グルルルウゥウ…

はぁー、やれやれ、昔と比べてラインが増えたねぇ、倒すのが面倒くさいよ。

黙って倒すのに集中しろ、エレアード！

だって喋ってないとつまらないんだよー。

グルゥウアァアアア！！！

うわっ、危ない！

だから言っただろ！　こっちも手一杯だ。自分で何とかしてくれ！

なぁんだ冷たい。まっ、一人でもなんとかなるんだけどね。それっ！

ガァ…ァ…グゥ…

もう終わり？　つまんないなぁ。セイルーそっちはどう？

丁度こっちも終わったところだ。

流石！　タイミングばっちりー！　それじゃあ目的地に行こっか。えーと…どこだっけ？

オルテア小国だ。

そうそうオルテア小国！
手ごわいラインがいるってだけ覚えてて、場所がどこかを聞いてなかったよ。
あー、どんなラインだろ、楽しみだなぁ。

相手は水の精霊と言われるウンディーネ。
名前くらいは聞いたことあるだろう？
そのラインは人の姿に化けてオルテア小国に潜んでいるらしい。

そう言えばラインは人間の姿になれるって報告があったねぇ。それで、特徴は？

見た目は10代の少女の姿をしている。髪の長さは肩にかかるくらい。一応写真はお前に渡しておくよ。

ありがと。…ふんふん、
15…いや17歳くらいかな。
うん、可愛い子だねぇ。
殺すのが忍びないくらいだよ。

油断はするなよ。

あっははは！
やだなぁ、ボクが油断するわけないじゃないか！
例え人の形をしていても、子供の姿をしても殺して見せるさ。
…なんの躊躇いもなく、ね。んふふふ。

…行くぞ。

へー、ここがオルテア小国かぁ。小国って言う割に活気があるんだな。人も多いし。

おいおい、ここに来るのは初めてか？

学生に何言ってんだよ。ここに来るどころかこんな遠出したの初めてだよ。

ゼノンの学生姿ってあんまり想像できないわよね。

んー俺も想像できねえな。物心ついた時から傭兵やらなんやらして生きてきたからな。

…すごい生き方ね。

まあおかげで見聞を広めることはできたし、剣の腕も否応が無しに上達した。後悔はしてねえよ。

…。

おいおい、なんだよ黙りこくっちゃって！　そこは「やだ、ゼノン、格好いい！」とか言ってくれよ。

いや、俺何してたんだろうって思ってさ。

なんだなんだ、シリアスモードかぁ？
俺は俺、レイジスはレイジスだ。
お前にはお前らしい生き方があるだろ。考え込むことじゃねえよ。

ヤダ、ゼノン、カッコイイ！

はっはっは、言い方とタイミングによってこんなにも嫌味に聞こえるとは思わなかったぜ。

あはは、冗談冗談。あれ？　なんだろ……いい匂い。

あれは…
この国の名物ペチ魚の塩焼きだな。
オルテアの海岸でしか捕れない魚だ。
美味いぞ。酒と合う。

ゼノン、リィ。休憩してそのペチ魚ってのを食べよう！

皆、腹減ってるってことか。
分かった。ライン捜索の前に、軽く腹ごしらえしていくか。

ゼノンのおごりでね。

だと思ったぜ。仕方ねえな、お兄さんの懐の広さを見せてやろうじゃないか。オヤジ、ペチ魚の塩焼きを三つ頼む。

はいよ！

――ほらよ。

んー！　いい匂い！

はふはふ…。そういえばさ、「壊れた時計」がいるってことはラインも現れるのかな。
俺たちが来た時には、全然見かけなかったのに…。

最近は前触れもなく襲撃してくるって話が多いからなぁ。
報告があるとはいっても、ただオルテア小国付近を通っただけかもしれないしな。
ま、襲ってこないならそれはそれでいいだろ。平和が一番ってな。

確かにそうだよな。こんな美味い魚、ラインには渡せないもんな。

そういうこと。それにしてもやっぱ美味いな、これ。

な、何！？

まさか、ラインが襲ってきたのか！？　行ってみよう！

うん！

食ってる途中っていうのに、なんてタイミングだよ。やれやれ――

いきなり襲い掛かってくるなんて礼儀もあったもんじゃないですね。
街の人が危険にさらされてもいいんですか？

ふふふ、ライン相手に礼儀を重んじるほど、ボクも紳士ではないからね。
それに人も馬鹿じゃあない。危険だと思ったら逃げるだろう。
まあ巻き込まない保障まではできないけどね。

大した人ですね。…狙いはなんですか？　

狙い？　僕は君を殺しに来ただけさ、アリス・ポルテ。いや…水の精霊ウンディーネと言った方がいいのかな？

正体までご存じなんですね。なるほど、あなたたちが噂の「壊れた時計」ですか。

君もよく知ってるね。
そう、ボクたち「壊れた時計」は、君の正体も、かつて何をしてきたのかも知ってる。見た目と違って恐ろしい子なんだねぇ、ふふふ。

くっ…！

おっと危ない危ない。もしかして、怒っちゃった？
ごめんごめん。ボク、思ったことはすぐに口に出しちゃう癖があるんだよねぇ。

その癖、直さないと嫌われますよ？

そうだねぇ。でも――

っ！？

ラインに嫌われてもボクには関係ないでしょ？

なるほど。どうしても戦わなきゃならないみたいですね。

あははは！　睨んだ顔も素敵だねぇ。
さぁ、お喋りもこれくらいにして…
君が操る水と、ボクの風、どちらが強いか比べてみようよ！

おーおー、派手にやってるぜ。さて、俺たちも負けてられないな。…暴れるか。

キィイイイイイイイイイ！

行け我が同胞よ、オルテア小国を蹂躙しろ。

待て。

なんだ？　邪魔するのは勝手だが、この数のライン相手に一人で相手するってのは無謀じゃないのか？

そうだな。もう一人、相方がいるんだが、どこで何をしてるのやら――っ！？

いい反応だ。なるほど、一人で相手をするって言うだけはある。中々の強さなんだろうな。

それは――どうも！

剣筋もいい。他の奴らだったら当たってたな。

はぁっ！

一瞬で間合いを詰めてきたか。だが――

剣を弾かれたらどう対処する！？

なら――こうするさ！

なっ！？　隠していた…訳ではなさそうだな。テメェ、どこから武器を出した？

さて、どこだろうな。

…そうか、なるほど。これが噂の力ってやつか？　こんな所で出会えるとは幸運だぜ。

…。

本気で戦いたいところだが…残念なことに野暮用があるからな。
今日はこいつらで我慢してくれよ。
テメェら、このおにーさんと遊んでやれ。

グルルルウウゥウウウ…

キシャァアアア！！！

くっ！　邪魔だ！

あんた、「壊れた時計」だろ？
俺はヴェルギオス。どうせすぐ会うことになるだろうよ。
その時は遠慮なく戦おうぜ。じゃあな！

待て、逃げる気か！
くそっ、こいつらをどうにかしなければ…。
街を襲わせる訳にはいかない！

くっ…うっ…。

あははは。どうやらボクの風の方が強かったみたいだねぇ。
さあさあ、ウンディーネ、別れの言葉でもあれば聞くよ？
これくらいの慈悲は与えないと、まるでボクが悪者みたいだからね。

どの道あなたは私たちラインにとっては悪者ですよ。

なるど、まだまだ元気はありそうだ――ね！！

ぅあっ…。

うーん、生意気な口は好きだけど、なんか面白味に欠けるなぁ。
まあいっか。さようなら、アリスちゃん。

あらよっと！

なっ、ボクの風を…！？

ふー、間一髪だったな。久しぶりだな、アリス。

あなたは…ヴェルギオス！

忘れてなくて何よりだ。まあ挨拶は後だ。迎えに来たぜ。

え…。

ちっ、新手か！

…まさか疲労した体で俺に勝てると思っちゃいねぇよなぁ。邪魔すんじゃねえよ！

うぐっ！

野郎の血は苦いから好きじゃねえんだが…吸血鬼伝説、体現させてやってもいいんだぜ？

くっ、生憎ボクだってそんな趣味はないよ。
予想外の乱入があったけど、今日はここで引かせてもらおうか。
じゃあねぇアリスちゃん、また会えることを祈ってるよ。

なんだあいつは…。まあいい。おいアリス、帰るぞ。

い、嫌です。

なんだって？

そこまでだ！

え、ちょっと待って！　あれは――アリス！？　どうしてここに！？

全く、次から次へと…。アリス、知り合いか？

…。

そうだよなぁ。俺たちはライン。人間は敵。あいつらが友達な訳無いよなぁ？

何言ってるの？　アリスが…ライン？

殺せ。

そんな！

出来ないなら俺が殺す。せめてもの慈悲だ、楽に殺してやる。

っ！？　わ、わかりました…。私が…やります。

そうかそうか！　分かってくれて嬉しいぜ。んじゃ、俺は先に行って待ってるぜ。
…血迷うんじゃねぇぞ。

…はい。

アリス…。う、嘘だよね、あなたがラインだなんて。

すみません、リィちゃん。

アリスは後ろを向く。
その瞬間、いくつもの水柱が彼女を覆った。そして見る見るうちに彼女の姿は変わっていく。
鱗、鰭、魚の尾。その姿はまるで人魚、マーメイドを彷彿とさせる姿だった。

私はライン。本当の姿は水を司る精霊と言われるウンディーネ。
私は…あなたたちを殺します。

どうして…。

ラインと人間、理由はそれだけで十分です。…行きますよ！

リィ、しっかりするんだ！

無茶いわないでよ！　レイは…レイは何も思わないの？

思わないわけないじゃないか！
だからといって、ここでアリスに殺されるわけにもいかないだろ！

そういう事だ。死んじまったら元も子もないだろ。一緒に戦ってやるから、ほら、立ち上がれ。

外から悲鳴が聞こえる…。くそ、外にもいたのか！

どうする、レイジス？

…二人は外をお願い。あたしは…アリスと戦う。

で、でも…。

いいのか？

決めたことだから…。
決心したから。お願い。

…うん、わかった。もし無理だと思ったら俺たちを呼んで。すぐに駆けつけるから。

ありがと、レイジス。

ゼノン、行こう！

おう！

…いいんですか？　私、ラインですよ？　こう見えて結構強いですよ？

そうね、全力で掛かってきなさいよ。こっちも全力でアンタを止めるから。

どこからそんな自信が…。力の差を思い知らせてあげます！　水よ！

なんの！

これは…氷の柱！？
なるほど魔鉱石の力、ですね。それも純度の高い…。
分かっているんですか？　高純度の魔鉱石は人体に負荷をかけるんですよ！？

知ってる。それでも私はセイルを探すために、ラインと戦うために訓練したの。
今はこの力を…アリス、アンタを止めるために使う。

力を使い過ぎて倒れるのが目に見えてるのに…。
諦めてジェナ国に帰ってください！

嫌よ。アリスこそ、諦めて負けを認めてくれないかしら。

そ、それはできない相談です。

そっか。それなら…力づくでいかせてもらうから！

炎っ！？　こんなの水で…！！！

まだまだぁ！！！

くぅ…。なんて無茶を…。
じ、自分の体なんてお構いなしって感じですね。

そうよ！　親友のアンタを止めるならあたしはどれだけ傷ついても構わない！

リィちゃん…。

くそっ、キリがねぇなぁ！

中でリィが戦ってるんだ。弱音なんか吐いてられない…。

分かってるんだが…。
あまり強くは無いとはいえ、流石にこれだけの相手は弱音も吐きたくなるぜ。
あーあ、ペチ魚、最後まで食べときゃよかったぜ。

…ゼノン、来る！

あ？

ゴォオオオァアアアアアア！！！！

、へへ、こいつが親玉ってか？　今戦えるのは俺とレイジスくらいか。仕方ねえ、行くぜ！

ガァアアアアアアア！！！

うわっ！？　くっそ、デカい分攻撃範囲が広い！

レイジス！　俺が囮になるからお前は回り込んで足を狙え！

囮！？　そんなことしたら……。

囮は犠牲じゃねえ。立派な作戦だ。ほら、分かったら早く行け！

わ、分かった！

さあて、敵さんよ、掛かってきなせえ！

オォオオオオォオオオオオ！！！

うおっとぉ…。ひゅー、危ねぇ危ねぇ。
どうしたどうしたぁ、顔についてるその目ん玉は飾りかぁ？

ガァアアアアアアア！！！

今だ！！！

いけぇ、レイジス！

ギィイアアア…ア……！！？

ナイスだレイジス。最初に会った時と比べて見違えたぜ！

へへっ、ゼノンが協力してくれたおかげだよ。

おいおい、褒めても何もでねえぞー。

おぉ、君たちは！

あ？　誰だあんた？

やや、失礼！　我々はオルテアの警備を任せれてる者だ。どうやらこのラインは君たちが倒してくれたみたいだね。
危険なのも顧みず勇敢に立ち向かった少年たちに感謝する！　後の処理は我々に任せてほしい。

そんな大げさな…。

おい、レイジス。それどころじゃないだろ。リィちゃんのところ行くぞ。

あ、あぁ！　そうだった。すみません、俺たちは失礼します！

うむ、警備隊に入ってもらいたいところだったが、忙しいのであれば仕方がない。また会おう、少年たち！

はぁっ…、はぁっ…。もう、立ってるのも限界なんじゃないですか…？

はぁっ…はぁっ…。まあね…。そういうアリスこそ…えらく疲れてるじゃないの…。

そうですね…。まさかリィちゃんがこんなにもしつこいとは…思わなかったです。

そりゃしつこくなるわよ。アンタが何者であれ…あたしの親友には変わりないから…ね。

親友…ですか。

ふふ、わかりました。これで最後にしましょう。

これが今の私の全力です。これを防がれたら私の負けです。降参します。

言ったわね。その言葉、信じるわよ。

…はい。

それだったらどんなに力を使っても防ぎきってやろうじゃないの！　さぁ来い、アリス！！！

やぁぁぁああああ！

大丈夫か、リィ！　…ってな、なんだこの煙！？

くそっ、間に合わなかったか！？

…どう…アリス…？

…はは、本当に防ぎ切りましたね…。

…とーぜん。こんなところで死んでたまるかっての。

手加減なんかしてなかったんですけどねぇ…。もう動けません、降参です。

はは、ははは。よかったー！　

何がなんだか分からないけど、決着は着いたんだな、リィ。

えへへ、ブイッ！

でもなんでアリスは俺たちを攻撃したんだ…？
それにさっきのスーツ姿の男は一体。

彼はヴェルギオス。私と同じくラインで、ヴァンパイアです。
彼との関係は昔の仲間とでもいいましょうか…。
もう何年も前の話ですが。多分今日現れたのも私を連れ戻しに来たんです。

連れ戻しに…？

まあ、その…色々あるんです…。

そっか…。

私が皆を倒さないと、ヴェルギオスが皆を殺すって言ってましたし…。
でも私、負けちゃったのでもう関係ない話ですね。あはは…。
…さて、リィちゃんが無事私を倒してくれたことですし、私はヴェルギオスが怪しんで戻ってくる前に逃げましょうかね。

行くの？

…はい。

ねぇアリス。私たちと一緒にいかない？　どうせ長い旅になるだろうし、逃げるなら丁度いいんじゃないかな？

え？　で、でも…もしかしたらヴェルギオスが追いかけてくるかもしれません。
彼は、他のラインより圧倒的に強いです。もし、彼と戦うことになったら…。

まあ逃げ切ればいいってことだろ？

それはそうですが…。

ほら、早く準備して！　ヴェルなんとかが来る前にね！

は、はい。…ふふ、やっぱりリィちゃんには敵いませんねぇ。
分かりました、これからよろしくお願いします！
あ、そんなに引っ張らないでください！　リィちゃん！

まあ、何はともあれよかった…のかな。

おい、いいのか？

え、何が？

何がじゃねえだろ。お前らの友達なのはいいけど、あの子、ラインだろ？

あっ、そっか確かに…。ヴェルなんとかってラインにも狙われるし、エレアードやセイルさんがいる組織にも狙われるってことになるのはまずいな。

え？　あ、あぁ、そうだな。

…ん？　どうしたゼノン。

すまん、何でもねえ。

…どうしたんだ？

くっそ、吸血鬼め。ボクの邪魔をするとはいい度胸だ。

えらく消耗しているな、エレアード。

ふ、ふふ、そういう君も怪我してるじゃないか。

大量のラインを相手したからな。どこかの誰かさんがいなかったせいで…。
まあ、大分数は減らしたから後は警備隊が始末してくれるだろうさ。

ボクはボクで楽しんでたんだよ。それなのに…あの吸血鬼め。

吸血鬼？

そう。ボクの風を弾くし、体に傷をつけるし…もう最悪さ。

もしかして、あの時の男か…？
しかし、エレアードほどの者を易々とあしらうとはな。
軽率な行動は警戒した方がいいかもしれない。
いくら強化された肉体とはいえ、奴ら相手では俺たちも無事では済まないだろうな。

そうだね。ボクも軽はずみな行動は避けようかな。
そして次こそは必ず。

ふふ、ふふふ……あはははははははは！！！