第十話  コンビニまで500メートル

案外おだやかに正月は終わった。

いらっしゃいませー

考えてみれば……

おととし、お袋が死んで。
去年の俺は一人で、正月だからといって普段と何も変わらない、けだるい一日を過ごしていた。

それまでの正月は、貧乏なりにきちんとした正月だった。

何としても朝から雑煮を食わそうとするおふくろがうざいことこの上なく、
彼女ができた年なんか、もうマジ正月から仕事行ってくんねぇかなと思っていた。


だが、いざお袋がいなくなってみると、正月という日は驚くほど静かで、
全くなにもすることがない一日だった。

俺は胸んなかにぽっかり空いた何かを直視したくなくて、
必死になっていつも通りのルーティンを守ろうとしていたように思う。

それがたった一年で、こんな騒がしい正月に変わるなんてな

コンビニでカップ麺を買っていた2015年の俺は、今日の俺をほんの少しでも想像できただろうか。

でも、現実を直視していないのは、あの時も今も、同じなのかも

俺の頭んなかに、ここ一か月のいくつかの光景がよみがえっている。

あの……一つだけ

あれは12月のはじめ。ファミレスに種村さんを呼び出した俺は、さんざんどうでもいい雑談をした後、最後に切り出した。

一つだけ、確認しておきたいことがあって

はい

種村さんは予想していたように、カップを置いた。

ジルのこと……あの、ジルのことなんすけど

ええ

あいつは俺のオヤジじゃ、ないッスよね

は………?

種村さんはまじまじと俺を見た。

いや、すいませんヘンなこと聞いちゃって。いや、無いだろうなとは思ってるんすけど、
ほら、俺これまで自分がハーフだなんて思ったことないし。ジルみたいに顔も整ってないし。
うちのカーチャン超俗物だから、ジルみたいな人外に惚れるなんてありえないし

………

ないないないないって思うんすけど、だからといって俺、オヤジの顔写真でしか見たことなくて、
だからひょっとしたらって。

ジルが眠りについたのも25年前だって言うし、オヤジも失踪したのも25年前だし、
ジルを巡ってってことなら、おふくろとバーサンの確執もなんとなくつじつまが合うかなって……

無い

無いですよね、でもなんとなく俺たちノリが合うっていうか、ジルがおやじなら許せ、えっ

無いです。ジルはあんたの父上じゃない。

あ……

そうですか、と言いながら、俺の肩は自分でもわかるくらいがっくりと下がっていった。

父親だったらいいなと思った?

…………

意地の悪い質問に、俺はギっと種村さんを睨む。

……そりゃ、女房と子供を捨てていきなり失踪した金持ちのボンボンより、
25年間寝ていただけの吸血鬼のほうがいいじゃないですか

……それに、ジルはいい奴だしね

種村さんはうっすらと微笑んで、コーヒーを呑んだ。

昔から人が良くて優しいやつで、だから周りにたくさん人が集まった。
あなたのお父さんも、ジルが好きだった

!?

あ、そういう方向の好きじゃないけど

…よかった……

でも、親父とジルにつながりがあったのは初耳だった。
まあ、ジルがオヤジ本人ではないと分かったから、もうどーでもいいんだけど。

25年前に何があったか、聞かないね

痛いところを突かれた。

ま、聞かれても俺も知らないんだけど

種村さんが肩をすくめた。

25年前、いつも通り月光館に遊びに行ったらジルがいきなり棺桶に入ってて、
夜子さんに、もう二度とここに来るなと言われた。

松彦さんが行方不明になってるのを知ったのはそれから随分後だったな。
その後もいろいろ嗅ぎまわったんだけど、
なんせ夜子さんが一切口をつぐんでいるものだから、調べても結局行き止まりでね。

そう、だったんだ。
俺の脳裏に、ジルが七星に言った〝宿題”、という言葉がよみがえる。

ジルは、もちろんすべてを知ってる。あんたが聞けば、きっと話してくれると思うんだが

種村さんは聞かないんですか

俺はジルから話してくれるのを待ってる。昔も今も、俺はあのオトコの役に立ちたくてうずうずしてるんだ

…………ほんとは、ジルと組んで、俺に内緒で動いてたりして

いや、今のところは何も。
でも、もしもジルに頼まれたら、もちろん俺は喜んでそうするけどね。

にこやかに宣言され、俺はそれきり、ばかばかしくなってその話を止めた。



あれから、山ほど時間とチャンスがあったけど、俺はジルに何も聞いていない。
聞いて、何かが変わるのがイヤだった。

あー、アイアンマッスル、もう2、3本くらいしかなかったっけ……

ジル愛飲のドリンクをポイポイと買い込む。
行きつけのコンビニ「アスカセラーズ」で買うのは、ほとんど毎日決まったものばかりだ。


ジルの鉄分ドリンクとサプリメント、自分の食い物(この店は何故か寿司が旨い)と、お菓子やおつまみ。
あとエロ本、と。

福袋……この店の福袋って何入ってんのか予想もつかんな……

何せ木の杭だの、剣だのがふつうに売られてる店ですし。

いや、だからこそ買っておくべきか

俺は一番小さい福袋を手に取った。
これを持って帰ったら、間違いなくジルがワクテカするだろう。

なになになになに、何が入っているんだアマネ!?

余計な期待に胸をふくらませすぎて、しおしおとしぼむ顔も想像できる。

↑ヅラ?

なぜ福袋なのに【ピーーーーー】が入っているのだ!
ハッピーが入っている袋なのに【ピーーーーーー】が入っているなんて!!

こういう。

今のゆるい状態が心地よくて、ちょうどよくて。

ジルに余計なことを聞いて、何かを変化させたくない。

何より自分の気持ちを、揺らされたくなかった。

でも、正月に種村さんが来た時、オヤジの居場所がどうとかって言ってたし……

258円が4点~、198円が1点~

うん、よし、やっぱりジルに聞こう。
いつまでもぐずぐず考えてるだけじゃだめだ

合計で2290円になります~

あ、はい

いつもそのドリンクを買ってらっしゃいますね

不意に誰かに話しかけられ、俺は顔を上げた。

隣に並んでいるやたらとキレイな男が、にっこりと俺に微笑みかけていた。

ご家族に、どなたか吸血鬼でも?

第十話 コンビニまで500メートル

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