この世界は君達のよく知るゲームの世界と同じように作ってあるから、特に説明しておくことは無いなー。
知りたいことは図書館に行けばわかるし、優しい村の皆に聞けば教えてくれるだろうからね。ただ、同じように作ってあるだけだということは理解しておいて

 元の調子に戻った神様が話す傍ら、すぐ近くにさっき逃げるとき置き去りにした荷物を手に取る。

リクト

……?

大きな木箱に仕舞われていたぬいぐるみ達は何の拍子かそこらに転がっていた。
一つづつ拾っていき木箱に戻すと、一つだけ何故かボロボロで所々綿が飛び出しているぬいぐるみがあった。本当、着せた記憶の無い立派な服が虚しく思えるほどに悲しい姿だ……。

見覚えの無いぬいぐるみだ、確認した筈だけど木箱の中に紛れてたのかな?

 土をはらって全てのぬいぐるみを箱に戻すと、冒険者達が神様の話しに夢中になっている合間にこっそりと建物の中に戻る。

神様の声は頭の中に直接聞こえてくるから、建物の中でも変わらず聞くことができる。
神様の言うゲームの世界ではモンスターからお金が出てきたりどんなに歩いても疲れなかったり、何より人が死んでしまっても生き返る凄い世界らしい。
この世界ではそうじゃないから気をつけるよう注意しているようだ。

最後に一つ。
せっかくこんな場を用意したんだ。皆望みの為だけじゃなく、存分にファンタジーな世界を楽しんでよっ

 その言葉を最後に神様の声は途絶えた。
僕は箱から傷ついたぬいぐるみを取り出し直していく。
ぬいぐるみショップで働いているからぬいぐるみの修理はそれなりにできる。
出てしまっている綿を戻し切れてしまっているところを縫い合わせていくと、ぬいぐるみは元の姿に戻った。
灰色でゼブラ柄の少し大きな狼のぬいぐるみだ。

リクト

何で狼なのにゼブラ?

修平

知らん。
あ、やっと声が出た

リクト

えっ!?しゃ、喋ったっ?

 僕の独り言に反応した狼のぬいぐるみは、見た目の割りに通る格好良い声で喉の調子を調えるように「ぁー、ぁー……」と何度か声を出している。
今までに何十個もぬいぐるみを見てきたが、話したのは初めてだ。
魔法で動かすことのできる人はいるらしいが、どうしても会話はできないと言っていた。
僕がこのゼブラ柄の狼は何故話すことができるのか悩んでいる間、狼は机から下り部屋を見回している。
特に珍しい物はないぬいぐるみだらけのドールショップ。神様に作ってもらった僕の店。

修平

動くことはできなかったが、全部見えていたし聞こえていた。身体を直してもらったおかげで動けるようになったのかもしれない

リクト

君も……

修平

そう、俺も冒険者だ

 頭上には僕達と同じ名前と体力と魔法力。それと冒険者という言葉が浮かんでいる。
名前は……、草食ウルフ?
どうして彼は他の冒険者と違うんだ?
冒険者のいた世界ではぬいぐるみも動くのか?

修平

元は人間。下りるときこのぬいぐるみが落ちていたから、それが原因だろ

リクト

でも、あの箱にはテディベアしか入ってなかった筈だけど……

修平

俺が見たぬいぐるみも熊だった。
どういう作りかわからんが俺が入った影響で変わったんだろう

 草食ウルフは暫く慣れない身体で動きずらそうに歩き回ると、疲れたのか椅子に寄ってきて上ろうとしている。
膝丈しかない身体と丸い手足では上手く上れないようで、何度も木の椅子に手を滑らせもたもたとしている。
一度腰を上げそっと椅子に座らせてあげた。

修平

あぁ、ありがとう

リクト

ねぇ、草食ウルフ

修平

草食ウルフ?

リクト

頭の上に書いてあるよ。草食ウルフって名前なんでしょ?

修平

いや、俺の名前は灰坂修平だ

リクト

ハイサカシュウヘイ?

修平

修平だ

リクト

修平。僕の名前はリクト、よろしく

修平

よろしく

 自己紹介を終え修平の丸い手を握る。
頭上の言葉と本名が違うなんて初めて、本当に修平は不思議な存在だ。
他の冒険者とも違うしこの町の人とも違う。
身体がぬいぐるみになってしまったというのに妙に落ち着いているし……。

リクト

修平も、この世界を良くして何か願いを叶えてもらうの?

修平

願いか……。
とりあえずこの身体を何とかしないと

 表情はわからないけど、修平の言葉に空いた間が何かを物語っていることはわかる。
 それが良いものじゃないこともなんとなく……。
 修平は「この世界を良くするには、もっと知識を集めないといけないな……」と頭を悩ませている。
 知識か……。

リクト

なら、図書館かな……

修平

悪いが、連れて行ってもらえないか?
まだこの身体で一人出歩くのは不安なんだ

リクト

そうだよね。うん、明日一緒に行こう

 店の扉がノックされた。
普段ならもう店を開けている時間だが、さっき戻ったとき鍵を閉めたから「休日」の札をしていないのに鍵が閉まっている。
御客さんかもしれない。

リクト

ぁ……

優時

さっきは助けられなくてごめん。
聞きたいことがあるんだけど

 扉の前に立っていたのは、さっき僕が大男に絡まれているとき助けようとしてくれた人だった。
 金色で根元は黒い髪。少しダボッとしたパーカーが特徴的なこの国ではあまり見ない、西の国の物に近い服装。
 虎の様に凛とした姿と対照的な気の抜けた立ち振舞い。
ステータスを見ると、その人の名前が優時だということがわかる。

リクト

聞きたいこと……?

優時

図書館への道を教えてほしい。
やっと外にいた冒険者達が行動を始めたから、俺も神様が言っていた図書館に行ってみようと思ってさ

ちょうど僕達が話していたのと同じ場所を目指しているようだ。
 この世界について知るなら歴史や文化、国々の特徴や民族性など本を見て知識を付けるのが有効だと思う。
 神様が言っていたし、確かにこの国には本の貯蔵数が世界一の図書館がある。
 他にも沢山の冒険者が図書館を目指しているだろう。

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