リビングのこたつってなんて心地いいんだろう。私は、夕飯の後、自室に戻らずそのままポータブルゲーム機とにらめっこしていた。
 向かい側には、書道教室を開いている祖母が座ってテレビを見ている。どうやら、歴史もののドラマを見ているようだ。画面の中では、甲冑を着たたくさんの武士たちが、刀や槍を振るっている。

 私は、テレビをチラチラ横目で見ながら、ポータブルゲーム機の中に繰り広げられる世界に夢中になっていた。ファンタジーのような世界の中で、たくさんのイケメン王子たちが、私=主人公のことを姫扱いしてくれる。

たとえば、こんなふうに……

どんなことがあってもおまえのことは俺が守ってやる。だから安心して俺の腕の中にいればいい。俺の大事なお姫様……。

 私は、そんな心地よい台詞の中に漂っていればいいだけ。
 現実では味わえない、甘い甘い世界。現実にありえないことはわかっているけれど、それでも私にとって大事なかけがえのない世界なのだ。

 そんな夢の世界に浸っていると、突然スマートフォンが震えた。
 友人の愛美からのメッセージだ。

紀子、元気~? お正月、また例の乙女ゲーばっかりやってるの?

それクリアしたら、この前話した私のオススメの戦国系乙女ゲーも是非やってもらいたいんだ~。

石田三成とか、真田幸村とか、すごくイケメンかつイケボだから、紀子のお眼鏡にもかなうと思うんだけどなぁ~!

いつ頃、今やってるゲームはクリアできそう?

 ああ、どうしよう。正直、私はあまり戦国武将とか興味がなくて、紀子にすすめられたゲームはいまひとつ気が乗らないのだ。

あ~……えっとね……
今、フィリップ王子の周回プレイ中だから、ちょっとまだなんとも言えないなぁ……。
冬休み明けまでには、クリアしたいなぁ、なんて思ってたんだけど……、ごめん。

と、返信をする。

ええ~っ!? まだなの?
私、冬休み明けに、紀子と一緒に語り合いたかっただんだけどな~、幸村様について。
紀子には、三成様がオススメだよ~!

徳川方のさ、黒田長政とかもくどいてくるんだけど、インテリなんだか武断派なんだかわかんない中途半端さで、あ、それは細川忠興もなんだけど……その辺りはあまりオススメできないなぁ、結構人気キャラではあるみたいなんだけどね。

あ~、うん、ごめん。愛美、私まだそのゲーム積んでるからさ、何言ってるか全然わからないんだ。

そっか、そうだよね。

いやあ、先走ってごめん。フィリップ王子だっけ? コンプしたら是非やってみてね~!

了解~、じゃあ、またね!

 石田三成とか真田幸村か。
 私は、愛美との会話を終えて、テレビにチラリと死線を向ける。
 そういえば、さっきからそんな名前がテレビから聞こえていたような気がする。

おばあちゃん、石田三成ってどの人?
かっこいいの?

そうだねぇ、かっこよく描かれているドラマは今まであまり見たことがないねぇ。

そうなんだ? 真田幸村は?

真田幸村はかっこいいよねぇ、“ひいろお"っていうのかね、忍者とか連れていて、たいていかっこいい役だね。

そうなんだ? 何した人なの?

二人とも、徳川家康と戦った武将だよ。
石田三成は、関ヶ原の戦いで。真田幸村は大坂の陣で。
どちらも負けてしまったけれどね。

その2つは、日本史の時間に聞いたことあるけど……二人とも負けたの?
なのに、どうして、真田幸村っていう人だけがかっこいいの?
私の友達がね、二人ともかっこいいって言うんだ。

そういえば、そうだねぇ。
でも、だいたいテレビのドラマや歴史小説だと、真田幸村というのは、もう少しで家康を倒したかもしれないほどの強い武将……“日の本一の兵(つわもの)”と言われて、かっこいい役どころだね。
一方、三成の方は、家康と戦ったと言っても自分が豊臣秀吉の権力を手中に収めて、天下を手にしたかったんじゃないかって……そういう描かれ方をすることが多いんじゃないかしら。

やだなぁ、それ全然かっこよくないじゃん。
愛美ったら何を言っているんだろう。推しキャラ被りたくないのかなぁ、だったらそう言ってくれればいいのに……。

でも、本当のところはおばあちゃんにだってわからないよ。
“勝てば官軍”という言葉もあるからね。

どういう意味?

明治維新のときに、勝った側のことを官軍と言うんだけれどね。勝ってしまえば、どちらが正義かなんてわからないということさ。
いくらおばあちゃんだって、戦国時代から生きているわけじゃないから、本当のことなんてわからないよ。それこそ、その時代の人にでも聞かなければね。

まあ、それもそうか……。
ゲームもやってみないうちに、判断するのもね。

 そんなふうに考えていると、手にしていたゲーム機から突然台詞が聞こえて来た。
 スリープ状態にしていたはずだったのに、どこかタッチしてしまったのだろうか?

ならば、自分の目で見てみるか?

えぇっ、何これ、隠しキャラ?
公式サイトにも載っていなかったはずだけど……どういうこと……?

自分の目で、戦国時代を見てみたいのか、と聞いているのだ。
答えよ。

まあまあまあ、そんな説明もなしにいきなり“答えよ”じゃ、困っちゃうじゃないか。

また隠しキャラが出て来た!!!
何、いったいどういうこと?

ほーらね、お姫様が困ってるよ。
ディー、ちゃんと説明してあげないと。

む……そうか。
しかし、戦国時代を見てみたいか否か、特に説明も必要ないかと思ったのだ、シグマ。

ん~、なんとなくわかって来た。
きっと私、何かレアアイテム集めたか何かして、公式でもまだ明かされていない、レアルートに入ったんだわ。
何しろ、ここ最近、フィリップ王子ルートの周回ばっかしてたもの。愛美にはああ言ったけど、もうとっくにトロコン状態だったしね。きっと何回か周回した後に開く特別なルートなんだろうな。

だったら、これはもう……

どうするのだ、娘。

だからもう、怖がらせたらダメだって言っているでしょう、ディーってば。

いつものように、はいかいいえで答えてね! フフ、楽しみだなぁ。

戦国時代に行きますか?


はい、是非行ってみたいです。

いいえ、行きたくありません。

よし、決めた!

このレアな隠しルート行くしかないでしょ。

“はい、是非行ってみたいです”

 その瞬間、ゲーム機からフラッシュの何万倍もの閃光がひらめいたかと思うと、私の目の前が真っ白になった。

 先ほどまでテレビから聞こえていた合戦場の声が、なんだかすぐ近くで聞こえるような気がする。
 サラウンド効果がついた映画館で見ているかのように、たくさんの槍や兜がガチャガチャとぶつかる音、人々の悲鳴や叫び声が、今いるリビングで聞こえているような臨場感だった。

 おそるおそる目を開けて見る。

何、これ……?
おばあちゃんは、どこ?
テレビはどこ?

 そこには、先ほどまでテレビで見ていた光景が、テレビの中の映像ではなく、私の目の前の現実として広がっていた。

 手には、先ほどまで握っていたゲーム機とスマートフォン。

ふふ、驚いたでしょ?
戦国時代だよ! 楽しんで来てね、お姫様。

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