その日の夜。
そろそろ終盤に入った、ゲーム自体が既に破綻しかけて、ただの殺し合いになっている人狼ゲーム。
形骸化しているにも関わらず、狼を殺さない限りは決して終わることのない負の連鎖。

今、役職不明のグレーになっているのは四人。
あやと住吉と半井さんと武田さんの中のどれか。
そのうち、今夜は悪いと思ったけれどあやを占うことにした。
躊躇いながらあやに伝えると、身の潔白が証明されるなら良いと許してくれた。
それにあの子は私のことを悪く思わないと言った。
私のやることを、信じていると。

……そんなこと言われたら、私だって前に行くしかないじゃないか。
絶対に喪わないって決めた。
そのために人一人を殺している。

今更迷う気もない。
私の手は、もう真っ赤に染まっている。
一度進んだら、私は決して足を止めない。
止まってしまえば、後悔と罪悪感で私は死ぬ。
そして怯えて戦えなくなった私のかわりにあやが死ぬ。
そんなことは……認めない。

私は、人殺しだ。だが、それでいい。
人殺しは人殺しの流儀で大切な人を守る。
それが殺人の上塗りだろうが、私にはもうそれしかないんだ。

今夜は、残る二人のグレーの一方を襲撃する。
実力が抜きん出て高いその男は、やはりアクティブタイムに入るや、出歩いていた。
私も三人分の武器を手に、彼を襲撃する。
住吉曰く狼は彼ではなく、もう一人の方だと説明していたが、納得いかないと如月がごねて、両方片付けることになった。
そういえば、もう住吉は一度殺りあっているのだ。
嫌がるのも理解できる。
が、如月はそれも楽しんでいるように拒否。
契約に反すると怒って強行させた。

本音を言えば、私はあまり乗り気ではない。
彼は、恐らくあの言動を差し引いても言葉で分かり合える。
もう一人の方は、よく分からない。
あの見るからに良い人の空気を出す、というか出せるあの人が何を考えているのかまでは。
微塵も感じさせない本物の感情。
それを演技で出来るなら迫真の演技だと思う。

半井

……誰かと思えば占い師か
俺に何の用だ?

半井さんは、のぞき見をしていた私にとっくに気付いていたのだろう。
振り返ることもなく私に問う。
気配を察知する能力がまるで野生動物のそれと同格とは……。何度も見ているが、信じられない次元だ。
もしかして武道の達人とかそのレベルだろうか?

仕方なく、物陰から姿を見せた私を一瞥し、周囲を見回して呟いた。

半井

ふむ…………
占い師、今夜は進行役と……如月も一緒か?
物騒なことだな
武器をそんなに持ち出して一体誰を殺しに行くつもりだ?
重武装をしているから、他の人間からも武器を借りているなり貰っているなりしているだろう
お前と、進行役の二人が

!?

思わずその発言に絶句する私。
ちょっとまって、どうして全員の名前を言い当てることができる!?
何で私が複数の武器を持っていると知っている!?
まだ姿を見せてすらいない。
いや、そんなに至近距離に隠れているわけじゃない。
少なくても目視の範囲にはいないのに!?
武器だってちゃんと隠してるのに!?
何で、全部知っている?

半井

ん? 驚くような話か?

事もなくこの人は私に問う。
今自分が成している事の異常性を理解していないのか?
本当に、貴方は……人間なの?

……貴方、人間?

思わず問う私。背筋の産毛が総立ちしている。
こいつは……問うてから分かる。人間じゃない。
スラスラと気配だけでこちらの情報を見抜く怪物……きっと、妖怪か何か。
私の知る限り、こんな次元の人間は、人間じゃない。

半井

久々に聞かれたな、その質問は……
普段と違って、自分を曝け出しているからだろうな
抑えがあまり出来ていないのかもしれん

自嘲的に笑って、彼は眼鏡を右手の中指で位置を直す。
そして私に向き帰り、言った。

半井

これでも分類上は、歴とした人間だ
ちょっとばかり、生まれが特殊だがな
俺はそういう血筋の家系生まれなんだ
一応、理屈的に言うと観察眼やら何やらということにしているがな

血筋……?

彼も何らかの訳ありなのだろうか?
彼はうって変わって、くつくつと鳩のように愉快そうに嗤っている。

半井

俺の家は稀に、俺のような奴が生まれるらしい
先天的に、妙に身体能力の高い子供がな
今も、周囲から派手な音をさせた連中が紛れ込んでいたからちょっと探ってみたのさ
なに、単純に音を聞いたり肌で感じたりしただけだ

……成程、その異常な身体能力の恩恵ということね?

半井

理解が早くて助かる
種明かしされれば驚くほどじゃないだろう?
普段はセーブしているからそこまでいろいろ聞こえたりはしないんだ
今は全開にしているから、恰も最初から全部知っているように感じただけだろう

つまりこの人は、私が隠れているのを単純に音を聞いたり気配を探ったりして、見つけていただけ。
彼曰く、人間には特有のクセを表す『音』が必ずあるらしい。
呼吸音や足音、動作の時に起こす僅かなその音を聴き当てて、言い当てたに過ぎないと告げる。
異常なレベルの聴力や、第六感とも言えるような超感覚で。
言葉にすると簡単だが、つまりは物理的に戦えば万が一でも勝ち目はないということになる。

…………シンプルゆえに恐ろしいわね
あの剣戟とか見せられると納得せざるを得ないけど

半井

お前らとは基盤が違うんだ
超人と凡人が力比べをしても分かりきっているだろう?
俺は普通に生きるためだけで、色々加減をしないといけないんだ
ここでは一切していないから、恐ろしく見えるだけだ

ダメだ。
半井さんには勝てない。
争っても、無駄死にするだけだ。
無意味に生命を危険には晒せない。
私は死ぬわけにはいかないんだ。
私は端末を取り出すと、内緒話を使って住吉に作戦失敗の旨を伝える。
手筈では私が先制で不意打ちをかますことになっていたが、これでは不可能。
更にこちらの手の内がバレていると送信すると、了解の返答がきた。

白状するわ……
私達が狙っていたのは、貴方よ
グレーを潰して早めに片付けるのが目的
ごめんなさい、疑ったりして

私は負けを認めて白旗をあげると、彼は真顔で言う。

半井

まぁ、妥当だな
まだ役職不明が何名かいるが、目立つ分、狙われるのではないかと思っていた
進行役とは約束があって襲ってくるはずがないと思っていたんだが……どうやら反故にされたらしい
こんな状況だからな、仕方ないか

個人的に何かやりとりをしていたのか、彼は肩を竦めた。
裏切りのようなことをされても糾弾もせずに状況故に仕方ないと受け入れる。
この人は……精神的な意味でも、かなり出来上がっている気がする。メンタルも超人のように。

奈々

確率的には失敗すると思ったんだよねー
だから言ったじゃん如月、あいつは手をだしても無理だって

白雪

わたしはイケると思ったんですよ!
でもこれで、一応は白ってことでいいんですよね?
契約は守ってくださいよ?

ぶつくさ言いながら、二人もこちらに合流した。
半井さんは溜息をついてぼやく。

半井

お前ら……俺は違うと言ってるだろう
大方、如月あたりが発端だろうが
不機嫌なのを見るからに

白雪

バケモノそのものですねこの人……
仰る通り、言い出しっぺはわたしですよ?

悪びれない如月に言うことはない、と彼は首を振った。言うだけ無駄だと理解しているようだ。

半井

一つ確認するが、占い師に手を貸しているのは文月だな?
進行役の方は姉のようだが
それに殺した二人の武器も持っているんだな?

……本当に、どこまで知っているんだ。
協力者まで言い当てられたら、完敗じゃないか。
住吉が驚いたようになんで知ってると問うと、あっさりと彼は答えた。

半井

能力だ
俺は『心眼』を引いていてな
個人の携行する武器を全部知っているんだ
そして特有の『音』で誰が協力しているのはを推理ほどでもないが考えてみた

能力説明
『心眼』

効果
他の参加者の武器を知ることができる。
武器情報は端末に表示され、他の参加者から見ることはできない。
発動条件 常時

保有者
半井幸太朗

成程、半井さんは『心眼』を持っていたのか……。
とても良い能力を引いていたようだ。
彼の為にあるような能力配置じゃないか。
超人的な聴力を持つ彼なら、音だけで武器の判別ができる。
元々誰が何をもっているか知っているから更に有効に使える。
同時に、殺された堂賀さんの持っていた武器を知っているなら、その武器を持っているかもしれない奴が狼だ。
住吉は現場に武器はなかったはずだし、丸腰で部屋の外に出ているとは考えにくい。
彼は彼なりに、犯人の目星はついていると告げた。
彼らは知らないが、山風さんは狩人である。
私と住吉だけが知る大きなこの情報は、まだ共有しない。
消去法で行けば、残るのはもはや一人だけ。
狼は、あの人だ。
自分は村人、あくまで味方であると言う彼は警告する。

半井

ただ、そいつが万が一にでも『支配者』を持っていた場合、指摘しても反撃で終わりだ
能力で殺害されて、俺達は全滅するだろう

そうだ。
狼は高確立で『支配者』の能力を引いていると思われる。
メタ推理になるが、個人が集団とやりあう場合、明らかなハンデが生まれる。
それを補うために、武器と能力を強化されていて然るべきだと私も思う。

白雪

それなら問題ありませんよ
わたしが奴を仕留めますから
わたしだけは、奴に完全に勝つことができるアンチプレイヤーなので

万事休す、と思われたとき。
如月が私達にそう告げた。
なんてことないと彼女は笑う。

奈々

…………
如月あんたまさか

住吉がまずそうな顔をした。
嫌な予感が私もする。まさかと思いたい。
けど、半井さん殺しを強引に通したこの女なら。
遊びで殺し合いをしたいと言っている如月ならありえる。
最悪の組み合わせを引いている。

白雪

ご明察
わたしが『強奪』の能力をもっているんです
既に『無効化』と『反転』、『共振』に『盗聴』の能力を保持しています
いくら『支配者』でも複数の能力を持つわたしには勝てないと思いますよ?

しれっと告げるその言葉に戦慄する私。
現実は、予想よりも遥かに最悪な方向に突っ走っていた。

能力説明
『強奪』

効果
ゲーム中、他の参加者の能力を奪い使用することができる。保有できる数に制限はない。
尚、奪われた参加者は能力を使用できない。
奪った能力はゲーム中、一日一度を限度に何度も使用可能。
脱落した参加者の能力も後日奪うことはできるが、一度使用すると消失する。
『強奪』は『無効化』の効果を受けない。
発動条件 ○○(対象の名前)の能力を強奪すると発言する

保有者
如月白雪

半井

なにっ!?

これは、極めて最悪ね

奈々

……速水に同感……
だから強気でいられるわけだよ……

よりによって、『無効化』まで奪っていたのか。
どうりで、住吉を疑ってないわけだ。
いざって時は無効化使って反魂を打ち消して殺せる。
彼女はジョーカーを手にしていたのだ。
強気で突き進める理由もわかった。
狂ってるだけじゃない。この女は本当に強いのだ。

白雪

『無効化』を持っていたのは山風でしたよ
あいつが狩人ですよ、半井さん
脅したら泣きべそをかきながら白状しましたんで確実です

悪びれずに宣う如月。
いつのまにそんなことをしていたんだ。
この女……本当に最悪だ。
あんな幼い子供を脅して、能力を奪うに飽き足らず、武力を頼らずとも脅して役職を聞き出していたのか。
人のことを言えたクチじゃないが、こいつは性根が腐っている。

半井

貴様……今なんと言った……?
護るべき一線すら知らないというなら、今すぐ細切れにするぞ如月

しれっと言っている如月に、ぶわりと殺気を漏らす半井。
声色が一気に底冷えするような声になる。
私は瞬間的に恐怖を感じた。
これは、理性で感じる恐怖じゃない。
この感覚は初めて味わう。
きっとこれが、本能だ。
本能が、刹那に生命の危険を感じて一歩後ろに下がった。
見れば、隣には同じく死なないはずなのに竦み上がる住吉が立っていた。
膝が笑っているような、情けない格好だ。
私も、似たようなものだ。
身体の震えが止まらなかった。
さっきまで紳士的にすら見えた彼が、今は私よりも人殺しに見える。

白雪

なんですか、たかだか子供をおどしただけでしょう?
殺してないんですから、いいでしょうに
文句言われたくないですね
大体、こんな状況でそれをいうそちらこそナンセンスにも程があると思いますが?

半井

それが貴様の言い分か
一戦交えるのが望みだったな?
ならその通りにしてやる
屑は屑らしく散れ

白雪

アハッ……アハハハハハッ!
なんだかわかりませんけど、スイッチ入ったみたいですねェ!!
いいですよぉ、望み通りの展開ですッ!!
思いっきり遊びましょうよォ!!

がしっ、と私は住吉の腕をつかんだ。
殆ど反射的だった。
逃げたいと、私の中で警鐘が鳴り響いている。
こっちを見た住吉も青くなって壊れたように頷いた。
逃げようと。これは、明らかに逆鱗に触れた。
やばい。半井さんは殺る気だ。
嬉しそうに如月もはしゃいでる。
あの意識が飛ばされそうな殺意を受けても平然としているのはあいつだけだ。

奈々

逃げるよ、速水!!
やばい、このままじゃ巻き込まれる!!

珍しく一致したわね
全力で賛成するわ!!

目の前では、能力最強VS物理的最強の二人が睨み合っている。
如月の武器は手甲だったハズ。
アレで殴り合いでもしようっていうのか。
軽いフットワークで挑発する彼女に、徐ろに剣を取り出して構える半井さん。
巻き添えはごめんだ。
私達は、早めに退散するようにジリジリと後退を開始。
今にも戦闘が始まる緊迫した空気。

その時だった。

無機質な音が、各自の端末から鳴り響く。
緊迫した空気が霧散した。
慌てて私は自分の端末を取り出す。
そこには。

死人が一人出た、という文字が浮かんでいたのだった……。

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