高校に入学して一月。
暖かな日射しを受ける満開だった桜の木は、花が散り随分と緑が濃くなり始めている。

やっと慣れ始めた帰り道の風景を眺めながらふらふらと帰宅していた俺は、目の前にまだ話したことのないクラスメイトの背を見つけた。

名前何て言ったっけ……

確かちょうど今の時期にピッタリな……。
喉に引っ掛かったようになかなか出てこない彼の名前を思い出そうと頭をひねりながらふと見た彼は、足元に落ちていた空き缶を拾った。

……あぁ、そうだ。

蒼北桜香……

そういえば入学式で女の子の名前が呼ばれたと思ったのに、そのあとすぐに聞こえた男の声に驚いたっけ。
蒼北君は拾った空き缶を持ったまま前を俺の前を歩いている。

暫くすると俺もよく帰りに寄るコンビニが見え、店頭に設置されたゴミ箱にその空き缶は捨てられた。
そのまま何故か蒼北君は今来た道を戻っている。

ちょっ、えっ?
蒼北君、忘れ物?


突然のことにただ傍観しているつもりがつい声をかけてしまった……。

帰るんだけど……、何?


まだ入学して一月で一度も話したことがない俺の名前なんて覚えてないだろうし、不信に思われたかも。

ごめん、俺同じクラスの皆川

知ってる。皆川相真……


まさかフルネームで覚えられてるとは思わなかった……。

ここ寄るためにこっち来ただけだから、戻る……

そうなんだ、蒼北君家ってどの辺?

山下通りの向こう……


山下通りって……。

右に曲がる道だいぶ前に過ぎてんじゃんっ!!

だから……?

ちょうど俺が蒼北君を見つけた辺りだからもう二十分は前だ……。
目の前の蒼北君はポカンとこちらを見ている。

あっちにもコンビニあるだろ?

そうなの?
俺高校入る前に引っ越したから、あの辺よく知らないんだよね……


それなのに普通、空き缶拾うか……?

蒼北君、だいぶ良い奴だろ……

別に良い奴とかじゃない……

ははっ


入学式の日、初めてのホームルームで自己紹介の時間があった。
俺は、いや、同じクラスのおそらく誰もが、蒼北君の名前の可愛さ以上に驚いていたその時の自己紹介を思い出す。
あの日から彼はいつもクラスでポツンと一人でいたが、もしかしたらなんか色々すれ違ってただけかもしれない。

なぁ、俺と友達になってみね?

嫌だ

いっそ清々しいほどバッサリと断られた俺は、特にそれを気にすることなく蒼北君観察を始めることにした。




人と関わるとろくなことないんで、一年間なるべく一人で過ごしたいです……

だから、できるだけ俺に話しかけないでください


それだけ言って座った蒼北君の自己紹介に、クラスの皆唖然とした。
覚えていないし気がつかなかったが、俺はポカンと口を開けてしまっていたかも知れないほどだ……。

……つ、次。井口


担任の先生すら困ったのか一瞬固まって何事もなかったかのように流していた。

お昼ご飯食べよー

私今日購買ー

昨日あのドラマ見たかよっ

見た見た、ヤバかったな

……


それ以来だ、彼の望んだ通り誰とも話さずいつも一人でいる。
目付きの悪さやまとう空気から冷たい感じがして態々近づく奴もいない。
俺もそれで良いと思ってた。
けど、本当に彼は一人でいたいのか?

みーなーがーわーっ

良……

飯食おうぜー

あぁ


蒼北君を見ると、今日も机の上に弁当を広げている。
その表情は、今まで普通だと思っていたが今日は少し寂しげなものに見える。

ごめん良、今日俺は別で食うわ

んー?

了解っ!俺らいつもんとこで食ってるからー


バタバタと教室を出た良はいつも四人で飯を食ってる隣のクラスに向かった。
俺もさてと立ち上がって蒼北君の席に向かう。

蒼北君

何?

一緒に食って良い?

別に良いけど、いつも一緒に食べてる人は?

今日は蒼北君と食おうと思って別で食ってる


やっぱり、話してるときは一人でいるときと僅かながら空気が違う気がする。

良いの?

何が?

見られてるけど……


蒼北君が話しているだけでも珍しいのに、昨日までまったく話したことのなかった俺達が突然一緒にいるからかそこかしこから視線を感じる。

良い良い、気にしない

あっそ


冷たげな反応だがやっぱり表情も空気も柔らかい。

弁当良いな

あんたはパンなんだ

そ、だいたいパン

菓子パンだけだし

甘いの好きなんだよ


周りからの視線は飽きたのか昼の半ばには消え、俺達は思ったより話しに困ることもなく昼を過ごした。

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