俺には特別な能力がある。
普通の人には見えない物を
見る事ができるという──な

 

その能力が原因で、
この世ならざる者たちを
引き寄せてしまうのね?

ああ、困ったものだ。
この能力は神に科せられた
罰なのだろうか──

美家 王子(びいえ おうじ)

(このラノベ……。
表紙が気に入ったから買ったけど、
思った以上に中二病色が濃いなぁ)

美家 王子(びいえ おうじ)

(あーあ。
本屋を覗くたびに
新しいラノベ買っちゃうから、
いつも財布の中身が寂しいよ)

美家 王子(びいえ おうじ)

はあ……。
小遣いあげてもらおうかなぁ

美家 騎士(びいえ ないと)

急にどうした?
小遣いが足りないのか?

美家 王子(びいえ おうじ)

うん、色々と入り用でね……

美家 騎士(びいえ ないと)

でも、この間も小遣いを
あげてもらったばかりだろ。
難しいんじゃないか?

美家 王子(びいえ おうじ)

やっぱりそうだよね。
どうしようかなぁ

美家 騎士(びいえ ないと)

なんだったら
兄ちゃんが貸してやるけど

美家 王子(びいえ おうじ)

うーん……いや、いいよ。
返せなくてズルズルいきそうだし

美家 騎士(びいえ ないと)

そうか……。
だったらバイトをしたらどうだ?

美家 王子(びいえ おうじ)

えっ!
うちの学校バイト禁止でしょ?
教師の兄ちゃんが勧めていいの?

美家 騎士(びいえ ないと)

放っておいたら、
王子が金持ちのおじさんから
金銭的援助を受け始めるかも
しれないだろ

美家 王子(びいえ おうじ)

そんなの受けないよ!

美家 王子(びいえ おうじ)

(でも、バイトかぁ。
いいかもしれないな)

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

(今日は××先生の新刊発売日!
初回限定版には
小冊子が付いてくるから、
絶対に手に入れないと!)

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

(あっ!
BLエリアに平積みされてる!
この本屋さん、わかってる~♪)

美家 王子(びいえ おうじ)

いらっしゃいま……
あっ、藤吉さん

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

BL王子!
どうして本屋の店員さんの
エプロンを着けてるんですか?

美家 王子(びいえ おうじ)

あ、これは……

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

まさか万引きに失敗して、
『身体で払え!』って
言われたとか?!

美家 王子(びいえ おうじ)

ち、違うよ

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

馬鹿ですねぇ、BL王子は。
どうせ身体で払うなら、
もっとBL的に
美味しい手段があるのに

美家 王子(びいえ おうじ)

藤吉さんは俺をなんだと
思ってるのかな?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

……と、いうのは冗談として。
ここでバイトしてるんですか?

美家 王子(びいえ おうじ)

うん、そうなんだ。
うちの学校バイト禁止だから、
みんなにはナイショだよ?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

はい!
責田くんと、生徒会長さんと、
番長さんと、二里我くんと、
えーと、それからうちの弟には
絶対に言いません!

美家 王子(びいえ おうじ)

藤吉さん……。
絶対その人たちにバラすでしょ

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

失礼ですね!
うちの弟にだけは
本当に言いませんよ!

美家 王子(びいえ おうじ)

他の人には言うんだね

おい、お客様と立ち話をするな

美家 王子(びいえ おうじ)

あ、すみません

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

お仕事の邪魔しちゃって
ごめんなさい。
もう行きますね

美家 王子(びいえ おうじ)

うん!
またね、藤吉さん!

友達であっても、
お客様にタメぐちを利くな。
他のお客様が変に思うだろう

美家 王子(びいえ おうじ)

は、はい……。
気をつけます

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

それじゃあ、また!
お仕事がんばってくださいね!

美家 王子(びいえ おうじ)

うん、ありがと……

(チラッ)

美家 王子(びいえ おうじ)

じゃなかった。
はい、ありがとうございます!

美家 王子(びいえ おうじ)

(ふぅ、疲れたなぁ)

お疲れ。
もう仕事には慣れたか?

美家 王子(びいえ おうじ)

あ、お疲れ様です。
だいぶ慣れてきました

そうか。
それなら良かった

美家 王子(びいえ おうじ)

(いつもは仏頂面だけど、
たまに見せる笑顔が
びっくりするくらい爽やかだな)

どうした?
俺の顔に何か付いているのか?

美家 王子(びいえ おうじ)

いえ、別に……。
そういえば
御曹 司(みぞう つかさ)さんは、
正社員なんですよね。
ここに勤めて長いんですか?

御曹 司(みぞう つかさ)

いや、美家が入る少し前に
ここに来たんだ。
親父から『現場で勉強をしてこい』
と言われてな

美家 王子(びいえ おうじ)

親父……?
現場??

御曹 司(みぞう つかさ)

知らなかったのか?
俺はこの会社の、
社長の息子なんだよ

美家 王子(びいえ おうじ)

えっ!
うちの店って全国展開されていて、
かなり大きい会社ですよね?

御曹 司(みぞう つかさ)

まあ、大きい部類には
入るだろうな

美家 王子(びいえ おうじ)

すごいなぁ。
御曹さんって御曹司(おんぞうし)
だったんですか……

御曹 司(みぞう つかさ)

御曹司、か……。
その呼ばれ方は
あまり好きじゃないな

美家 王子(びいえ おうじ)

あ、ごめんなさい

御曹 司(みぞう つかさ)

いや、いいんだ。
俺を御曹司と呼んで
まとわりつく女がわんさかいて、
嫌気が差していただけだから

美家 王子(びいえ おうじ)

(今の……
自慢に聞こえたんだけど、
俺の考えすぎかな)

御曹 司(みぞう つかさ)

まあもっとも金だけではなく、
俺の顔が良すぎることにも
原因があるようだが

美家 王子(びいえ おうじ)

(あ、これはもう
はっきりとした自慢だ)

御曹 司(みぞう つかさ)

なんだ?
さっきから黙って。
俺に文句でもあるのか?

美家 王子(びいえ おうじ)

い、いえ。
自信があるのって
すごい事だなあと思って

御曹 司(みぞう つかさ)

フン、
おだてられたくらいで
簡単になびく男じゃないぞ

美家 王子(びいえ おうじ)

はい?

御曹 司(みぞう つかさ)

お前が御曹司と言ったのも、
どうせ俺の身体と金が
目当てなんだろう

美家 王子(びいえ おうじ)

あんた頭大丈夫ですか?

御曹 司(みぞう つかさ)

何だと?
社長の息子に対して
ずいぶんな口を利くんだな

美家 王子(びいえ おうじ)

あっ、すみません。
我慢できずについ口に
出してしまいました……

御曹 司(みぞう つかさ)

わかったぞ。
その生意気な態度も、
すべて俺の気を引くためだな?

美家 王子(びいえ おうじ)

(これ以上、この人と
関わらない方が
いい気がしてきた)

美家 王子(びいえ おうじ)

あの……。
もう俺、帰りますね?
それじゃお疲れ様でした!

美家 王子(びいえ おうじ)

(はあ……。
なんなんだあの人は)

美家 王子(びいえ おうじ)

(ん?
なんでこんな所に
高級車が停まってるんだ?)

御曹 司(みぞう つかさ)

フン、早くも俺の車を
見つけてしまうとはな

美家 王子(びいえ おうじ)

えっ、御曹さんの
車なんですか?

御曹 司(みぞう つかさ)

白々しい。
俺に送って欲しくて
車を見ていたのだろう?

美家 王子(びいえ おうじ)

そ、そんなこと思ってませんよ

御曹 司(みぞう つかさ)

いいだろう、送ってやる。
……乗れ

美家 王子(びいえ おうじ)

別に送らなくても
いいですけど……

御曹 司(みぞう つかさ)

素直じゃないな。
男のツンデレは流行らないぞ?

美家 王子(びいえ おうじ)

誰がっ! いつっ!
ツンとデレをしました?!

御曹 司(みぞう つかさ)

いいから車に乗れ。
さもないと時給を下げるぞ

美家 王子(びいえ おうじ)

(時給ッッッ!!)


しくしく

美家 王子(びいえ おうじ)

うう、ひどすぎる……

御曹 司(みぞう つかさ)

どうした?
泣くほど嬉しいのか?

美家 王子(びいえ おうじ)

違いますよ!
あんたの横暴さに
怒ってるんです!

御曹 司(みぞう つかさ)

怒っているのに涙が出るのか。
変な奴だな

美家 王子(びいえ おうじ)

変な奴で悪かったですね。
時給を盾にとる横暴な社員の
言い成りになってる自分が、
情けなくて涙が出たんですよ……

御曹 司(みぞう つかさ)

そうか、俺が泣かせて
しまったんだな……。
時給で釣るような
真似をして悪かったよ

美家 王子(びいえ おうじ)

えっ?
い、いや別にいいですけど

美家 王子(びいえ おうじ)

(素直に謝るなんて
意外だ……)

御曹 司(みぞう つかさ)

お詫びに美家の時給を
上げるように言っておこう

美家 王子(びいえ おうじ)

あんたのそういう所が
駄目なんですってば!!

御曹 司(みぞう つかさ)

ただし、
俺に一晩付き合うというのが
条件だ


しくしく

美家 王子(びいえ おうじ)

話聞いてないし……。
最悪だこの人……。
うう……

御曹 司(みぞう つかさ)

なんだ? 一晩じゃ不満なのか?
恋人になって昼夜問わず
甘えたいだなんて、
とんだワガママ坊やだな

美家 王子(びいえ おうじ)

…………

御曹 司(みぞう つかさ)

黙るなよ。
全部冗談だから

美家 王子(びいえ おうじ)

どこからどこまでが
冗談なんですか

御曹 司(みぞう つかさ)

フン、そうだな……

キッ……

美家 王子(びいえ おうじ)

どうしたんですか?
車を道路脇に停めたりして

御曹 司(みぞう つかさ)

美家……

美家 王子(びいえ おうじ)

な、なんで
覆い被さってくるんですか?

御曹 司(みぞう つかさ)

お前を俺のものにしたい

美家 王子(びいえ おうじ)

はい?

御曹 司(みぞう つかさ)

これだけは冗談じゃない。
相手の瞳に
自分だけを映らせたい……
こんな気持ちになったのは初めてだ

美家 王子(びいえ おうじ)

あのー……。
急にキャラ変わってますけど、
どうしたんですか?

御曹 司(みぞう つかさ)

うるさい、少し黙れ……

美家 王子(びいえ おうじ)

んっ!

御曹 司(みぞう つかさ)

ちゅっ……ちゅ……

美家 王子(びいえ おうじ)

んんっ……!

美家 王子(びいえ おうじ)

(角度を変えて
キスしてくるなーっ!!)

御曹 司(みぞう つかさ)

美家?

美家 王子(びいえ おうじ)

ハァッ……ハァッ……。
何考えてんですかあんた!

御曹 司(みぞう つかさ)

お前があの店にバイトとして
入ったあの日……。
初めて見た瞬間から、
お前の事だけを考えている

美家 王子(びいえ おうじ)

『何考えてんですか』
っていうのは、
そういう事を聞きたかった
わけじゃないです

美家 王子(びいえ おうじ)

はあ……。
俺が男に次々と迫られるのも、
ある種の異能力なんだろうか

御曹 司(みぞう つかさ)

自慢か?

美家 王子(びいえ おうじ)

自慢じゃないです!
愚痴をこぼしてるんです!!

御曹 司(みぞう つかさ)

愚痴……だと?
この俺に迫られて
光栄だとは思わないのか?

美家 王子(びいえ おうじ)

あんたのその自信は
どこからくるんだ

御曹 司(みぞう つかさ)

顔もスタイルも家柄も
申し分は無い。
その上、頭脳明晰で性格もいい

御曹 司(みぞう つかさ)

俺のようないい男は、
世界中どこを探しても
いないだろう?

美家 王子(びいえ おうじ)

つっこむのも疲れたので、
もう帰ってもいいですか?

御曹 司(みぞう つかさ)

何を言っている。
お前は俺にベッドで
つっこまれる側だろう

美家 王子(びいえ おうじ)

下品だっ!
この人、おぼっちゃんのくせに
すごく下品だっっ!!

御曹 司(みぞう つかさ)

うるさい口を塞いで欲しくて
わざと騒いでいるのか?

美家 王子(びいえ おうじ)

んなわけないでしょう!
んっ……!

御曹 司(みぞう つかさ)

チュ、チュッ……

美家 王子(びいえ おうじ)

ま、またっ……!
やめっ……んんっ……

美家 王子(びいえ おうじ)

(ヤバイ……。
身体の力が抜けて、き……)

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

じぃ~っ……

美家 王子(びいえ おうじ)

藤吉さん?!

御曹 司(みぞう つかさ)

何だ……?
この、ウィンドウガラスに
顔をぴったりと
くっつけている女は?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

あ!
私には構わず、
どうぞ続けてくださーい!

御曹 司(みぞう つかさ)

わかった

美家 王子(びいえ おうじ)

アホかあんたは!
ほらほら、人に見られてるんだから
やめましょうよ!

御曹 司(みぞう つかさ)

フン、仕方ないな

美家 王子(びいえ おうじ)

はあ、やっと解放された……

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

どうして車から
出てきちゃうんですか!?

美家 王子(びいえ おうじ)

藤吉さんのお蔭で助かったよ。
ありがとう

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

藪から棒にお礼ですか?

美家 王子(びいえ おうじ)

藪から棒の使い方を
間違ってない?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

だってお礼を
言われるような事は
何一つしてませんよ?

美家 王子(びいえ おうじ)

(これ謙遜(けんそん)してる
わけじゃなくて、
本気で言ってるんだろうなぁ)

御曹 司(みぞう つかさ)

おい、そこの女

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

なんでしょう?

御曹 司(みぞう つかさ)

よくも邪魔をしてくれたな。
もう少しで美家を俺のものに
できるところだったのに

美家 王子(びいえ おうじ)

なんてこと言い出すんだこの人

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

私が……二人の邪魔を……?

御曹 司(みぞう つかさ)

そうだ。
お前が覗いたりするから、
その気になっていた美家の気分が
萎えてしまったじゃないか

美家 王子(びいえ おうじ)

その気になってません!

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

そんな……っ!
私の存在がBLという美しき
川の流れをせき止めたなんて!!

美家 王子(びいえ おうじ)

あの、藤吉さん?
ショック受けてるみたいだけど、
俺はすごく感謝してるからね?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

そんな慰めの言葉はいりません。
私は、私自身を許すことが
できないんです……

御曹 司(みぞう つかさ)

さっきから何を言ってるんだ
この女は。
頭は大丈夫なのか?

美家 王子(びいえ おうじ)

藤吉さんもあんたには
言われたくないでしょうね……

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

BL王子!!

美家 王子(びいえ おうじ)

は、はい!

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

私……腐女子としての自分を
見つめ直すために、
山へ修行に行きます

美家 王子(びいえ おうじ)

腐女子って、
山で修行したら
見つめ直せるものなの?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

山で修行して駄目だったら、
海に行きます!
サヨナラーッ!!

美家 王子(びいえ おうじ)

待って藤吉さん!!
……って、
もうあんなに遠くに!!

御曹 司(みぞう つかさ)

この辺には山も海も無いが、
あの女はどこへ行く気なんだ?

美家 王子(びいえ おうじ)

とかなんとか言いながら、
肩に手を置かないで下さいよ

御曹 司(みぞう つかさ)

痛っ……手を叩き落すなよ。
俺を好きなんだから
これくらい良いだろ?

美家 王子(びいえ おうじ)

アホなことぬかしてないで、
藤吉さんを追いかけるの
手伝ってください!

御曹 司(みぞう つかさ)

フン、仕方ないな。
そういう理由付けをしなければ、
俺の車に乗れないというのなら……

美家 王子(びいえ おうじ)

いいから早く!!

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