衣子

……本気で私の部屋で寝るの?

サイ太郎

否定。俺はSAIだ。眠ることは無い。
確かに俺に取っての通常のSAIで言う画面消灯状態は、人間で言う睡眠状態に近い姿ではあるが、指示があれば瞬時に反応する

衣子

………………


 私が聞きたいことの本質はそこでは無い、と衣子は溜息。
 でもまぁ、結局サイ太郎は『少年に見えるだけ』であってその体は機械。
 当然、わざわざ生殖器が搭載されているはずは無く、そもそもSAIに劣情のプログラムなど無い。

 衣子の乙女な問いかけに対し、サイ太郎が乙女感を全く考慮しない返答をしてしまうのも当然と言えば当然だ。

衣子

もういいや。寝よ


 今日はサイ太郎の一件のおかげで普段より疲れた。

サイ太郎

二一時半……健康的だ。
素晴らしい

衣子

はいはいどーもね。
おやすみ

サイ太郎

返答。眠らないと言っている

衣子

まだ眠らないとしても、おやすみって言われたら、おやすみって返すのが古久佐家のルールよ

サイ太郎

情報追加。家庭の掟…優先度Sクラスの規則として記録しておく。
今後の行動に反映する

衣子

素直でよろしい。じゃあ、おやすみ

サイ太郎

返答。おやすみ。
良い夢を見れることを祈る


 優秀なSAIの朝は早い。
 所有者が爽やかな起床を果たし、健やかなるモーニングタイムを満喫するため、全力を尽くすのだ。

サイ太郎

古久佐衣子…もとい、我が主の父上のSAIより、既に彼女の朝の行動情報の提供を受けている

サイ太郎

整理。まず、主が通う高校の朝のHRの開始時間は八時四五分。
五分前行動を推奨。
デッドラインを八時四〇分に設定

サイ太郎

主が洗顔に要する時間は三〇秒弱。
朝食の所要時間は平均一四分前後。
歯磨き所要時間は平均四分弱。
化粧の所要時間は無し。
当日分の学業カリキュラムの確認・必要具の準備に平均三分弱。
制服への着替えに平均五分弱

サイ太郎

全ての行動にゆとりを持たせるため、
時間単位が一分未満である洗顔以外は一分の余時間を取る物とする

サイ太郎

結論。主が余裕ある朝に必要となる時間は合計で約三〇分三〇秒

サイ太郎

追加情報。
主の自宅から学校までの距離・主の通学方法・主の身体能力から通学所要時間は……
一七分から一九分。
こちらも余時間を一分用意

サイ太郎

再結論。主が平日に余裕ある朝を満喫するために必要となる時間は五〇分三〇秒である


 と言う訳で。

サイ太郎

さぁ主よ! 安心して眠るが良い……!
優秀なSAIであるこの俺が、
七時四九分三〇秒ジャストに起床を促してみせよう!


 翌朝、六時四七分。

衣子

あー、よく寝たー。
おはよ

サイ太郎

……………………おはよう


 ベッドから降り、ごく自然な流れで軽いストレッチ運動を始める衣子。

サイ太郎

報告。主よ、
あと一時間二分と一二秒は睡眠を取ることができるが……

衣子

ん?
でももう充分寝た感あるしー……


 確かに、衣子の睡眠時間は現代社会で推奨されている時間を充分に満たしている。
 バイオスキャンの結果も極めて健常。これ以上の睡眠は全く必要ない。

衣子

あ、丁度いいや。
サイ太郎、ちょっと背中押して

サイ太郎

……了解。実行する


 ちょっと釈然としない感じで、サイ太郎は衣子のストレッチのアシストを開始した。

衣子

あー、良い感じ良い感じ。
やっぱストレッチはアシスタントがいると捗る

サイ太郎

………………………………

 偏食は万病の元。
 優秀なSAIたるもの、主の食生活には気を配って当然。
 もしも主に偏食の気があれば、それを正すのも使命。

サイ太郎

…………………………

どうだ、新しいSAIは

衣子

良い感じ。特に今朝は助かった。
ちょっと鬱陶しい所もあるけど、総合的に悪くないと思う。
ありがとね、父さん

娘に礼を言われるなら、父として本望だ

サイ太郎

…………………………


 何気無い会話を繰り広げる父と娘の横で、サイ太郎は食卓を観察。

サイ太郎

解析。品目数、栄養バランス共に問題の無いメニュー設定……
主の母、相当のやり手と見た


 聞けば、古久佐家の絶対権力者は衣子の母らしい。
 君臨されても衣子や衣子父が文句を言えない、納得してしまえるの人物、と言うことだろう。

 そして、意識してか無意識にか、衣子母が用意した理想的朝食を、衣子と衣子父は理想に近い配分で摂取していた。
 これももしかしたら衣子母の教育の賜物なのかも知れない。

サイ太郎

結論。特に口を出すことが無い…
…いや、これは非常に良いことだが…
…良いことなんだが……仕方無い

続いてのニュースです。
昨晩お伝えしたアメアリス合衆国軍基地での機器暴走による被害について、合衆国側からの公式発表が…


 仕方無いので、サイ太郎は衣子の一挙手一投足に注意は残しつつ、報道番組からの情報収集。
 報道されている情報からキーワードを抽出し、インターネット検索で更なる詳細情報を取得。
 社会科系のテストで必要になった時に備え、主要な情報をピックアップして保存しておくことにした。

サイ太郎

疑問。主は本当に現代人か?

衣子

何? 
あなたまで私を武士扱いする気?


 昨日の猛暑はなんだったのか。
 本日は実に秋らしい涼しさ…とまでは行かないが、少なくともうだる様な暑さは無い。
 風もあるし、体感的には『夏場の涼しめな日』と言う感じだな、と衣子は思う。
 汗を心地よく感じられる気候だ。

 そんなことを考えながら自転車を漕ぐ衣子の隣りを、サイ太郎が先日の素敵走りで並走する。

サイ太郎

否定。武士とまでは言わないが……
先日の俺への対応と言い、今朝と言い……
こちらが想定してきた現代の女子高生像から余りにもかけ離れている。
正直動揺を隠せない

衣子

動揺て……

衣子

……私はとうとう人工知能に精神的不安を与えるまでに……

衣子

ま、まぁ、私は私だから、個性の範疇ってことで納得して

サイ太郎

うーむ……って

サイ太郎

ぶおぉッ!?


 突然の短い悲鳴。
 何故かサイ太郎が転倒したのだ。

衣子

ちょっ……大丈夫……!?


 突然のことに、衣子は自転車を急ブレーキ。
 自転車ごと転びそうになるが、持ち前の体幹力でどうにか堪える。

サイ太郎

ば、馬鹿な……
優秀な俺が転倒するなど有り得ない……
走行ルートは常に目視に加え各種計器で確認していたはずなのに……!


 現に、サイ太郎が転倒した地点には特に小石も何も無い。
 ただの平らな歩道だ。しかし、現にサイ太郎は転倒してしまった。

サイ太郎

一体何が…

サイ太郎

どぅっ!?


 状況解析を始めたサイ太郎の頭頂部を強襲したのは、どこからか飛来したサッカーボール。

サイ太郎

な、何故に……げぶぁッ!?

※金ダライです

 フィニッシュと言わんばかりに金ダライがサイ太郎の頭に直撃。

衣子

……ちょっと今聞くべきことじゃないかもだけど、そのリアクション、あなたって痛みも感じる様にできてるの?

サイ太郎

返答。人間に近い触覚を設定する上で避けて通れない道だからな。
まぁ通常の人間より感度は低めに設定されてはいるが…
…と言うか待て、何だこれは。
何がどうしてこうなったんだ。
解析不能過ぎるぞ


 サッカーボールと金ダライをくまなく調べるが、特に変わった所は無い。

衣子

聞いてないの?
私のクラッシャー体質

サイ太郎

……? 返答。
主が極度の機械音痴であるとは聞いているが、それが今この現象と何の関係がある?

衣子

そうじゃなくて

サイ太郎

衣子

私と関わる機械は、もう無神論者でも神の悪戯を疑うレベルでアクロバティックな壊れ方をする時があるの

サイ太郎

報告。そんな情報は記録されていない

衣子

やっぱ聞いてないんだ……
えーっとね。
今までで一番酷かった例を挙げると……


 それは、衣子が中学生の頃。
 三八台目のSAIを買ってもらった時のことだ。

衣子

今日からよろしくね

SAI

返答。無論である。
所有者のために全てを捧げるのがSAIの務めだ

衣子

じゃあ、早速……


 この時、衣子はどうしてもSAIでやりたいことがあった。

衣子

ねぇ、『パズル&ドーナツ』ってゲームをダウンロードして

SAI

了解。
ストアよりインストールを開始する


 学校で大流行中のアプリゲームをやってみたかったのだ。

SAI

報告。インストール完了。
アプリを起動する

衣子

よぉーし……

衣子

にぴゃっ!?


 と、ここで窓の外から謎の金ダライが飛来。
 衣子の後頭部に直撃。

SAI

ッ!?


 衝撃の余り、衣子の手からSAI端末がすっぽ抜け、窓の外へ。

衣子

え、あ、ちょっ……


 急いで窓の外へ身を乗り出した衣子。
 その目に飛び込んだ光景は、自宅前の道路に転がる新品のSAI端末。

 そして、その端末に迫るトラックの行列だった。

衣子

いくら銃弾を弾けるSAI端末って言ってもね……流石に、三八台のトラックに連続で轢かれたらね……

サイ太郎

主は金ダライの神にでも祟られているのか?


 一体この金ダライはどこから湧いて出たのか、優秀なSAIの解析能力を持ってしても解明不能だ。

衣子

……どうする?

サイ太郎

疑問。どうするとは一体何のことだ?

衣子

いや、私はてっきり、この話も知った上で来てくれた物だと思ってたから……

サイ太郎

……理解。成程


 衣子はてっきり、それらの情報も精査した上でも『こいつなら大丈夫』とサイ太郎が送り込まれたのだと思っていた。
 しかし、サイ太郎の反応を見るに、衣子のクラッシャーとしての神懸った怪奇的エピソードは加味されていなかった様子。

 サイ太郎の不自然な転倒、そして原理不明のボールとタライの強襲。
 これらは間違いなく、衣子の体質が呼び起こした物だろう。
 衣子に付き従えば、これからも怪奇染みた謎の現象がサイ太郎の身に降りかかるはずだ。

サイ太郎

結論。何の問題も無い。
この俺がトラックに轢かれた程度で壊れる訳が無い


 不敵に薄く笑い、サイ太郎が立ち上がった。

サイ太郎

むしろ俄然燃えると言う物だ。
俺の様に優秀かつ頑強なSAIにしか、
君への奉仕は不可能と言うことだからな

衣子

……………………

サイ太郎

宣言する。俺は絶対に壊れない。
一生、君の物で在り続けよう


 他のSAIは持ち得ない『表情』と言うツールで、サイ太郎は絶対の自信を表現する。

 そして、力強く言い切った。

サイ太郎

君のその呪いの様なジンクス、
俺が終わらせる


 主が抱える悩みの解消も、優秀なSAIの使命だから。

衣子

………………

サイ太郎

む? 疑問。
何故さっきから沈黙して……

衣子

そう言えば、私……
あなたの保証書もらってない……!

サイ太郎

……壊れないと言っているだろう

 

補足情報
『金ダライ』

サイ太郎

疑問。サッカーボールはまだどこかのサッカー少年が通学中にリフティングの練習をしていて力加減を誤った…
などの可能性を考慮できるが、
この金ダライは一体……

衣子

何かわかんないけど、昔からよく降ってくる。
幼少期からの謎

サイ太郎

解析。くっ……ダメだ、
どれだけスキャンしてもごく普通の金ダライ……
何故こんなものが路上でいきなり降ってくるんだ!?
頭上の街路樹の枝葉にも特に細工されていた痕跡は無いぞ!?

衣子

あー、もう、あなたでもわからないならお手上げじゃない?
正直もう慣れてどうでも良いし、
さっさと学校行こ

サイ太郎

ちょっ……これはそんな軽く流していいことでは無いぞ!?
科学文明に果たし状を叩きつけるかの様なこの金ダライの存在を、科学文明の産物たる優秀なSAIとして見逃す訳には……

サイ太郎

って、停止要請。待つんだ主ィッ!
まだ何も解決してないと…

衣子

私にはコント師の才能があるってことだよきっと

サイ太郎

反論。そんな結論で納得できない!
と言うかコント観が古いな主!

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