しくしく
俺には特別な能力がある。
普通の人には見えない物を
見る事ができるという──な
その能力が原因で、
この世ならざる者たちを
引き寄せてしまうのね?
ああ、困ったものだ。
この能力は神に科せられた
罰なのだろうか──
(このラノベ……。
表紙が気に入ったから買ったけど、
思った以上に中二病色が濃いなぁ)
(あーあ。
本屋を覗くたびに
新しいラノベ買っちゃうから、
いつも財布の中身が寂しいよ)
はあ……。
小遣いあげてもらおうかなぁ
急にどうした?
小遣いが足りないのか?
うん、色々と入り用でね……
でも、この間も小遣いを
あげてもらったばかりだろ。
難しいんじゃないか?
やっぱりそうだよね。
どうしようかなぁ
なんだったら
兄ちゃんが貸してやるけど
うーん……いや、いいよ。
返せなくてズルズルいきそうだし
そうか……。
だったらバイトをしたらどうだ?
えっ!
うちの学校バイト禁止でしょ?
教師の兄ちゃんが勧めていいの?
放っておいたら、
王子が金持ちのおじさんから
金銭的援助を受け始めるかも
しれないだろ
そんなの受けないよ!
(でも、バイトかぁ。
いいかもしれないな)
(今日は××先生の新刊発売日!
初回限定版には
小冊子が付いてくるから、
絶対に手に入れないと!)
(あっ!
BLエリアに平積みされてる!
この本屋さん、わかってる~♪)
いらっしゃいま……
あっ、藤吉さん
BL王子!
どうして本屋の店員さんの
エプロンを着けてるんですか?
あ、これは……
まさか万引きに失敗して、
『身体で払え!』って
言われたとか?!
ち、違うよ
馬鹿ですねぇ、BL王子は。
どうせ身体で払うなら、
もっとBL的に
美味しい手段があるのに
藤吉さんは俺をなんだと
思ってるのかな?
……と、いうのは冗談として。
ここでバイトしてるんですか?
うん、そうなんだ。
うちの学校バイト禁止だから、
みんなにはナイショだよ?
はい!
責田くんと、生徒会長さんと、
番長さんと、二里我くんと、
えーと、それからうちの弟には
絶対に言いません!
藤吉さん……。
絶対その人たちにバラすでしょ
失礼ですね!
うちの弟にだけは
本当に言いませんよ!
他の人には言うんだね
おい、お客様と立ち話をするな
あ、すみません
お仕事の邪魔しちゃって
ごめんなさい。
もう行きますね
うん!
またね、藤吉さん!
友達であっても、
お客様にタメぐちを利くな。
他のお客様が変に思うだろう
は、はい……。
気をつけます
それじゃあ、また!
お仕事がんばってくださいね!
うん、ありがと……
(チラッ)
じゃなかった。
はい、ありがとうございます!
(ふぅ、疲れたなぁ)
お疲れ。
もう仕事には慣れたか?
あ、お疲れ様です。
だいぶ慣れてきました
そうか。
それなら良かった
(いつもは仏頂面だけど、
たまに見せる笑顔が
びっくりするくらい爽やかだな)
どうした?
俺の顔に何か付いているのか?
いえ、別に……。
そういえば
御曹 司(みぞう つかさ)さんは、
正社員なんですよね。
ここに勤めて長いんですか?
いや、美家が入る少し前に
ここに来たんだ。
親父から『現場で勉強をしてこい』
と言われてな
親父……?
現場??
知らなかったのか?
俺はこの会社の、
社長の息子なんだよ
えっ!
うちの店って全国展開されていて、
かなり大きい会社ですよね?
まあ、大きい部類には
入るだろうな
すごいなぁ。
御曹さんって御曹司(おんぞうし)
だったんですか……
御曹司、か……。
その呼ばれ方は
あまり好きじゃないな
あ、ごめんなさい
いや、いいんだ。
俺を御曹司と呼んで
まとわりつく女がわんさかいて、
嫌気が差していただけだから
(今の……
自慢に聞こえたんだけど、
俺の考えすぎかな)
まあもっとも金だけではなく、
俺の顔が良すぎることにも
原因があるようだが
(あ、これはもう
はっきりとした自慢だ)
なんだ?
さっきから黙って。
俺に文句でもあるのか?
い、いえ。
自信があるのって
すごい事だなあと思って
フン、
おだてられたくらいで
簡単になびく男じゃないぞ
はい?
お前が御曹司と言ったのも、
どうせ俺の身体と金が
目当てなんだろう
あんた頭大丈夫ですか?
何だと?
社長の息子に対して
ずいぶんな口を利くんだな
あっ、すみません。
我慢できずについ口に
出してしまいました……
わかったぞ。
その生意気な態度も、
すべて俺の気を引くためだな?
(これ以上、この人と
関わらない方が
いい気がしてきた)
あの……。
もう俺、帰りますね?
それじゃお疲れ様でした!
(はあ……。
なんなんだあの人は)
(ん?
なんでこんな所に
高級車が停まってるんだ?)
フン、早くも俺の車を
見つけてしまうとはな
えっ、御曹さんの
車なんですか?
白々しい。
俺に送って欲しくて
車を見ていたのだろう?
そ、そんなこと思ってませんよ
いいだろう、送ってやる。
……乗れ
別に送らなくても
いいですけど……
素直じゃないな。
男のツンデレは流行らないぞ?
誰がっ! いつっ!
ツンとデレをしました?!
いいから車に乗れ。
さもないと時給を下げるぞ
(時給ッッッ!!)
しくしく
うう、ひどすぎる……
どうした?
泣くほど嬉しいのか?
違いますよ!
あんたの横暴さに
怒ってるんです!
怒っているのに涙が出るのか。
変な奴だな
変な奴で悪かったですね。
時給を盾にとる横暴な社員の
言い成りになってる自分が、
情けなくて涙が出たんですよ……
そうか、俺が泣かせて
しまったんだな……。
時給で釣るような
真似をして悪かったよ
えっ?
い、いや別にいいですけど
(素直に謝るなんて
意外だ……)
お詫びに美家の時給を
上げるように言っておこう
あんたのそういう所が
駄目なんですってば!!
ただし、
俺に一晩付き合うというのが
条件だ
しくしく
話聞いてないし……。
最悪だこの人……。
うう……
なんだ? 一晩じゃ不満なのか?
恋人になって昼夜問わず
甘えたいだなんて、
とんだワガママ坊やだな
…………
黙るなよ。
全部冗談だから
どこからどこまでが
冗談なんですか
フン、そうだな……
キッ……
どうしたんですか?
車を道路脇に停めたりして
美家……
な、なんで
覆い被さってくるんですか?
お前を俺のものにしたい
はい?
これだけは冗談じゃない。
相手の瞳に
自分だけを映らせたい……
こんな気持ちになったのは初めてだ
あのー……。
急にキャラ変わってますけど、
どうしたんですか?
うるさい、少し黙れ……
んっ!
ちゅっ……ちゅ……
んんっ……!
(角度を変えて
キスしてくるなーっ!!)
美家?
ハァッ……ハァッ……。
何考えてんですかあんた!
お前があの店にバイトとして
入ったあの日……。
初めて見た瞬間から、
お前の事だけを考えている
『何考えてんですか』
っていうのは、
そういう事を聞きたかった
わけじゃないです
はあ……。
俺が男に次々と迫られるのも、
ある種の異能力なんだろうか
自慢か?
自慢じゃないです!
愚痴をこぼしてるんです!!
愚痴……だと?
この俺に迫られて
光栄だとは思わないのか?
あんたのその自信は
どこからくるんだ
顔もスタイルも家柄も
申し分は無い。
その上、頭脳明晰で性格もいい
俺のようないい男は、
世界中どこを探しても
いないだろう?
つっこむのも疲れたので、
もう帰ってもいいですか?
何を言っている。
お前は俺にベッドで
つっこまれる側だろう
下品だっ!
この人、おぼっちゃんのくせに
すごく下品だっっ!!
うるさい口を塞いで欲しくて
わざと騒いでいるのか?
んなわけないでしょう!
んっ……!
チュ、チュッ……
ま、またっ……!
やめっ……んんっ……
(ヤバイ……。
身体の力が抜けて、き……)
じぃ~っ……
藤吉さん?!
何だ……?
この、ウィンドウガラスに
顔をぴったりと
くっつけている女は?
あ!
私には構わず、
どうぞ続けてくださーい!
わかった
アホかあんたは!
ほらほら、人に見られてるんだから
やめましょうよ!
フン、仕方ないな
はあ、やっと解放された……
どうして車から
出てきちゃうんですか!?
藤吉さんのお蔭で助かったよ。
ありがとう
藪から棒にお礼ですか?
藪から棒の使い方を
間違ってない?
だってお礼を
言われるような事は
何一つしてませんよ?
(これ謙遜(けんそん)してる
わけじゃなくて、
本気で言ってるんだろうなぁ)
おい、そこの女
なんでしょう?
よくも邪魔をしてくれたな。
もう少しで美家を俺のものに
できるところだったのに
なんてこと言い出すんだこの人
私が……二人の邪魔を……?
そうだ。
お前が覗いたりするから、
その気になっていた美家の気分が
萎えてしまったじゃないか
その気になってません!
そんな……っ!
私の存在がBLという美しき
川の流れをせき止めたなんて!!
あの、藤吉さん?
ショック受けてるみたいだけど、
俺はすごく感謝してるからね?
そんな慰めの言葉はいりません。
私は、私自身を許すことが
できないんです……
さっきから何を言ってるんだ
この女は。
頭は大丈夫なのか?
藤吉さんもあんたには
言われたくないでしょうね……
BL王子!!
は、はい!
私……腐女子としての自分を
見つめ直すために、
山へ修行に行きます
腐女子って、
山で修行したら
見つめ直せるものなの?
山で修行して駄目だったら、
海に行きます!
サヨナラーッ!!
待って藤吉さん!!
……って、
もうあんなに遠くに!!
この辺には山も海も無いが、
あの女はどこへ行く気なんだ?
とかなんとか言いながら、
肩に手を置かないで下さいよ
痛っ……手を叩き落すなよ。
俺を好きなんだから
これくらい良いだろ?
アホなことぬかしてないで、
藤吉さんを追いかけるの
手伝ってください!
フン、仕方ないな。
そういう理由付けをしなければ、
俺の車に乗れないというのなら……
いいから早く!!