学校に到着する。
今日は転校生、つまり主人公『遠藤さくら』がやってくる日だ。
彼女は一般家庭出身で、逆境も明るく堪え忍ぶようながんばり屋の女の子。

……と、いう設定の女の子だ。

武藤亜矢心の声

べ、べ、べ、別に破滅させられたのを恨んでなんかいないんだからね!

実際は男に全力で媚びまくる系女子だ。
その証拠に学園の支配者たる王子に猛アタックをかけるのだ。

武藤亜矢心の声

一発ぶん殴りたい♪

と、いうわけで華麗にスルーするつもりだ。
わざわざ破滅フラグに関わる必要なんてない。

さて、この学校には支配者が何人か存在する。

武藤亜矢

まずは私、武藤亜矢。

ここでは一周目のダメな方の私を説明する。
高飛車で意識高い系。
視野が狭いくせに自意識過剰。
そのくせ親の権力を笠に着るお嬢様。

武藤亜矢心の声

すんげえ嫌なやつ。

一見すると学園の人気者。
実際は学園史上始まって以来の嫌われ者。
親の権力がなくなったら誰も助けてくれなかったのがそれを証明している。

武藤亜矢心の声

我ながらクズだわー……

気を取り直して次に行こう。

高藤恭一

もう一人が王子。
高藤恭一。
高藤財閥の一人息子。

ルックス、親の財力、人格、運動能力。
すべてが完璧だ。
身長が足らない修ちゃんでは僅差で勝てない。
でも全く興味はない。
なぜなら彼は絶対に私の趣味を理解しないからだ。
いやそんな甘いものではない。
自分自身の狭い見識で正しくないと判断したものは、私の意思は無視してでも正しくさせようとするだろう。

武藤亜矢心の声

半裸の男子が抱き合う薄い本は、その場で焼却されるに違いない。
「汚物は消毒だー!」って。

それ以外の些細なことにも口を出してくるはずだ。

武藤亜矢心の声

うっわ、めんどくせえ!

そんな男はいらん!
私は今の私が大好きなのだ。
このスタイルを変えるつもりは1ミリもない!
なぜ一周目はあんなに執着したのだろう?
今考えれば、産廃レベルの男だぞ。
と、いうことで今回はパス。
追いかけないし、触らない。

他にも運動部をまとめている剣道部の不和也和。
文化系をまとめる御堂翔。
それに上級国民のご子息で、素行の悪い……いわゆるヤンキーをまとめる朱井龍介などがいる。
ほんと力関係がわかりやすい学校だこと。

そこで転校生『遠藤さくら』は、よりどりみどり、イケメンだらけの薔薇色の学校生活をおくるのだ。

だけど今の私はそんなことには興味はない。

こんな連中の相手より、今回の私には優先することがあるのだ。

武藤亜矢

修ちゃん。悪いけど、三年の仲間沙羅って娘を調べてくれる。
まだ辞めてないはずだから。

馬淵修一

誰です?

武藤亜矢

友達……になる予定の娘(こ)

そうだ。
私にはくだらない学園カーストに時間を割く余裕はない。

友達を助けるのだ。

昼休み。
屋上で私たちはご飯を食べていた。
私と修ちゃんが食べているのは私が作ったお弁当だ。
中身は昨夜作っておいた、鶏肉のマヨネーズ炒めと、冷蔵庫の残り物のほうれん草やらエノキとベーコンを炒めた『謎炒め』だ。

あとはプチトマトや、ちくわにキュウリを刺したやつとかを空きスペースに適当に詰め込んでビジュアルを整えたテキトーな品である。

馬淵修一

お嬢様……いつの間に……料理をおぼえたのですか?

修ちゃんが震える声で聞いた。

武藤亜矢心の声

答え。キャバ嬢時代。

自炊しないと金かかってしかたないからね。
おっとコイツは修ちゃんには言えないぜ。

武藤亜矢

お嬢様はなんでもできると紀元前からきまってるのよー。

馬淵修一

お前はいちいち発言が胡散臭えんだよ!

酷いことを言いながらも修ちゃんは私の弁当に箸をつける。
口に運ぶと修ちゃんは少しだけ表情を緩めた。

馬淵修一

うん……まあ、『お母さんの味』でいいんじゃないか

私は『お母さんの味』が褒め言葉だって知っている。
修ちゃんのお母さんも、うちのお母さんも同じ事故で死んだのでいない。

それに家には専属のコックさんがいる。
だから私も修ちゃんもこういう家庭料理は食べられない。
だから修ちゃんは家庭の味に飢えている。

武藤亜矢

えっへっへー。このマザコン♪

つんつこつんつん。

私は微笑みながら修ちゃんを指でつつく。

馬淵修一

うるせえ。

そう言って修ちゃんは私の頭をコツンと叩く。
もちろん痛くない。
幼なじみのじゃれ合いだ。

修ちゃんは最近では、度重なる私の努力により昔のようにじゃれ合いもしてくれるようになったのだ。

武藤亜矢心の声

リスタートからせくはら……
じゃなくてスキンシップを繰り返し、ようやく軽口を叩くまで気を許ししてくれた。
どうだスゴイだろ!

修ちゃんとは一周目では一方的に命令するだけで雑談なんてしなかった。
世話されるのが当然だと思ってたし、修ちゃんも距離を取りつつ世話をするのが当然だと思っていた。

武藤亜矢心の声

またもや黒歴史!!!

それは姫と奴隷の関係。
今考えればいびつな関係だ。
そんな関係なんて破滅に直行するようなものだ。
だけど私は、一周目の私はその異常性に気づいていなかった。
二周目の方が人間関係はうまくいっている。
……ような気がする。

私は二周目ではなるべく彼を尊重しようと努めている。

武藤亜矢心の声

スキンシップ以外は。

そのせいか修ちゃんの方も最近では昔のように接してくれるようになった。
やっぱり今の私は正しい!
確信を得た私はくすりと笑うと本題に入ることにした。

武藤亜矢

で、沙羅ちゃんについてなにかわかった?

馬淵修一

仲間さんは三年F組。
成績は普通。
そして評判ですが……
こんなことお嬢様に言うのはためらわれるのですが……

修ちゃんはもごもごしている。
その原因はわかっている。

武藤亜矢

妊娠してお腹が大きくなっているんでしょ。
焦った教師陣が近いうちに退学を決定する

そして学校も家からも追い出されて、一人で子どもを産んで、いろいろあってから私と同じキャバクラで働くことになる。

馬淵修一

……ええ。まあ……よくご存じで

ふふふ。
お嬢様はなんでも知っている。

武藤亜矢

相手の男は?

場合によっては相手の男に生まれたことそれ自体を後悔させようと思う。

馬淵修一

白瀬乃恵瑠(しらせのえる)。
近所の摩郷島工業(まごうじまこうぎょう)の生徒ですね。

武藤亜矢

あー、あの偏差値が地球環境に優しい感じで低く抑えられている……

すんげえバカ学校。

馬淵修一

今日も汚嬢様は嫌味が冴え渡っていますね。

嫌味が冴えているのは修ちゃんの方だと思う。
確か摩郷島工業は市内でも最底辺の学校だ。
ヤンキーとヤンキーとヤンキーしかいない学校だ。

馬淵修一

いえまあ、いわゆる教育困難校です。
白瀬はそこでもやや評判の悪い生徒のようです。

武藤亜矢

ふーん……

場合によってはぶっ殺す。

馬淵修一

それと問題が……

武藤亜矢

問題?なに?

馬淵修一

仲間沙羅さんのご尊父は武藤マテリアルの関西支社長です。

武藤亜矢

へーうちの系列なんだ。

それは知らなかった。
沙羅ちゃんは知っていて話さなかったのだ。
どうも沙羅ちゃんの勘当に武藤財閥の影がちらつく。
文句の一つも言えばよかったのに。
それを言わないところが沙羅ちゃんらしい。

馬淵修一

それと白瀬乃恵瑠の実家も武藤財閥と取引……いわゆる下請けの会社です。

なるほど。
全体像が見えてきた。
やはり私の家が絡んでいる問題だ。
これは武藤家の方を巻き込んでどうにかしなければならない問題なのだ。

そのためにはもっと詳しい情報が必要だ。

武藤亜矢

なるほどね

私は決心した。
沙羅ちゃんを救う方法はいくつか考えていた。
だが一人では難しい。
仲間が必要だ。
と、言っても私の人望では進んで手を貸してくれるような人はいないだろう。
ただ一人を除いては。

武藤亜矢

あのさ……修ちゃん

馬淵修一

なんですか?

武藤亜矢

手を貸して。

馬淵修一

いいですよ。

武藤亜矢

すいぶん安請け合いするんだね。

馬淵修一

ええ。
お嬢様のことですから、なにか考えてはいるんでしょう。

武藤亜矢

うん。
もし白瀬乃恵瑠に責任を取らせつつ実家使って事態を丸く収めるって言ったら、手を貸すのをやめる?

具体的にはまだなにも考えてないけどね。

馬淵修一

まさか。
この馬淵、お嬢様の行く道であればならどこまでもついていきます。

やはり修ちゃんは頼りになる。
私はにんまりといい笑顔になった。

2話 汚嬢様の野望。東京23区版。

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