あの皇子、毎日観に来てるらしいな

そうらしい

暇なんだなぁ

……お前と似たようなもんだろ?

まぁな

 ホレイショーはごく当然のように答える。

いいのか、このままで

 ケントは恨めしそうに睨む。

……オレにどうしろというんだ。
相手は皇子だ

おや? 自覚したのか?

何より、彼女自身が決めることだ

なんだ、違うのか

 ホレイショーは思いっきりガッカリの溜息を吐く。

な、なんだよ

お前っていつもそうだよな。
大事にしすぎてるくらいなのに自分にも向こうにも判ってもらえず終わるんだ

 ケントはなんでお前がそんなことわかるんだという面をしている。

女が欲しいのは分かりやすさだぞ。
心のうちに秘められる程度の情熱じゃあ満足出来ないんだ

……

 ケントはまるで何の話だかわかっていないわけではないようだが、すんなり飲み込めない様子だ。

表現できる自信がないならプレゼントを渡せばいいんだよ。
なんでもない日おめでとう、ってな

なんだそのなんでもない日って

アリスだよ、知らないのか?

お前は何でも知っているな

当然だよ。時間とお金だけは有り余ってるんだから

 羨ましい限りだ。

人のことより自分の方はどうなんだ?
最近お前から女の話を聞かない。
やっと飽きたのか?

飽きちゃいないさ。
ただ今は他人の恋愛のが面白いだけ。
どうせ惚れた女とは結婚出来やしないんだ

いいとこの令嬢に惚れればいいだろう

イヤだね。どこどこの御令嬢ってだけで虫唾が走る

 そこでケントが誰を思い浮かべたか、ホレイショーにはわかった。

……お前も大した女に惚れられちまったな

……

 他でもない、オフィーリアのことだ。

 それは迂闊に厄介とも言えやしない。
 万が一彼女のご機嫌を損ねれば劇団の存続が危ぶまれるだろう。

 ケントがオフィーリアと出逢ったのは前の劇団で、只の一役者をしている頃だ。


 彼女は突然関係者以外立ち入り禁止の楽屋に入ってきて。

ファンになりました


 パトロンがつくのは一役者にとってはありがたく、ケントも例に漏れず歓迎した。パトロンがいないとこの世界ではやっていけないくらいだからだ。


 何度か食事するうちに、ケントがいつかは自分の劇団を持ちたいという夢を語ると、彼女は協力したいといった。

私が力になります!


 ケントは協力というのがノルマのチケットを買ってくれたり、日々の生活の援助をしてくれたりというものだとてっきり思っていたが、それは違った。


 通常なら不相応だと咎められる身分の差があったが、彼女にひたすらに甘い両親はオフィーリアが惚れたならと、住居の世話から劇団の立ち上げ、劇場の確保、そして一気に婚約まで取り付けてしまった。

君には期待しているよ


 その財力にも参ったが、こちらが断るわけがないというような強引さにも舌を巻く。


 そうして若くして座長となったケントだが、当然世間の風当たりは厳しく、金で雇われただけの劇団員も陰口ばかり達者で指示に従わず、いい作品が創れるわけがなかった。

つまらないお話でしたわね

 それでも一劇団員として細々と暮らして年取ってから小さな劇団を持つ事と比べれば、ラッキーな状況だと思って奮闘しつつもなんとかやってきた。


 そのうち固定客も付くようになり、評判も上々で、それなりの役者も集まってくるようになった折……。



 公演初日の直前にメインどころの俳優の一人が事故に遭い、舞台には立てない怪我をした。

く、くくくく、
クッキーがこ、こわわわい……

 急遽たてた代役がどうしようもない大根役者で、初日の幕は開けたものの内容は酷いもので、その日に全公演中止を決めた。



 各所への謝罪と払い戻しに追われる中でも、ゆっくりとだが確実に築き上げてきた評判が一瞬で地に落ちたのがわかった。

ダメだな、振動する槍もここまでだろ


 面白がる新聞記者に追われ、毎日のオフィーリアからの励ましの電話も煩わしく、酒に逃げかけたところを、学生時代からの友人のホレイショーの一言にその手があったかとばかりに、殆ど勢いで適当な田舎に足を運んだ。

郵便もケントの神経伝達速度を見習ってほしいよな


 助言したホレイショー本人でさえ息をまいていた。


 だが都から出たは良いものの辿り着いたそこは中途半端に田舎でやることもなく、さらには祭りだなんだと喧しく、結局部屋に籠もって挽回する手段ばかり考えていた。


 そして、

 コーディリアに出逢った。

知らないなら、教えてあげましょう!

 コーディリアに出逢って、これだと思った。


 世間に疎く、ちょっとのことではへこたれないくらいの度胸があって、舞台映えする顔と声。



 全く業界は違うが女性が労働者として働くように時代は変わってきている。
 娯楽好きが多く、新しいもの好きの都の人間に、女の俳優も受け入れられることだろうという確信があった。



 要は彼女を利用したのだ。

 自分の名誉挽回のために。

 そんな自分が彼女に対して女優として以外の感情を持っていいだろうか。

 果たしてそんな資格があるだろうか。

モノローグ ~孤軍奮闘~

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