第一話

豪雨。
先程まではかろうじて曇りを保っていたが、今になって鉄砲玉のような雨がけたたましい音を奏でて降り出した。
まるで空が彼女の人生を哀れむように、彼女の最期である今この時に、わんわんと泣いている。
否、これは空のではなく、空の彼方へ逝ってしまった同胞たちの涙か。自分のもとについたが為に死んでしまった彼らの、悲嘆の声なのだろう。
思えば自分を慕う者たちは多くなかった。ならばこの雨は彼らのものと考えるのが正しいのだろう。

???

・・・。

寒い。
元々低い彼女の体温を、雨が奪ってゆく。
戦で多くの武士たちと交えたときに負った傷が酷く雨に響くが、そんなことは彼女にとって些細なことでしかなかった。

雨のせいで見にくくなった視界の中、それでもはっきりと彼女の目に映る男の姿。
ゆっくりと刀を鞘から抜くその動きからは様々な感情がみられて、男の瞳には覚悟と決意がはっきりと感じられた。

???

石田三成よ

???

・・・!

手を覆う鎧と刀の柄がかすかにぶつかり合う金属音。
何度も自分が奏でてきた音に、ようやっと彼女は息ができたような気がする。
久しぶりに肺へと流れた酸素は、酷く冷たい。

男のたくましい腕が、やはりゆっくりとした動作で持ち上げられる。
同時に握られていた刀も空へと上がり、雨の中キラリと自らを主張させた。

???

石田三成よ、
我が未来の糧となれ!








     刀身は、振り下ろされた。


久坂部 アカリ

はい。手続きはこれでおしまい。
荷物はちゃんと部屋に運んであるから落ち着いたら整理するといいわ。

一之瀬 愛璃

わ~!
色々とありがとうございました!!

久坂部 アカリ

ふふ。いいのよ。
それにこっちも急遽ルームシェアに変更させてごめんなさいね。

一之瀬 愛璃

確かに最初は驚きましたけど・・・
家賃半額にしてもらえるんですから願ったり叶ったりですよぉ~

ハロー、エブリワン。
私の名前は一之瀬愛璃(いちのせあいり)。
ごく一般な何処にでもいるような、別にたいして恋とか青春を謳歌しているわけじゃない女子高校生。
特技は昔習ってた護身術の空手。県優勝したこともあるんですよ?
今はやってないけど、昔熱心に取り組みすぎたせいか上腕二頭筋とか大腿直筋とかが未だに筋肉落ちしていないことがコンプレックスです。

高校3年生というとっても大事な時期だけど、今日からこのマンションに親元を離れて住むことになりました。
なぜかというと、父親が一世一代の昇進を賭けた仕事をするために県外へ行くことになり、家族全員で引っ越しをすることになったんです。
勿論こんな時期に転校なんてありえない私は一人、こっちへ残ることになり、学校から電車6駅ほどの距離のこの激安マンションに住むことになりました。

やっぱり安さで人気なのか、ちょうど住人が退去した残り一部屋だけ空いてて本当に良かった!
向こうの手違いでまさかのルームシェアすることになったのは本当に驚いたけど、相手は若い女性の人らしいし、何より家賃半額だしですぐに二つ返事を返した。
初めての一人暮らしだったし、やっぱり不安だったから例え知らない人でも安心するよね。

久坂部 アカリ

じゃあまずは愛璃ちゃんが住む3階の住人の方々を説明していくね。やっぱりご近所付き合いって大事だし。

一之瀬 愛璃

ついにこの時が来た!!
これからのハッピーライフを左右させる運命の瞬間。
名付けて『団地妻の恐怖』!!!

久坂部 アカリ

なにその仲間由〇恵が主演してそうな名前。

ご近所付き合い。それは最も壮絶で過酷な試練ともいえる戦い。いわば戦争。
専業主婦の奥様方はこの苦行ともいえる戦いに毎日悩まされているばかりであろう・・・。
女ってのはしゃべる、しゃべる。そしてしゃべる。
はじめの挨拶から下手な発言をしてみろ。たちまち噂は広がり、話題に飢えていた女どもの餌食となり果てるであろう。
そして私は女子高校生、略してJKというオプション付き。JKは一部の奥様方に大変嫌われている為、些細なことでも「これだから学生は」と罵られてしまう。
つまるところ、最初の挨拶でいかにご近所さん、いわば奥様方のハートをキャッチするかが重要視されるのだ!!!

一之瀬 愛璃

大丈夫よ愛璃。
プリキュア精神からのムーンライトパワーでいけば何とかなるわ。
イエス、ハートキャッチ!

久坂部 アカリ

どっちかの作品に絞らないと訳が分からないわよ?
まあ安心して頂戴。ちょっと変わった人たちだけど愛璃ちゃんならすぐに仲良くなれると思うわ。

私(あと一緒に住む女性)に用意された部屋は三階の五部屋ある中の四番目の部屋だ。
階段からは遠いが、エレベーターで行けばすぐ隣に出るので中々いい場所である。
ただエレベーターは12時を過ぎると自動的に停止し、朝の7時まで動かないそうだ。多荷物の日は必ず早く帰ろう。

管理人さんの代わりに部屋の手続きをしてくれたアカリさん(どうやら此処の管理人さんの妹さんらしく、従業員ではないらしい。果たして責任者じゃないのにここまで放任していいのか管理人よ)の後を追って、いざ戦場へと立ち向かわん。
一緒にルームシェアする相手と二人で挨拶回りすれば心強いのだが、今は管理人さんと話し込んでいるらしい。非常に残念だが一人で出陣しよう。
生憎、お隣の部屋の方は早朝から仕事へと出かけたそうで。取りあえずエレベーターを挟んだ三部屋の住人達に挨拶することになった。

私の前を歩いていたアカリさんの足が止まる。階段に一番近い、一番目の部屋だ。
どくどく。心臓の鼓動が早まる。
きちんとした挨拶はできるだろうか?ちゃんと引っ越しの挨拶用のお菓子は買ってきたが、今月は金欠だった為ちょっと安いものを買ってきてしまった。
お菓子に詳しい人物であった場合、なんて言い訳をするべきか。
「私の一押しです」?「これぞ本物のつまらない粗品でございます(笑)」?いやこれ完全アウト・・・。

ピンポーン

一之瀬 愛璃

おいいいい
心の準備いいい

山本 孝之

・・・ちっ
んだよ朝っぱらから・・・

一之瀬 愛璃

驚きの速さで出てきた!!!
Wi-Fiもびっくりの速さだよ!!!

山本 孝之

あ?

久坂部 アカリ

紹介するわね愛璃ちゃん。
彼は山本孝之(やまもとたかゆき)君。
大学二年生だから愛璃ちゃんより二つくらい年上かな。

一之瀬 愛璃

ひええ~
結構強引に進めていくよこの人~

部屋からインターフォンが鳴りやむと同時に出てきた青年。
まずすぐ目につくのは黄金に輝く金色に、赤というよりはピンクや紫色に近い色をしたメッシュの髪の毛。ワックスでガンガンに髪の毛を固めている。なにこれ絶対ハゲル。
次に上へと吊り上げられた目じりに、いかにも不機嫌ですと寄せられた細く短い眉毛。
誰が見ても一斉に不良と答える彼、山本孝之さんは不機嫌さ丸出しだが律儀に外まで出てきてくれた。

あれ、なんか意外に目線が高くない。
ていうか私と5~7センチくらいしか変わらないアカリさんと背丈があまり変わらないような・・・?

山本 孝之

・・・何じろじろ見てんだよ。

一之瀬 愛璃

イエ、ナニモ。

山本 孝之

・・・。
てか、アカリさん。あんた今日から出張じゃないんすか?

久坂部 アカリ

あら、よく知ってるわね。
その通りなんだけどちょっとこっちにトラブル起きちゃったからね?午後からマッハで追いつくことにしたの。

山本 孝之

トラブルって・・・
あぁ、じゃあこいつが噂の新人の一人か。

トラブルって急遽ルームシェアになったことと関係あるのだろうか?
というか出張という大事な大事な仕事より兄のお手伝いを優先させるのはどうかと思うのだが。
ていうかさっきから孝之さんの目がすごく冷たいというか哀れんでるように見えるのは気のせいだろうか?
緊張しすぎているのがばれた?いや、そんなはずはない。
一応この17年間生きてきた中で不良という不良には粗方免疫をつけてきている。伊達に空手をたしなんできたわけではない。
いざ殴られそうになったらその手首、主に橈骨の茎状突起と尺骨の茎状突起らへんを押し上げてから・・・いやいやいや撃退してどうするんだ。ご近所さんだぞ。
とりあえずご挨拶をだな。ご挨拶を。

一之瀬 愛璃

は、はじめまして!
今日からお世話になります、一之瀬愛梨でs

春日井 ゆい

へ~愛璃ちゃんって言うんですね。
かわいい名前・・・。

突如階段側から聞こえた声。声の高さから女性だとすぐに理解した。
振り向けば案の定かわいらしい容姿をしたメガネの女性が立っている。
彼女が大事そうに抱えているのは様々な種類の花の束で、まだ束ねたばかりなのか花弁に滴が輝いている。

人がいる気配はおろか、階段を昇ってくる足音すら聞こえなかった。
私が緊張?していたせいで聞こえなかったのはわかる。しかし二人も突然の登場に驚いているのは全員が彼女の登場に気が付かなかったことになる。
香水のように鼻につく花の香(ダジャレじゃないよ)が、少しだけ背筋を凍らせた。

ここにいる、ということは彼女もこのマンションの住人なのだろうか。
隣に立っていたアカリに声をかけるよりも早く、片手が握られた感触とともに彼女の大きな二つの目が目の前に現れた。

春日井 ゆい

私、春日井ゆい(かすがいゆい)って言います!
うれしい!!この階には女の子が私しかいなかったから、女の子が引っ越してくるって聞いた時からずっと楽しみにしていたの!!!
あっ、これお近づきのプレゼント!本当はちゃんとラッピングしてあげたいんだけど・・・でもやっぱり今渡しちゃいたいのよね!だって初めての挨拶だし!!!

一之瀬 愛璃

え?ん?おお??
あ、ありがとうございます??
かわいいお花ですね・・・なんていう名前なんですか?

勢いがやばい。何より近い。パーソナルスペースのパの字もない。

渡されたのは一輪の花。
白い小さな花がいくつもついていて、花というよりは草に近いのだろうか?
生憎花に詳しい女子力あふれるような生き方はしていないのでこれが何という花なのか。果たして花なのかすらわからないが。

過激的な彼女、春日井ゆいさんは正しく花のような笑顔、という微笑みを浮かべた。

春日井 ゆい

ガマズミって言うんですよ。
花言葉は「無視したら私は死にます」って意味です。

一之瀬 愛璃

・・・。

久坂部 アカリ

・・・。

山本 孝之

ねぇわ。

これあかんやつだ・・・。
昼ドラで見たことあるよ。ドロドロ具合でいうと牡丹と薔〇ぐらいドロドロだよ。二作目より一作目のほうのな・・・。

取りあえず場の空気をだな。今春のはずなんだけど、確かに春になったばかりだけどもなんかめっちゃ真冬並みに寒いこの空気をだな。
このままじゃ恐怖につい足技を披露してしまいそうなので、なるべく自然な動作で花を受け取るふりをして距離を置く。
てかさっきからゆいさん瞬きしてないんだが?瞳孔めっちゃ開いてるんだが??

久坂部 アカリ

ゆいちゃんは三番目の部屋に住んでるわ。
エレベーター越しだけど一応お隣さんかな?
じゃあ次いってみよーう!

アカリさん話を変えようとしてくれたのはいいけど今とんでもないことを言ったな?
お隣さんって。お隣さんって。

ピンポーン

一之瀬 愛璃

だから心の準備をさせてくれ!!!
今私のハートはブレぶれなんだよ!!!

山本 孝之

・・・あ、確か今って龍いないぞ?
いんのはあのクソガキ・・・

三田村 光

やだなあ、たー坊。
ちゃんと名前かあだ名で呼ばないと次の同人誌のネタにすんぞっていつもいってるじゃないか。
それともネタにされたくてわざと言ってるの?あざといなぁ~♡♡

一之瀬 愛璃

また秒速で出てきたし、多分こいつもアカン臭いしかしないわ。

確か今回の挨拶回りの前にアカリさん、「ちょっと変わった人」って言ってたけどちょっとじゃないですよね?大分ですよね?もしかしてあれですか?貴女もそっち側なんですか?
ていうか何故こんなにも変人の人たちと私がすぐに仲良くなれるとか思ったんですか?
ハートキャッチしろと?キュアホワイトに変身してみろと?生憎私は「二人はプリキュア」以降は全く観てないからわかりませんよ。ええ、知ったかですとも。

山本 孝之

ちげぇよ!!!
やめろよ気持ち悪りぃな!!!

三田村 光

あれ?もしかして君が新人さん?
僕は三田村光(みたむらひかる)!ピッカルって呼んでね♡

一之瀬 愛璃

ああ、はい。愛璃です・・・。
よろしくお願いします。

久坂部 アカリ

光君は今小学5年生だっけ?
ああ、勿論光君一人で住んでるわけじゃないのよ?
保護者として今は外出中だけど龍さんっていう方がいるの。

おい小学5年生になんちゅー教育してるんだ龍さんて人。
光君の将来が心配で仕方がないよお姉さん。

チン。
すぐ隣で鳴った電子音。エレベーターだ。
随分と心労の激しい私にはもうこの音が何を連れてきたのか薄々わかる気がする。
音が鳴ってから少し間をおいて、エレベーターは案の定私たちがいる三階で止まり扉を開けた。

そこには男女二人組がいた。
一人は背の高い、俗言う色男な男性、このマンションの管理人さんこと久坂部弘(くさかべひろし)さんだ。
付き添うように後ろに控える女性は見たことがない。
確かこの階には女性はゆいさんだけだと言っていた。そして、私とルームシェアする人は女性だとも。
なら、この人が・・・。

・・・。

真黒な髪の毛に、凛とした瞳。
セーラー服で身を包んだ体は体系をぼかしてみせるというのに、スカートから伸びるすらりと長い脚が彼女のスタイルを露わにしている。
化粧をしていない顔は、世の女性たちが怒るのではないかというほどに綺麗に整っていた。

一気に場の空気を変えた彼女の目線は、一人一人値文をするかのように観察してから、やがてすぐ目の前にいる管理人さんへと注がれた。
その視線に答えるように管理人さんが深くうなずく。何かの確認だったのだろうか。
それまでしとやかに後ろに控えていた身体が、これまた凛とした動作で前へと現れた。

・・・本日より世話になる。

ここで私は察する。
考えられるのは二つ挙げられる。
一つ、実はめっちゃメルヘンかつ夢見がちガール、つまりはきゃりーぱ〇ゅぱみゅさんの服がおとなしい版。
二つ、実はジャックバウアー。
不良枠とヤンデレ枠とマヂキチ枠はもう埋まってる。つまり残された選択肢はこの二つのどちらかと予想する。
何を言ってるか全然わからないと思うが、私にもさっぱり理解できねぇ。ただ言えることは絶対ごく一般人ではないことだ。

一之瀬 愛璃

一体どっちだ!
まさか人外オチじゃないだろうな!!
もはや何が来ても驚かないぞ!!
もう、何も怖くない!

天下の豊臣が統べる豊臣政権五奉行の一人、従五位下治部少輔。
石田三成だ。

一之瀬 愛璃

ふんぎゃあ
こいつぁお手上げでやんす

~あいさつしよう!の巻~ 完

あいさつしよう!の巻

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