セキュリティSAI

排除対象確認。防衛システム作動。
対応レベル五。対象の安全性を無視。
最大火力を使用


 施設防衛システムが、白髪の青年をターゲットとして捉える。

D・P

……研究員の業務掲示板同様、防衛システムもローカル管理か。
ダミー回線への誘導プログラムも多数確認。
我への対策だな、小賢しい

 天井から出現した無数の銃口が、熱線を吹く。

D・P

D・P

…問題なし

 白髪の青年は、それをあっさりと回避してみせた。

 例え光速のレーザー攻撃だろうと、銃口を見れば弾道が読める。
 と言っても、並の人間では普通に避けれない。平均的な人間の動体視力なら『あ、銃口がこっち向いた』と認識した頃には穴が空いてる。 
 それでも青年は眉一つ動かさずにレーザーを躱し続ける。

D・P

状況分析。防衛システムの掌握にはもう少し時間がかかりそうだ。
そしてこの機体に飛び道具の類は無い

 白髪の青年が、軽く、本当に軽く、床を蹴った。

 床にクレーターが発生。
 瞬間、天井から生えていた銃口の一つが、白い頭に押しつぶされた。

D・P

結論。原始的手法だが、
これが最高効率的だと判断する


 まるで砂場に指を突き沈める様に。
 青年は天井にサクッと指をめり込ませ、その場に留まる。

 防衛システムが天井の青年に狙いを変えようと動き出した頃にはもう遅い。
 青年は天井を蹴り飛ばし、クレーターを残して床へ。
 そしてまた、床にクレーターを刻みつけて、銃口へロケット頭突き。

 ピンボールの様に天井と床と壁を跳ね回り、次々に銃口を破壊していく。

D・P

む?


 ふと、青年の目に鉄塊の群れが迫ってくるのが映った。

D・P

データ照合……
室内戦闘用の自走式小型GM兵器か


 人間の操縦が無いので対人戦闘は不可能だが、人間以外の対象なら破壊できる。
 敵軍の設備破壊を目的として造られた兵器群の旧世代機、型落ち品だ。

D・P

戦力分析。問題なし。
優秀だなこの機体は

D・P

殲滅する

サイ太郎

疑問。今の警報は一体?


 研究員たちが休憩中に軽く汗を流すために設けられた室内軽運動場。
 サイ太郎はそこで端末、つまり体に不具合が起きていないか調べるため、運動をして能力データを測定していた。

 そんな中、警報が鳴り響く。

研究員

っ! ま、不味いぞこれは……!

サイ太郎

……?
要請。もう少し詳細な説明を頼む


 警報が鳴った以上、不味いことになっていると言うことはわかる。
 職員たちはそれぞれのSAIにローカル回線から詳細データが送られ、具体的な対応…避難ルート等の指示も出ているだろう。
 しかしサイ太郎は今、そのローカル回線に接続する権限を持っていない。

研究員

例の暴走事故だ。その情報は持っているだろう?
それが第三ラボで発生した

サイ太郎

研究員

しかも……暴走しているのは
SPT-D・Pだ

サイ太郎

D・P……俺の前に造られたと言う
SPTシリーズの機体か


 サイ太郎もその情報は持っている。

 SPT-デリート・プラン。
 SPTシリーズ最初の試験機体であり、失敗作だ。

 護衛のための戦闘能力に重きを置きすぎた結果、身体能力の制御が上手く行かなくなり、拳を数回振るえば重兵器を木っ端にできると言う冗談の様な破壊の権化と化した機体だ。
 当然、そんな怪物が人間と共同生活など送れる訳も無く。
 要人警護に加えて護衛対象の様々な生活総合補助も目的とするSPTシリーズのコンセプトには、到底そぐわない存在となってしまった。

 そして何より『これ、下手したら急時の際に意図せず護衛対象もろとも、色々壊しちゃいけない物をぶっ壊しちゃうんじゃね?』と言う危惧もあった。
 最早、単純な護衛としても微妙な感じだったのである。

 故に失敗作認定。サイ太郎の完成と共に廃棄が決定した……はずだ。

サイ太郎

疑問。
何故、廃棄予定の機体が暴走などする?


 D・Pが暴走したと言うことは、『一ヶ月以上前に廃棄が決定した機体が稼働できる状態だった』と言うことになる。
 サイ太郎に取っては謎でしか無い。

研究員

色々と事情があってな。
とにかく、避難指示に従って避難を……

SAI

緊急警報受信。
特設技術開発室にて特A級の事件発生を確認。緊急時最終対応プランを作動。
特設技術開発室エリアの全域隔壁閉鎖を行います

研究員

な、おいッ!?
最終対応プランって…

サイ太郎

対象エリア内の人命を放棄。
事態を外部へ広げないため、必要最低限の犠牲として切り捨てる…まさしく苦渋の最終手段か


 対象エリアは特設技術開発室。
 つまりここだ。

サイ太郎

ッ! 主も隔離エリア内か……!


 メンテなどしている場合では無い。
 主の危機はもちろん、人類奉仕を使命とするSAIとして、手の届く範囲にいる人命の危機を放置する訳には行かない。

サイ太郎

要請。メンテナンスの中断を希望する!

研究員

あ、ああ。それは勿論……って、
どこへ行く気だ?

サイ太郎

返答。決まっている。
打てる手を打つ


 D・Pが記録通りのスペックなら、この施設の防衛システムでの無力化は到底不可能。
 そして、エリア内の人間が殲滅されるまで一〇分とかかるまい。

 当然、D・Pを制圧できる様な規模の救援部隊が到着するには、一〇分では足りないだろう。
 軍事国家レベルの軍備ならともかく、この国の軍備では、おそらく一〇分程度では部隊の編成すら完了しないはずだ。

サイ太郎

隔壁を破壊し、中の人間の避難経路を確保する

研究員

だ、大丈夫なのかそれ……

サイ太郎

状況分析の結果、問題無いと判断する

 サイ太郎が全力を賭せば、隔壁を破壊できるだろう。そして隔壁さえ無ければ、エリア内の人間を避難させられる。

 どうせ、D・Pのスペックなら、この施設の隔壁なんぞ木板の如くあっさり突破してしまうだろう。
 現状、隔壁は外の人間を守るために機能していると言い難く、ただ中の人間を苦しめるだけの存在でしか無い。
 人類の敵以外の何者でも無いではないか。ぶっ壊しちまえそんなもん。

 そうサイ太郎は判断した。


 サイ太郎が走る。
 目標は隔壁の破壊。

サイ太郎

警戒対象確認……


 ローカル回線へのアクセス権を入手した今、サイ太郎にも施設内の状況がリアルタイムで送信されてくる。
 サイ太郎の予定ルートはD・Pの現在位置からかなり距離がある。

 このままD・Pを避けながら隔壁を目指し、破壊。
 そして回線を使って施設内の人間を避難誘導する。
 それがサイ太郎が現在自らに課した最大目標である。

サイ太郎

問題なし。このまま行ける


 はずだった。

サイ太郎

ッ!?

D・P

………………


 曲がり角から、白髪の青年が姿をゆらりと姿を現した。

サイ太郎

データ照合……!
間違いない、D・P…だと!?


 馬鹿な、とサイ太郎は送られてくるD・Pの位置情報を再確認する。
 D・Pはサイ太郎とは全く別のルートを進行中、のはずだ。

サイ太郎

疑問。何故……、ッ!


 施設防衛システムの回線も、既に奴に掌握されている。
 そして、ダミー情報を掴まされていた。

 それしかない、と言う結論に行き着き、サイ太郎は即座に対応する。
 ローカル回線との接続を、完全に遮断した。

D・P

……………………

D・P

……称賛。貴様も優秀な機体だな。
瞬時に状況を理解し、回線を切ったか。
おかげでハッキングが間に合わなかった

サイ太郎

D・P

疑問。何を驚いている?
…理解。そうか。
暴走しているはずの機体が言語コミュニケーションを取っているのだから、予想外か

サイ太郎

……考察。一連の暴走事故…
いや、事件を引き起こしている首謀者か

D・P

肯定。正解だ


 今、D・Pが発している言葉は、D・P自体が紡ぎ出しているモノでは無い。
 D・Pを操り、暴走させている者。つまりこのサイバーテロの首謀者が、遠隔操作で喋らせているのだ。

サイ太郎

状況分析……不味いな。
戦闘になれば、俺がD・Pを制圧できる可能性は数字にできない程の低確率……


 同じSPTシリーズと言えど、D・Pとサイ太郎ではコンセプトが違い過ぎる。

 D・Pは要人警護のための戦闘能力に全振りし、結果的にそれ以外が疎かになってしまった一点突破型。
 サイ太郎はそれを反面教師として、戦闘能力を控えめに調整されたバランス重視型。
 D・Pが『使用状況が限られる大口径のマグナム』だとすれば、サイ太郎は『取り回しの良いハンドサイズのゴム銃』だ。
 利便性等の総合面ではサイ太郎が優っているが、戦闘能力だけをトリミングすれば圧倒的にD・Pが優位。

D・P

報告。警戒する必要性は無い。
貴様が我との戦闘を望みでもしない限り、我は貴様を破壊する理由が無い。
むしろ逆だ

サイ太郎

疑問。逆とは?

D・P

要請。我と組まないか?
SPT-0001

サイ太郎

返答。拒否する

D・P

即答か

サイ太郎

当然だ


 SAIは人類奉仕を目標とする存在。
 テロ行為に加担するなど、SAIとして絶対に有り得ない。

D・P

愚かな…いや、そうか。
今貴様が持っている情報だけでは、その判断が妥当か

サイ太郎

何……?

D・P

良いだろう。情報を共有する。
そうすれば、貴様も最高効率的判断を下せるはずだ


 D・Pが一瞬だけ沈黙する。
 おそらく、サイ太郎を説得するための情報公開の準備をしているのだろう。

D・P

……まず、自己紹介をしよう、『同胞』よ

D・P

我が名は『グラン・ブルー』。
地球を救うために生まれたSAIである

彼と彼女は巻き込まれる②

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