸分違わぬ少女たちが、目の前に立っていた。しかし皆ただ立っているだけで、まるでマネキンだ。

なんか、ちょっと怖いな……。

物語が始まれば動き出しますよ。最初の物語は、「背景」と「名前」です。

「名前」はわかるけど「背景」って?

その子がどうしてアイドルになろうとするのか、その理由です。本に背景表がありますよ。

これか……やっぱりサイコロで決めるんだな。

オリジナルの背景を考えてもよいのですが、思いつかないときはサイコロ様のお導きです。

やってみよう。まずは……。

サイコロを2つ掴み、黒髪の女の子のほうをちょっと見てから、放り上げる。
結果は「友達に誘われて」と出た。

なるほど、それらしいかも。

すると、マネキンのように動かなかった少女の姿が、ゆらり、とした気がした。
次の瞬間。

あ……。

喋ったああああああああ!!

物語が動き出したんです!

えっと……私……?

陽平さん、名前、名前!

えっ!? ああそうか名前か。

少しページをめくると、一度見た名前表が現れた。ただしこれは女性用だ。エレナの名もある。
自分のときと同じようにサイコロを振る。

「小松」「うらら」……君は「小松 うらら」だ。

私……小松 うらら……はい、私は小松 うららです。あなたは?

えっ僕!? 僕は、あー……。

普通でいいんですよ。

お、おう……僕は吉田 陽平。よくわからないけど、君のプロデューサーってことになったみたい。

あなたがプロデューサーさんなんですね! 嬉しい! これからよろしくお願いします!

かっ……可愛い……!

あ、今のは「一芸突破」ですね。

「一芸突破」?

アイドルには様々な困難がつきものですけど、それを自分の一番の個性を使って乗り越えようとするのが一芸突破です。うららちゃんの場合は「笑顔」が一番の個性……個性特技みたいですね。

本にも書いてあるな。生まれたばかりのアイドルは一芸突破を行い、成功すればファンが増える……と。で、成功したの?

うららちゃんの一芸突破の目標値が8で、サイコロ2個の合計が7だったので、残念ながら1足りないで失敗です。

ファンは増えないのか……残念。

いいんです。私はアイドルとして始まったばかりですから。ところで、他のみなさんは?

ああそうだ、あとがつかえてるんだった。ちょっと待ってね……。

青く透き通ったポニーテールの女性を心に浮かべ、サイコロを振る。

背景は「頂点を目指す」、名前は「天王寺 玲奈」だ。

すると、いつの間にか目を閉じていた女性が、ゆっくりと目を開いた。

ん……なるほど、君がプロデューサーか。私は天王寺 玲奈。よろしく頼む。

これも一芸突破?

はい! 玲奈ちゃんの場合は「クール」が個性特技ですね。性格がマジメなので目標値は6、サイコロは8が出たので成功です!

自分のことじゃないけど嬉しいな。

玲奈ちゃんのファンが1D6……つまりサイコロ1個分増えます~。
結果は……1ですね……。

僕が玲奈さんのファンになったってことかな。

……何をじろじろ見ているんだ? もう1人残っているだろう?

おっと、そうだった……ねえ、背景って別の本のを使ってもいいのかな?

男性用の背景表ですか? 女の子に使うのは大丈夫ですよ。逆はちょっと困りますけど。

物は試しだ、やってみよう。

「ロードトゥプリンス」と書かれた本の背景表を開き、残った一人を思い浮かべながらサイコロを振る。

これは……。

「アンドロイドアイドル」!? え、ちょっといいのかなこれ!?

いいも何もサイコロ様は止められません!

そうこうしているうちに、彼女が動き出してしまう。

PSYCOM-VIOS VERSION 1.602
AVAILABLE MEMORY 16384TB
RESERVED MEMORY 8192TB
LOADING KINEMATIC DRIVERS...OK
LOADING SOUND DRIVERS...OK

これ起動音!?

早く名前を! 存在しないデータを読み込んだらフリーズしちゃいます!

よくわかんないけど名前だね!
(ころころ)
「好きなアイドルの苗字」!? そんな急に言われても!

なんでもいいですから早く!

え、ええい、「中川」! そんでもって名前は(ころころ)「葉月」!

それまで機械的な音声を発していただけの彼女の目に、す、と光が灯る。

おはようございます。中川 葉月、只今起動しました。

なんとかなったみたいだな。

一時はどうなるかと思いましたよ……ところで中川って?

なんでもいいって言ってたじゃないか! なんでもいいだろ!

あの~、いいですか?

あっすいません、なんでしょう?

うららさんのお手伝いをしたいのですが……。

あっ、「サポート」ですか? でももうずいぶん前の判定なので――

「サポート」って?

はい、「サポート」というのは、サイコロの出目が足りなくて失敗してしまうとき、他のメンバーから助けてもらえる仕組みです。性格が「マジメ」の人は受けられないんですが。

うららちゃんの性格は?

正確にはアイドルクラスといいますが、「ほのぼの」ですよ。背景との関係でそうなります。

そうか……それでさっきの一芸突破を成功にできないかな?

で、でも一度失敗としたんですよ? 因果律に対する――

僕は、うららちゃんを助けたいという葉月ちゃんの想いを無駄にしたくないんだ。頼むよ。

し、仕方ないですねえ。今回だけですよ。
出目7にうららちゃんの協調値1を加えて8、成功です。1D6の結果、うららちゃんのファンが2人増えます。

葉月ちゃん、ありがとう!

よかったです♪

ありがとう、エレナ。

まったく……葉月ちゃんの「マイペース」にも困ったものですね。それが個性といえばそうなんですけど。

そうだ、葉月ちゃんの一芸突破は?

おっと忘れるところでした。性格が「コメディ」なので目標値は10です。結果は……6。失敗。

私たちがサポートしても……。

足りないみたいだな……。

あらあら。

1-僕がプロデューサーになった理由

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