ミサイル……もとい、ロケットの全長は約十メートル。
構造は、 ペイロード(貨物スペース)、誘導装置(ジャイロコントロール)、燃料、ロケットエンジンと、大まかに四つの構造で成り立っている。
ミサイル……もとい、ロケットの全長は約十メートル。
構造は、 ペイロード(貨物スペース)、誘導装置(ジャイロコントロール)、燃料、ロケットエンジンと、大まかに四つの構造で成り立っている。
ライトは、先端の部分のペイロードをキャビン(乗員区画)に改造した。
本来なら核を設置する場所であり、スペースも充分の広さが有った。
キャビンといっても、ただ座るだけのパイロット席(二席)と制御確認用ダッシュボードとしてノートパソコンを取り付けただけの簡易的なものだった。
他には、エンジンと燃料の増強を行った。
ロケットエンジンのパワー(スピードとエンジン燃焼力)を上げる為に、別のミサイルから足したのである。
それにパイロット席は、当初は一人乗りを想定していたのだが、ルナの分も用意することになったので、その分重量が増えることになるので、必要になる燃料(推進力)が増える。それを補うためだ。
潜水艦に残っていたミサイルは四本あった。
そのうち二本は、前述の通り二本を合わせて一本のロケットとなり、残った二本の内一本は、研究用として分解し、ロケットの構造を調べ、残りの一本は修理した発射スイッチとミサイル自体が正常に動作するかの発射実験用として使った。
発射実験は、ルナが持っていた電子端末機の部品が正常に機能し、無事に成功したのである。
自分たちが乗る用のロケットも完成し、あとは本番を残すのみだった。
***
ライトとルナは完成したロケットを眺めつつ、最後のカップラーメンを食べて、"最後の晩餐"を楽しんでいた。
さて……これを食べ終わったら、いよいよ打ち上げだな。
行方不明になった月の王様……いや。
月の女神様をあの宇宙に送り届ける時が来たな
そんなライトの言葉に、ルナはただ黙ってロケットを見続けていた。
ライトはカップラーメンのスープを飲み干すと、カップをポイッと、そこらに投げ捨てて 発射準備をするために発令所に行こうとして立ち上がった。
さてと……。
おっと、その前に。このロケットに名前を付けないとな……
名前?
ああ。こういったロケットには、コールサインという愛称を付ける慣わしがあるんだ
……人間は、本当にこういった物々に名前を付けるのが好きなのね。
そもそも、これは“棺桶”とか“ロケット”という名前ではないの?
そうだけど。それとは別の名前だよ。
ロケットをただのロケットじゃ、味気ないだろう
ルナは首を傾げ、人間が考えることは、よく解からない。といった素振りを見せる。
で、ロケットの名前だけど、実はもう決めているんだ。
その名も『ミッシング・ムーン・キング』だ
ミッシング・ムーン・キング……
その名前に聞き覚えがあった。そう、あの絵本のタイトル。
ロケットが完成したら、この名前を付けようと思っていたんだ。
月や宇宙に興味を抱き、そしてこうやってロケットを作る切っ掛けになったからな。
それに、ミッシング・ムーン・キングは東洋の言葉で“望”という意味があるからな
のぞみ?
亡月
王
望……願いとか希望のことだよ。その言葉を東洋の字で書くと、ミッシング(亡)・ムーン(月)・キング(王)になるんだよ……
少し意味が違う言葉もあるが、それは文明が一度途切れてしまったからなのか、意味が曖昧になってしまったのであった。
まぁ、何はともあれ。このロケットは、俺の望とルナの望を叶えてくれるロケットということだよ。
さてと、それじゃ行こうか、宇宙へ。
ルナは、先にキャビンの席に座っておいてくれよ
そう宣言すると、ライトは艦内にある発令所へと向かって行った。
その場に残ったルナは、そびえ立つロケットを見つつ、
ミッシング・ムーン・キング……
その名を呟いたのだった。
***
発令所は潜水艦の操舵に関係する機器や計器が集まっている、言わば司令制御室である。
その場所で、ミサイルの発射も制御しているのであり、ここからでないと発射を起動させることが出来ないのだった。
ロケット(ミッシング・ムーン・キング)の中(キャビン)から起動を出来れば良かったのだが、既存のものを使用した方が失敗する確率が少なくなるという理由で見送ったのである。
発射準備は全て整っている。あとは、発射スイッチを押すだけだった。
ライトは発射スイッチに触れて、一度深呼吸した。
これを入れれば……もう後戻りは出来ない。大丈夫だ。絶対に上手くいく……
静かに、そして、想いを込めて強く発射スイッチを入れた。
最終ロックが解除され、ディスプレスに「3600秒」と表示されると、一秒ずつ減っていく。
発射までのカウントが開始されたのだ。
さぁ、これで一時間後には、発射だ
ライトは踵を返し、ルナが居るミサイル発射管室へと駆け出した。
***
ミッシング・ムーン・キングのペイロードのキャビンに、既にルナが乗り込んでおり、席に座っていた。
ハァハァ……うん、ちゃんと座っているね
やがて息を切らしてやってきたライトも席に座り、シートベルトを締めた。
飛び上がる時まで、ここで待つことになる。
ライト達は、宇宙服などの与圧服は着てはいない。
服装は、今まで着ていた服。キャビンには空調や減圧を調整する設備などは無い。
この服装で宇宙に飛び出したのなら、無重力を味わったと思ったら減圧で頭痛がし始める。そして凍えるほどの寒さに震え、次第に呼吸不全となり窒息死で絶命してしまうだろう。
しかし、それで良かったのだ。
死ぬために宇宙に行くのであって、宇宙遊泳して生きて地球に還ってくるのではない。だから、宇宙服は必要無かったのだ。
そもそも宇宙服が無い。
ふぅー!
何度も息を吐くライト。
体を小刻みに動かし、右足も際限なく揺すり、落ち着きがなかった。
実験で予備のロケットの打ち上げは上手く成功したが、今回の本番が成功するとは断言できない。
ただ、死ぬのが怖いのではない。失敗して宇宙に行けないのが嫌だった。
ただ真っ直ぐ空へと飛んで、大気圏を越えて宇宙まで到達してくれれば良い。ただ、それだけで良いんだ。まぁ、不安があるとしたら、途中でエンジンがオーバーヒートして爆発することだな。宇宙に行く前に、死にたくはないしな……
体を存分に動かせない代わりに口を動かし、ノートパソコンのモニターに映るカウントをチラチラと何度も見て、発射時刻を確認する。
一秒経つのが非常に遅く感じ、まだ四十五分もある。ライト的には、もう一時間は経っている感覚だった。
自分の手が震えていることに気付いていなかった。
すると隣に座っていたルナは、ライトの手にそっと触れた。
優しい温もりが伝わる。
えっ……あ、ルナ……
……アランの時も、そうだった。
飛行機に乗った時、アランもそんな感じだったから
ライトにアランの面影が見えてしまい、気を遣ってしまったのだった。
あ……ありがとう、ルナ。
やっぱり、緊張してるな……俺。昔の宇宙飛行士もこんな気持ちだったんだろうな……。
だけど、あの頃の宇宙飛行士は宇宙に行って、生きて還って来ないと行けなかったんだ。
そう考えると幾分かは、気が楽……
気がつくと、ライトの手の震えが止まっていた。
ねぇ、ライト。
あの絵本……ミッシング・ムーン・キングの話しをしてくれない?
私、字が読めなかったから、具体的にあの絵本がどんな話なのか解からないの……
ああ、解かった。発射時間もまだあるしな。
えーと、昔々――
何度も読み返した絵本。
ライトは内容を一字一句間違えず……とまでは行かなかったが、ほぼ覚えていた。
語りが終わると、発射開始まで一分を切っていた。
50秒前
ライトの心臓音が、隣にいるルナに聞こえるかも知れないぐらいに高鳴る。
30秒前
そして、ずっと触れてくれていた、ルナの手を強く握り締めた。
10秒前
二人とも瞑り……
5秒前
再びまぶたを開き、モニターに映るカウントを見た。
4秒前
3秒前
2秒前
1秒前
0
行けーーーーーーーー!
と、心の中で叫んだ。
1
2
3
・
・
だが、カウントが0になったにも関わらず、エンジンが点火せず、ロケットは飛ぶ気配が無かった。
カウントはどんどん加算されていく。
それは『失敗』を意味していた。
な、なんで……くっそーーーー!
ライトの怒鳴り声が狭いキャビン内で激しく響き渡る。
折角……折角、ここまでやってきたのに……。
いや、失敗と決め付けるには、まだ早い!
ライトはシートベルトを外して席を立つと、固く閉めた扉のロックを外す。
どこへ、行くの?
装置の様子を見てくる。途中でリンクダンウしたかも知れない。
ルナは、ここで待っていてくれ!
扉を開くと、ライトは勢い良く外へ飛び出した。
駆けて行く足音が遠ざかっていき、
開けられた扉は扉自体の重さで『バタン』と勝手に閉まった。
……
キャビンに一人残されたルナは、そっとまぶたを閉じた。
ロケットが飛ばないのは、自分の所為だと感じていた。
まだ、自分の罰は許されていないからだと。
身体が酷く重く感じる。
ふと平和な日常の時にアランと語った内容を思い出す。
***
身体が重く感じる?
ああ、それは地球の重力が月よりも重いからだよ。
確か地球の重力は月の六倍だよ
重力?
んー、重力を説明するとなると……。
そうだな、引力……引き合う力のことだよ
引き合う力?
えっとね……そもそも物体には、引き合う力が働いているんだ。
物体が大きければ大きいほど、その引き合う力が大きくなっていくんだ
さて、ルナ。ここで問題。
今、僕たちがいる世界で、一番大きい物体はなんでしょう?
一番大きい……山かな?
はは、ニアピンかな。
正解は、地球だよ。
地球の引き合う力……それを重力とも言われている。
その引力が僕達、地球の生き物をこの大地に縛り付けているんだ。
人が空を飛べないのは、この所為だよ。
縛り付けている……。なんだか物憂げね……。
でも、月が地球から離れていかないのは、地球と月の引力によるものだからね。
正しくは、少しずつ離れているらしいけど、誤差みたいなものだよ
で、さっきも言ったけど、どの物体には引き合う力が働いている。
引力は地球だけではなく、僕やルナにも一個人からでも引き合う力が発生しているんだ。
もしかしたら、僕がルナに出会えたのも、ルナが月に戻れなくなったのも、引力のお蔭なのかも知れないね
***
地球の引力は、私だけじゃなくて……このロケットまでも縛り付けるの……
***
発令所へ向かう中、ライトはロケットへの制御回路に繋いでいる配線などを確認していたが、どこにも異常は見当たらなかった。
おかしい所や異変な所は無い、か?
発令所に着くと、すぐさま発射スイッチを確認した。
スイッチのすぐ隣に設置されているランプには、明かりが灯っている。
確かに、スイッチは入っているようだった。
発射実験の時は、このスイッチを入れた一時間後に、ロケットは発射した。
試しにと、もう一度スイッチを入れ直す。
増え続けていたカウントはリセットされ、再びカウントが開始された。
もしまた、これでロケットが点火しないとなると、問題はロケット本体にあるのではと考えが浮かんだ時だった。
と、轟音が響いてきた。
この音は!
すぐに思い当たった。
その音は、ロケットのエンジンがジェット噴射を行っている音。
てっことは!
ミサイルは、厳重に保管されていたとは言え、百年近くも放置されていた。
外見は綺麗でも、中身は劣化していたのだろう。
燃料の推進剤の一部が風化で劣化し、燃焼し難くなっていた。
それが時間を置いて、点火したのだ。
ライトは、ミサイル発射管室へと早急に引き返した。
***
あっ! ロケットがっ!
ミサイル発射管室に着くと、ロケットのノズルから噴煙を吐き出し、機体はガタガタと振動していた。
噴煙量が増し、室内に煙が充満する。
ライトはまだ乗れるのではと判断し、慌ててロケットへと向かおうと足を一歩踏み出した瞬間、
ロケットの下部…噴射口から爆音と共に爆発したかのような炎が噴出し――
ゆっくりと機体が浮き上がったと思うと、すぐに凄まじい速度で真っ直ぐ飛び上がった。
ルナッッッッーーーーー!
っ!
うわっ!?
完全にロケットは発射し、ライトの叫び声はジェットエンジンが生み出した衝撃音と高熱の爆風でかき消され、そして凄まじい突風となりてライトを襲い、後方へ吹き飛ばした。
ロケットはミサイルハッチから勢い良く飛び出し、強大な炎と煙を噴出しながら、音よりも速いスピードで天高く舞い上がった。
やがてロケットの機体は、地上から肉眼では見えなくなるほど小さくなり、空に溶けていくかのように消えていった。
跡に残るのは縦に棚引くロケットロード(一筋の煙の柱)だけだった。それをライトは艦上に出て確認した。
打ち上げは成功したのだった。
一方、ルナの姿は何処にもなかった。
あのロケットの中にルナが乗っていると判断した。
待ってろよ!
俺も、絶対に、そこに行くからな!
約束だぞ!
ライトの叫び声は、もう見えなくなるほどに離れたロケットには届いていないだろう。だけどライトは、何度も先ほどの台詞を叫んだ。叫び続けた。
そして大の字になって、その場に倒れ込んだ。
大空を見つめ、枯れた声で一足先に宇宙へ行ったルナに投げかけた。
着いたか……宇宙に
***
!?
ロケットの発射から、八分経過した頃だった。ルナの体が浮き上がった
大気圏を越え、重力の呪縛から解き放たれたのだ。
百年ぶりに感じたその感覚は懐かしく、妙に新鮮だった。
ベルトを外し、ゆっくりと扉を開けた。
完全に密閉していなかった為にキャビン内の空気は漏れていたが、ルナには関係無いことだった。
扉を開けた先は、星が点在する暗黒の空間。
ルナは、その空間へと身を投げ出した。
やはり宇宙空間でも平然としていられた。
漂いながら振り返ると、そこに地球の姿があった。
その地球は、かつて見ていたような青い星の面影もなく、地球の表面はデコボコの大地で覆われていた。
それはまるで、かつての自分……月のようだった。
ルナは少しずつ遠ざかっていく地球に、そっと両手を伸ばした。
地球を、あんな風にしてしまったのは私。
もし、私が女神ならば……地球を元に戻して欲しい……アランと出逢った頃の地球に
***
ロケットの発射から三日後だった。
地球の空に、月が現れたのは―――