……

 ほんのりと暖かい部屋で、女は静かに本を読んでいた。

 暖炉の照らす光が、彼女をチラチラと照らしている。



トタタタタタタッ

ねぇねぇお母さん!
今日も私がお散歩係してもいい?

 廊下を走ってやって来た赤毛の少女は、飛び跳ねながら言った。

……ええ、構わないわよ

 そう言って、椅子に腰かけていた母はにっこりと笑って頷いた。

やった! えへへ

 少女は来た廊下を戻り、奥の薄暗い部屋に駆けこんでいった。



 部屋は綺麗に整頓されていた。

 しかし、ごみやほこりこそ無いが、どこか生活感の感じられない寂しさが漂っている。


 その部屋の隅に、一匹の小さな子犬が、物音ひとつたてず大人しく座っていた。

…………

ほら、ヌーイ! 散歩に行こうっ!

――ワンッワンッ!!

 先程まで微動だにしていなかったヌーイは、まるで少女に命を吹き込まれたように、少女の声に反応して鳴き声を上げた。

 それは、どこか単調に聞こえる、「まるで機械の様な」鳴き声だった。

あっ!! ダメよ! まだ充電のプラグがついてるんだから――

 少女はヌーイの傍へ駆け寄り、彼の首元に刺さっていた「プラグ」を抜いた。

 

ワンッワンッ! ワゥーンッ!

 ヌーイは前足を出してぐっと伸びをし、体全体をブルブルッと豪快に震わせて喜んだ。

うんっ、ヌーイの充電もばっちり!
おいでっ!!

 そう言って、少女は玄関へと向かった。




 ヌーイは、ハーネスこそついてないがしっかりと少女の後について行っている。

 廊下を駆けていく少女とヌーイの姿を見て、母はふたりに届く声で言う。

夕方までには帰るのよ。
気を付けていってらっしゃい

うん! いってきまーす!!

 少女は元気よく女に返事をして、家を飛び出した。








 家の前を走っている大きな道路では、いつもの様に沢山の車が宙に浮いて、行き交っていた。

オ嬢サマ、今日ハどちラに?

 気がつくと、少女の横に黒いスーツを身に纏ったひとりの執事が立っていた。

 しかし、彼の声は少女や母とは違って、どこか機械音が混ざった様にギクシャクとしていた。

 

こんにちはジャックっ! 今日もヌーイの散歩だよっ!
いつもの公園に行くのっ!

 少女にジャックと呼ばれた執事は微笑んで、少女の倍以上あるその体を折り曲げ、綺麗にお辞儀をする。

ソれはたのシそうデスネ、デは、オけがのないヨう、オきをつケテ……

うんっ! いってきまーす!

 少女はジャックに手を振りながら公園へと続く道を駆けて行った。








ヌーイ、着いたよ!
ほら、お前の大好きな公園よっ!

ワゥーンッ!

 公園は、しぶきを上げている大きな噴水を中心にほどよい敷地が広がっていた。

 いくつかベンチも設置してあり誰でも休められるようになっているが、今日は少女達以外には誰もいないようだった。

ワンワンッ!

あはは、コラ~
ヌーイ待ってってば~!

 ヌーイは嬉しそうにあちこちを走り回っている。

ワンッワンッ!

ワンワンッ!ワンッ!

あははっ! 待て待て~っ!




――ガシャンッ!!

 突然、公園に鈍い音が響き渡った。



 ヌーイが走って行った方からだ。

 少女が急いで駆け寄ると、ヌーイは街灯の柱の下で蹲っていた。

ヌーイッ!? 大丈夫ッ!?

……キャィーン

 ヌーイは小さく鳴き声を上げて立ち上がり、少女に体を摺り寄せる。

 街灯の柱には、ヌーイがぶつかったと思われる傷跡が白く残っていた。

怪我はないッ!?
はぁ、よかった。大丈夫そうね……

……ワゥーン

そうね、もう帰ろっかっ!

 少女はヌーイの頭をわしゃわしゃと撫でてやり、その体を抱き抱えて、公園を後にした。









オかえりなサイまセ、オ嬢サマ

 自宅の前には、まだジャックが立っていた。

 昼時と同じように、綺麗にお辞儀をして少女を迎える。

たただいまジャックっ!

ワウワゥーンッ!

 ヌーイも、少女に習ってジャックに挨拶をした。

オ怪我ハ、アリませンでシタ、か?

わたしは平気
だけど、ヌーイが少しぶつけちゃって……

ワンワンッ!

彼ハ、ダイジョうブ、とイッておりマス

ほんとっ!? よかったっ!!
ちゃんと傍にいなくてごめんね

ワンッ!

 ヌーイは返事にひと鳴きして、少女の足首をペロっと舐めた。

 




お母さんただいまっ!

おかえり。怪我はなかった?

うん! 私もヌーイもナントモないよ!

ワウワゥーン

 ふたりは目を合わせ、少女はにしし、と歯を見せて笑った。

……そうならよかったわ。
今日も楽しかった?

うん!
でもちょっと疲れちゃった。えへへ

そうね。それじゃ、今日は早く横になりましょうね

うん! ほら、いくよヌーイ

ワンッ!

 少女は、ヌーイが「充電」されていた部屋へと向かい、ヌーイもその後にへと続いた。




 部屋は、やはり暗かった。

ヌーイ……

 母がそう言うと、ヌーイは大人しく部屋の隅へと大人しく歩いて行き、綺麗に前足を揃えてピタっと止まった。

 それは、昼に少女が部屋へ入った時とまったく同じ光景だった。

 少女はヌーイの横へ座り込んだ。

あはは、今日は楽しかったー!
ね? ヌーイ!

…………

……ほら、ヌーイ
充電するよ

 母は、静かになったヌーイの首元に、コンセントに繋がれた「プラグ」を挿した。

えへへ~……
なんだか、私も……眠く……

……ええ、今日もお疲れさま
ゆっくりおやすみなさい

今日も……楽しかった……っ!

 少女は小さく呟いた。




そして、母は少女の首元に「プラグ」を挿した。


――おやすみなさい

…………

 少女は動くことなく、静かに笑っていた。








―完―

リアルガール

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