第九話   古い映画を観ながら

「月見の塔の大蝙蝠事件」からしばらく経ったが、今日も今日とて、俺たちは完全にインドア生活だ。

買い物に行って、帰ってきて、テレビの前でメシを食いながらおのおのの時間を過ごす。

変化がないことこの上なく、俺たちの生活を覗いている人がいるなら、全く面目ない次第である。


俺とジルの今のブームは昔の映画を見ること。
俺にとっては昔の映画なのだが、ジルにとっては25年分のショートカット上映である。

スターウォーズの続編が出ると知って

今年目覚めたかいがあった

とワクテカしているジルに、映画専門の動画チャンネルを預けたところ、

なんでインディジョーンズの続編が出ているんだ!

 タブレットを割る勢いで怒られた。

バカな、インディシリーズがついに完結と聞いて、私がどれだけ泣いたと思っている。「最後の聖戦」と言ってたくせに、なんでその後があるのだ!

知らんわ! インディにだって都合があるんだろ!

2008年公開か……さすがのハリソン・フォードとて、インディをやるには苦しかろうに

インディも歳とってんだよ。確か息子が出てる

息子だと!? 誰の子だ!!

知らん

認めん!!
インディの伴侶は「失われたアーク」のマリオン以外認めないぞぉぉぉ!!

てなやりとりがあって、それから二日間はインディジョーンズづくしだった。面白かった。
(ちなみに、スカルのヒロインはマリオンだったので、ジルはご満悦でした)

それを皮切りに、25年前に観た映画の続きをあさる日々がはじまった。

ターミネーターは面白いけど役者が変わりすぎて混乱するな

ロッキーは連続で見るもんじゃないって3作目くらいで気づくべきだった

つりバカ日誌はほんとうに最後までつりばっかりだったな

今日の上映はエイリアン。俺はわりとホラー好きなので大丈夫だけど、ジルにとってはキツいらしく

ひっ

ふっ

エイリアンが出るたびにビクついている。肩をぶるっと震わせては、そろーっと俺のほうを横目で見る吸血鬼。

もうちょっとそっち行ってもいいか?

だめ

じ、じゃあジャージのはしっこでいいから握らして

やだ

彼女か。

う、ひぃっ

隊員がおいしくいただかれたシーンでジルは蒼白になる。

俺は映画よりも吸血鬼を半目で観察し、

なんでそんなに怖いの。あんたもモンスターでしょうが

失礼な、我々吸血鬼はこのような下品な殺戮はしな、ひぃ

……

ジルのただでさえ白い顔が、もうほとんど水色と言っていい状態だ。

あー、もう

 俺は右手を伸ばし、ジルの背中に手を添えた。

……今日はもうやめるかあ?
それとも、あぶなそーなところ飛ばすかあ?

う、うむ……

 ジルは口を押えて息を整える。

いや、早送りは礼儀を欠いた行為。貴族としてそれは決して許されぬ

へいへい

俺はじいちゃんの背をさするようにして手のひらを上下させた。

つかこのエイリアン、あんたの変身後にクリソツじゃね?

↑変身後

認めない。
私はあんなべちょべちょしていない。

顔が似てるってことは認めるんだな…

俺はそのまま、ジルの顔色がもとに戻るまで、ゆっくりと背中を撫で続けた。

映画のストーリーが少し落ち着いてきたこともあり、ジルの呼吸も穏やかになってきた。

心地よさそうに揺れながら目を閉じている様子は、ほんとに縁側のジーサンだ。

お前は優しい子だなあ、アマネ

しみじみと、ジルが言った。

お前の波長は、海のさざなみのようにゆっくりしていて穏やかで、ちょっと寂しいな。

へー、そういうもんかね

夜子の波動はまるでベートーヴェンの交響曲のようだった。七星も似ているが、彼女はモーツアルトだな。
……あの北鎌倉って娘はむちゃくちゃだったな。

あー、多分あいつの波長はボカロのめっちゃ早いやつだわ

ジルはゆるゆるとうなずいた。

夜子の血縁は総じて波長が激しい人間が多かったが、アマネは特別だな。
親の育て方が良かったんだろう。

そう言われて不愉快になる人間はいないだろうが、俺には特に嬉しい褒め言葉だ。
俺は見えないように微笑んだ。

親御さんは健在なのか

あー、おふくろさんは、俺が23の時に病気で亡くなった。クソ親父は俺が生まれた時から行方不明

……なんだと?

びっくりした目で、ジルは俺を見ている。どうやら知らなかったらしい。

ということは、親父がおふくろと俺を捨てたのは、ジルが眠りについた後のことだったんだな。
どーでもいいけど。

俺は女手ひとつで育てられたの。
そりゃあもう、おふくろさんすげえ苦労してさ。そんなに体も強くないくせに朝も昼も夜も働いて。

ある日ばたっと身体壊して、そのまま、
あっちゅーまに逝っちまった

そんなおふくろに、あのババアは一度たりとも支援の手を差し伸べなかった。

何があったか知らないが、渋澤の家名に傷をつけた親父に対する罰を、おふくろに代わりに与えていたのだろう。

まあ、生活を支援しなかったのは、いい。

おふくろだって自立した大人だし、蒸発した夫の実家に憐れまれるのはいやだったろうし。

だが、おふくろが重い病気だと分かった時、見舞いに来なかったのは最低だと思う。

「オンナの意地よ」なんておふくろは笑っていたけど。

俺は、そういうババアを絶対許せないまま今に至る。

おふくろが死に、その一年後にババアが死んだ今でさえ、俺の中にどす黒い感情がいつまでもわだかまっている。

俺はそのころ就職してたんだけど、おふくろがいなくなったことでぷっつり何かが切れちまってさ。
おふくろを早くラクにしてやりたくて、大学進学諦めて就職したんだけど
そのおふくろがいなくなったら、
なんかもう、どうでもよくなっちまって。

もう俺たちのどちらもエイリアンを観ていなかっ
た。

俺はぼんやりと、リプリーがエイリアンにとどめを刺すところを眺めた。

会社やめて、貯金切り崩してダラダラ生きてたところに転がりこんできたのがこの、バーサンの遺産だったわけ。

ほんとむかついたよ。あのババアがもっと早く死んでくれれば、この屋敷うっぱらって、
おふくろさんをもっと、いい病院の個室に入れてやれたのにさ。

…………

…………

…………

ジルの冷たい手が、くしゃりと俺の頭をかきまわした。

……自分で言って、自分で傷つくんじゃない。

…………

どっちが先に亡くなっていたって、お前は悲しかったんだろう?

……そんなこと……

---……

俺は自分の膝を抱き寄せ、そこに頭を埋めた。

…………うん………

エンドロールの明滅が、俺とジルを照らしていた。

第九話 古い映画を観ながら

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