厨房の中に入った途端、ショウコが思わずといった様子で感嘆の声を上げ、アキラとアサヒは声こそ出さなかったものの、目の前の光景にただただ目を奪われていた。
うわぁっ……
厨房の中に入った途端、ショウコが思わずといった様子で感嘆の声を上げ、アキラとアサヒは声こそ出さなかったものの、目の前の光景にただただ目を奪われていた。
それもそのはず。
何せ三人の目の前には、さまざまな形をした機械たちが、あるいは豪快に食材を粉々に砕いたり、あるいは職人顔負けなほどに見事に魚をさばいたり、あるいは三ツ星レストラン並みに繊細な盛り付けをしたりと、なかなか興味をそそられる光景が広がっていたのだ。
に……日本の技術もすげぇな……
ごくり、と喉を鳴らしながら言うアキラに、アサヒとショウコはツッコむことも忘れてうなずいた。
と、そこへメーティスから三人へ声が掛けられる。
この船に搭載されている調理ロボットは日本製だけでなく、インド、アメリカ、ロシアなど、ロボット技術の先進国から取り寄せられています
さらに衛生面にも十分注意しており、食材や食器などに雑菌が付着しないように機械全体を防菌性のナノシートで完全にコーティングし、さらには強力な紫外線を食器や食材に常時照射し、部屋全体にも定期的に照射することで完全な殺菌も実現しています
しきりに感心する三人を、メーティスはどこか得意げな声音で促した。
それではどうぞ、ご自由に見学してください
その言葉に、アキラたちは一瞬だけ顔を緊張させてお互いに顔を見合せると、それぞれに厨房の中へと散らばっていった。
そうして三人は、メーティスにそれと悟られないように、慎重に目的の通路へと移動していく。そして……
まずは俺が先に中に入る……。二人は作戦通り、少しあとに俺を探すふりをして中に入ってくれ……
できるだけ声をひそめてショウコとアサヒに囁いたアキラは、そっと周囲を見回してから、静かに通路の中へと滑り込んだ。
よし!
まずはひと段落、とアキラが通路の入り口を振り返った瞬間だった。
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
突如けたたましい音が鳴り響き、同時にメーティスの鋭い警告が届いた。
進入禁止エリアへの立ち入りを確認しました!
該当者は直ちに戻ってください!
警告に従わない場合、強制的に排除します!
同時に、それまで忙しそうに調理をしていたロボットたちの目が赤く輝き、一斉にアキラたちのほうを振り向いた。
繰り返します!
直ちに進入禁止エリアから退出してください!
繰り返される警告に、アサヒとショウコが慌てたようにアキラを見る。
二人のその縋るような目に、アキラは一瞬だけ考え、判断を下した。
ショウコ!
アサヒ!
早く来いっ!!
その切羽詰ったよな声に、二人は一瞬だけ顔を見合わせた後、すぐさまアキラのいる通路へと飛び込んだ。
直後に鉄同士が擦れる耳障りな音を立てながら、厨房にいたロボットたちが一斉に三人がいる通路へと詰め寄ってきたのを目にしたアキラは、アサヒとショウコ、二人の手を掴んで一気に走り出した。
走るぞ!
一瞬バランスを崩しながらも、どうにか体勢を立て直した二人は、すぐさまアキラに追いつき、三人は狭い通路を走り始めた。
後ろから機械たちが追いかけてくる音を聞きながら、アキラたちは通路を必死に走る。
そんな中、意外に体力があるショウコが走りながらアキラに訊いた。
ねぇ……
やっぱり素直に戻るべきだったんじゃ……
このままじゃ私たち……
いや……駄目だっただろうな……
なんで……?
ここまで必死にメーティスの奴が俺たちを追いかけてくるってことは、ここは重要な場所なんだ……
それが外への道なのかは分からないけど……、その可能性も出てきた……
けど、さっき警告が飛んだときに俺たちが戻ってたら、ここは封鎖されて二度とは入れなくなっていたはずだ……
多分……、今が最初で最後のチャンスなんだ
外へと出るための……
そう……だね……
しぶしぶといった様子で、それでも納得したように頷いたショウコは、それきり口を閉じると、前を見据えて走り続けた。
そうしてどのくらいの時間が経っただろう。
先が見えない通路を延々と三人が走り続けて、そろそろ息も切れ始めたときだった。
ぶんっ、とまるで虫が耳元を飛んで行ったような音が聞こえたかと思うと、直後にアサヒが短く悲鳴を上げた。
うぐっ……っ!?
アサヒ!?
驚きながら肩越しにアキラが振り返ると、薄暗い通路の数メートル後方を追いかけてきていた機械たちが、ボウガンのようなもので三人を狙っている光景と、その飛んできた何かが当たったのだろう、足を庇うようにするアサヒの姿があった。
大丈夫か!?
四之宮君!?
慌てて立ち止まろうとするアキラとショウコを、アサヒは微笑みながら制した。
大丈夫……
ちょっと足に矢が掠めただけだから……
眉根を寄せながらそういうアサヒに、アキラが心配そうにしながら肩を貸そうとする。
しかし、アサヒはそれを首を振って断ると、ゆっくりと前方を指差した。
それよりももう少しで出口だ……
けど、早く行かないと……扉が閉まっちゃうよ……
急ごう、と気丈に言うアサヒが言うとおり、少し先には白い光をこぼす扉があるが、左右から真ん中へとゆっくりとしまりつつあった。
このままでは、あと数秒もすれば完全に扉は閉じてしまうだろうことは目に見えている。
一瞬だけ悩むそぶりを見せたアキラは、悔しそうに派を食いしばると、アサヒの手を引いて立ち上がる。
急ごう、ショウコ……
アサヒは俺が引っ張っていくから……
こくん、とショウコが頷いたのを確認して、後ろから機械たちが放つ矢がどんどん飛んでくる中、三人はしまりつつある扉を目指して再び走り始めた。
そうして程なくして、無事にショウコが扉をくぐり、続いてアキラもアサヒを引っ張ったまま扉を通過しようとした、まさにその瞬間。
とん、とアサヒがアキラの背中を突き飛ばして扉の向こうに押しやった。
っ!?
一瞬戸惑ったアキラが、すぐさまアサヒに手を伸ばすが、無情にも扉がそれを阻む。
アサヒ!?
重い音を立てて閉じきってしまった扉越しにアキラが叫ぶと、向こう側からアサヒのくぐもった声が聞こえてきた。
ごめん……
僕は一緒には行けない……
どうして!?
実は……さっき走ってるときに……
矢が足に刺さってしまったんだ……
それ以外にも何箇所かやられたんだ……
嘘……だろ……!?
僕はここまでのようだけど……
二人は必ず生き延びて……
そして、無事に外に出てくれ……
そんな遺言みたいなこと言うなよ!
今開けてやるから……!
言うなり、扉に取り付き、こじ開けようとするも、重たい鋼鉄の扉はびくともしない。
そうする間にも、矢が扉に当たり甲高い音を立て、その度にアサヒのくぐもった悲鳴が聞こえる。
うぐっ……!?
一緒に行けなくて……ごめん……
その直後、一際大きな生々しい音が聞こえ、同時に扉の向こうで何かが――アサヒが倒れる音が聞こえてきた。
そして……
じわり、と扉の隙間から紅い血がもれ出てきた瞬間、アキラは大きく目を見開くと、扉にすがり付いて慟哭した。