ホレイショーが珍しく朝早くに慌てた様子でケント邸にやってきた。

彼女のことは記者から隠すんだったよな?

 なんだ朝早くからと思いながらもケントは答える。

ああ、謎多き女の方が興味を惹かれるからな。
小出しにしていくつもりだよ

じゃあこれはなんなんだろうな。
ちゃちな新聞社だが、彼女のことが結構細かく書かれてる。
ホントかどうかは定かじゃないが

 ケントの前に新聞を広げる。

これは……

 そこには『女優コーディリアの正体』とでかでかと書かれている。
 そして見出しの太文字が羅列されてある。

《牧畜と農業しかない田舎街出身》

《孤児で教会に住み込み》

《ヒツジにまたがり山道を下り落羊、泥だらけ》

《葡萄畑に夜な夜なつまみぐい》

《おてんばっぷりにヒツジも呆れるほど》

《セリフも覚えられないド素人》

《只今座長の家に下宿中》

 ケントの顔が蒼ざめていく。

 勢いで新聞をグシャリとやりかねないなとホレイショーは思う。


 ケントは扉を開け呼び掛けた。

コーディリア、ちょっと来てくれ!

どうしました、ケントさん?

 コーディリア掃除中だったようで、三角巾を頭に着けはたきを手にやってきた。

 同居生活はなかなかうまくいっているらしい。

これを読んでごらん

なんですか?


 新聞を手渡されてから数秒後、コーディリアは顔を真っ赤にさせてブルブルと震えだした。

な、何でこんなことまで記事になってるの!?

 そしてハッとする。

ハムレットの仕業ね!

やはりか

 ケントが訳知り顔で唸るので、ホレイショーは首を傾げる。

ハムレットって?

彼女の幼馴染だよ。
一度連れ返しに来たんだが、彼女が残る選択をしたから怒ってるんだろう

 幼馴染の存在を知ってホレイショーは愉快そうに声をあげる。

ほぅ、そんなライバルがいたのか

なんのライバルだ?

なんのライバルです?

 二人同時にそう返すものだから、まるでとぼけているかのようにみえてホレイショーは笑いを堪えるのが大変そうだ。

いや、なんでもない

まあ間違いなく、情報提供者は彼だろう

ヒドいよ、乙女の秘密暴くなんて

 恥じらうコーディリアに、ホレイショーはどこらへんが乙女の秘密なのかと首を傾げるしかない。


 彼女には思っていた通り艶めかしい色恋沙汰など一つもないようで安堵するとともに、今後苦労しそうな友人の先行きを案じた。


 だが、今問題なのは、もっと手前に大きな壁となって彼らの前に存在している。

しかしまいったな。一つ屋根の下に同居ってのバレたぞこれで

え?

オフィーリアが恐らく黙っちゃいないだろう

そうですよね!
うっかりしてました。
御婚約者のいる方の家に住み着くなんて邪魔者でしかないですね、わたし

いや、違う!
コーディリアが悪いことはないよ

 申し訳なさそうに眉を下げたコーディリアの言葉を、ケントは即座に否定する。

オフィーリアに説明していないオレが悪い

まぁそうだがなぁ。だからといって、説明していたとしても同居は許さないだろうな

ああ

 ケントは重苦しい表情で頷く。

それでも、劇場からの往復も、食事や買い物に出掛けるのも、君を独りで歩かせるのはまだ不安がある

わたしならもうだいじょうぶですよ!

 煮詰まってるケントの様子を察して、コーディリアは殊更明るく言ってみるが。

君には前科があるだろう!

そうでした……

 ひと睨みされて一蹴されただけに終わった。

ホントに危なっかしいよ、君は

 今になって彼女の幼馴染の気持ちがよく分かる。彼女の一挙一動から目が離せない。

コーディリア、オレんち来るかい?

 そうホレイショーが提案する。

へ?

ダメだ!
独り暮らしさせるより危険だ

 が、ケントによって即座に却下された。

えーオレって信用ないなぁ

あると思ってる方がどうかしてる

酷ぇ言われよう

 その日の昼下がり、オフィーリアが随分ご立腹な様子で稽古場に訪ねて来た。


 予想通りといえど直接本人を前にするとケントも若干腰が引き気味だった。

 コーディリアには目もくれず、ケントに向かって告げる。

御説明して頂けますわよね

 言葉が丁寧だけに余計に威圧感が増す気がする。

 その立ち振る舞いは芸のお手本にすべきだとコーディリアは密かに思う。



 ケントは稽古を中断してオフィーリアを応接室に案内した。

 応接室からは言い争うのが聞こえた。
 団員たちも騒ついていた。

劇場を取り上げられてしまったら事だぞ

劇場を?

 その意味がコーディリアには理解できず、どうしてかと聞くと知らないのかと驚かれた。

この劇場はオフィーリア様のご両親に提供頂いたものなんだ

そうなんですか!?

この劇団『振動する槍』自体が、オフィーリア様の支援で創られたんだぞ

彼女の後ろ盾をなくしでもしたら存続できないかもしれない

 女優起用による劇団の危機が回避されたと思ったら、次は資金問題かと団員は溜息を吐く。



 暫くして戻ってきたケントはなんとか同居の承諾を得たと言っていたが、怒って帰ってしまったのは誰の目にも明らかで、自分のせいで揉めていることにコーディリアの心は晴れなかった。

わたしがオフィーリアさんとお話しすることは出来ないんでしょうか?
誤解されたままでは、ケントさんにもオフィーリアさんにも申し訳が立たないです

誤解とかそういうことでもないんだよ。
オレが悪いんだ。
コーディリアは気にしなくていい

 彼はその一点張りだった。

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