……人を、殺した。
もう一度、繰り返してしまった。
愚かだと、間違いだと分かっていたのに、繰り返す。
大切な人を殺されて、駆け寄ろうとしていた人間の横合いから、私が撃って……殺した。

人は、理屈だけじゃないんだ。
人間は、感情の生き物だ。
それを乗り越えてでも、進もうとする。
生まれて初めて、それを知った。
私はこれまで、感情論を否定してきた。
無様で、見苦しく、余りにも身勝手だと。

だが。
そう考えている私自身が何よりも。
無様で、身勝手で、見苦しい存在だった。

……だから、何?

言い訳はしない。言い逃れもしない。
こうなった以上、私に残された道はただ一つ。
開き直りだ。反省もしない。
そんなもので取り返せるほど甘いものを失わせてしまったのではない。
生命は生命が対価だろう。
だから人を殺したら、人に殺されるのだ。
それが一つの解決策だ。
でも私は、私と大切な人の生命を対価には出さない。
生き残るためなら、然るべき処置をした後、全力で踏み倒す。

後悔はしても、何度でも繰り返すだろう。
必要ならば、何度でも。
悔いる暇があるなら今だけは全力で駆け抜ける。
それが、私の選んだ道だ。

白雪

…………

…………

奈々

…………

今、私達は同じ室内にいる。
先程の話し合いで、私と住吉から他の参加者は逃げていくように去っていった。
一見すると、そう振舞っていた。
が、確実にあの中に狼がいる。
既に人狼ゲームの体を成していないのかもしれない。
話し合いに皆消極的で、これでは一度のルール違反を犯してでも、物理的に排除しようとする参加者も出てくる可能性だってある。
結局、最後は暴力なのだ。
疑心暗鬼に陥った村人が、狼ごと全ての参加者を殺すということになる。
話し合いはルールで縛られた強制参加。
逃げる術は、ない。弱者も強者も、等しく狙われる。
対して一度の無視で全滅を出来るのなら、大したリスクではない。
逆に、私に役職を明かされた人間は、一度のそのルール違反すらなんの意味もなさない。
三箇所あった枷の一部はもう使い物にならないのだ。

これは、私とあの如月という参加者が語った真実だった。
日にちが進むにつれ、役職が明かされるにつれ、周りは……暴力に走りやすくなる。
そう、如月は警告する。
わざわざ私と住吉を端末でこの部屋に呼び出して、施錠までして、何を説明するかとおもえば。
彼女は、ケラケラ笑っていた。
あの笑い方を私は知っている。
過去の、死ぬことを望んでいた……彼女と同じ、過程と目的を楽しんでいる顔。

白雪

そんなわけで、わたしは二人に協力して欲しいんですよ
そろそろ話し合いと殺し合いの均衡が崩れて、ルール違反をして一度に全員ぶち殺す、という強硬手段に出る輩も出てきそうですしね

白雪

どうです? 速水さん、志田妹さん
わたしと……手、組みませんか
怪しい奴はみんなで先手でぶっ殺しません?

この女……さっきから、何を言っている?
怪しい奴を……全員、殺す?
ほうける私と険しい顔で彼女を見つめる住吉。

白雪

二人からは、わたしと同類のニオイがします
血腥いニオイがプンプンするんです 
ま、昨晩殺してるらしいですし
ってことは、わたしと同類ですよね?

同類? こいつ、一体何を言っているの?
ちらっと、横目で見ると……住吉は、舌打ちしながら呟く。

奈々

如月白雪……これ、偽名でしょ?
ってか、経歴全部偽造されてるわね

その呟きに私は疑問を抱く。
偽名……? 
なぜ偽名の参加者が参加している?
彼女は何か進行役の権限で知っている?

奈々

こっちにも、詳細は回されてないからなんとも言えないけど、最初は大人しいわけだよ……
アンタ、こうなるの待ってたな
このギリギリのタイミングになるまで、ずっと潜んで目立たないように

白雪

ええ、まあ
大体そんな感じですかね
速水さんはわかりませんよね?
簡単に言うとですね、ウチの上層部とこっちの……志田妹さんの上の人は、繋がりがありまして
わたしはそもそも、休暇もらってここに参加してるんですよ

奈々

またか……そうなら早めに教えてよ……
アンタんとこの組織は一体何人暇だしてんの?
規律厳しすぎだって言っときなよ
飼い犬ぐらい、しっかり飼い慣らして欲しいんだけど
そのうち、造反者出るよ?

白雪

それに関しては、一社員であるわたしに言われても……同感ですけど
わたしもまあ、似たようなもんです
盛大にやらかして休暇処置されたんですよ
標的以外数人巻き込んだだけなのに……

奈々

やらかしたねぇ……それ……

何の……話? 簡単に言われても理解できない。
分からない私に、住吉は溜息をついて説明を始めた。

奈々

あぁ、速水は分かんないよね
一から説明するよ
今更だけど、どうせ私達が手を組んでるのは知られてるよ
こいつに隠し事はするだけ無駄だし

……お願いできる?

どうやら、裏事情がまだあるらしい。
手を組んでいるのも既に透けている。
つまり、それだけの何かを持つのか。
私は困惑する頭を冷やしながら説明を待つ。

奈々

知ってのとおり、私は主催者側の人間なわけだけど
一応GMがこのゲームにもいるんだよ
前回みたいにでしゃばってこないだけで
忘れられてるかもしれないけど私、代理だし
そこはいい?

ええ

そこまでは分かっている。
ここから先のことは、イマイチだが。

奈々

んでさ、こいつの言う私の上層部……このゲーム主催してる、GMの集団のことね?
どうやら他のヤバイ組織とパイプあるらしくてさ……お得意様、って奴かな?
政界だの、反社会勢力だのに繋がりがあって、たまに向こうの人間が流れてくるんだよ
主に暇潰しに
飼い慣らしてる連中のフラストレーションの処理に、こっちが使われてるの
その代わり、こっちは金だー後処理だーを任せてるけど

はぁっ!?

ちょっと待て。
つまりこのゲームを運営している連中と、如月の関係者は横に繋がりがあって……彼女は、招待されたということか?
確かに自分の意思で来てはいるけど……それは殺しを生業としている本業の人間ということ!?
ってことは……如月は……。

白雪

ご明察です
わたしは『本業の人殺し』ですよ
俗に言うテロリストってやつですかね?

……前回、私は役職でテロリストを引いていた。
あの時は役職としてだったが……目の前にいるこの女は、現実のテロリスト……犯罪者、ということか。

白雪

ちなみに組織の名前とか、そういうのは言えません
聞いたらもう帰れませんよ?
二人とも、社会的に抹殺されたいですか?

遠慮しとくわ
興味ないし

同類ってそういう意味か。
彼女の成り立ちなど興味もない。
どうでもいいし、警告されているならやめておくべきだ。

奈々

私とやるとまたそっちと揉めるよ?

白雪

そいえば、そうでした
もうあんな抗争は面倒ですしねぇ

奈々

マジ勘弁してよ
あんなリアルファイト冗談じゃないから

白雪

オカルトに喧嘩ふっかけるの、上司が好きなものでして
その節は迷惑かけてすいませんでした

奈々

あんときはこっちも悪かったね
GMの奴が調子こいてそっちの人間殺しちゃってさ

何だか……苦労性な話が聞こえる。
何か過去のゲームで揉めたらしい。
厄介な上司を持っているみたいだ。

白雪

話はズレましたが、わたしはこのゲームを楽しみたいんですよ
折角の休みをこんなダラダラ過ごすのも嫌ですし

あーはいはい、大体理解したわ

この女の異常性はこの際、置いておく。
異常な奴と議論、もとい会話するだけ無駄なのはもう過去の住吉だけで十分に分かっている。
理由も何もかも、私は理解したくない。
生業がそれなら、最早論外ってやつだ。

真面目な話、まだ均衡は崩れていないわ
話し合いがダメでも、夜があるじゃない

白雪

その夜が、昼間の不安やら恐怖やらを助長させているんですよ
ストッパーとして機能しなくなるのも時間の問題じゃないですか?

白雪

それにっ!!
わたしはッ!! 
狼を殺したいんですよ!!
自分一人で!!
獲物の横取りは我慢できませんッ!!
わたしのプライドが許しません!

地団駄を踏んで不満をぶちまける如月。
いや……そんなこと言われても……。
私も……困るんだけど……占い師だし……。

奈々

わかりやすっ!?

住吉も特大に驚いていた。
人殺しという理由も理由だが、こんな子供じみた癇癪を起こすと誰が思うだろう。

……

どうしろというのか。
この血に飢えたケダモノがこっちと協力するというのはぶっちゃけ、信用できない。
いつ愉悦のためにこっちに牙を向けるかわかったものじゃない。

白雪

あっ、わたしは契約した相手は裏切りませんよ
この業界、頭の悪い映画とかのせいで、裏切り上等と思われがちですが、実際は裏切りだけで組織の信用がガタ落ちするんで、絶対にしません
それに契約遵守は社会人の基本です

私の表情を読み取って、如月は真顔で告げた。
いや、それよりも。今聞捨てならないことを言った?

あなた社会人だったの!?

明らかに学生服着ているし、私てっきり学生の年齢かと思ったんだけど!?
もう20越えてるのか……。

白雪

悲しいんですけどね……
母親に似て、童顔に幼児体型なんですよ

凄い哀愁を漂わせて、如月は項垂れた。
さっきから殺し屋とは思えない振る舞いをする。
ポリポリと頭をかきながら、住吉は不意に声を出す。

奈々

ん、まぁ…いいよ
契約したげる

握手を求めて、如月は笑顔でその手を握った。
勝手に話を進められて困惑する私。

ちょ……ッ!?

私が文句を言う前に、微笑んで住吉は私に言う。
ここは信じてくれ、と言うように。

奈々

大丈夫だよ速水
こいつらはビジネスマン
絶対に契約は侵害しない
ギブアンドテイクは、死んでも護るのがこいつの組織の流儀なんだ

白雪

ここまで信用を勝ち取るのは大変故、護らないと上司に殺されますからね
そんなわけで、わたしと志田妹さん、及び速水さんと契約完了です

……はぁ……

契約の内容は、グレーの怪しい奴を協力し、積極的に駆逐すること。
一度使えるルール違反の切符を使えるときに使う、ということ。
如月は私、及びあや、志田姉妹には手を出さないこと。
私達は如月に手を出さないこと。
これには、身内であることと狼の可能性を私が今日明日調べることで合意した。

……結んでから言うのもなんだけど、ちゃんとした契約なのね

白雪

当然ですよ
顧客確保も一応兼ねてるんで
速水さんも何か困ったことあったら、警察よりも先にウチを頼ってください
連中よりも手早く確実に後腐れなく片付けますんで

ちゃっかり連絡先までサラサラとメモに書いて教えてくれた。他言無用で、と付け加えられて。
……宣伝まで兼ねているのか……。
社会人は大変だと思う。裏でも表でも。

こうして、意外な味方……如月白雪(偽名)が手を貸してくれることになった。
どうなるんだろう……本物のテロリストって……。
先行きが、少し不安になったのだった。

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