ルーチェ・アルマ

これ、買わせていただきますね

お、ありがとね。お兄さん

ルーチェ・アルマ

いえいえ

メガネの青年、ルーチェ・アルマは本を買って店を出た。
すれ違ったマダムが思わず振り返るほどのイケメンだが、彼はすぐに本を開く。

そして、歩きながら読み始めた。

このアストレアでは、魔法の本、略して魔本が新聞の代わりとなっている。

アストレアはティアマットが存在する中央エリアから東西南北に線引きし、そのままエリアとして区分している。
もとはといえば、エリアを線引きすることで魔物を倒すギルドを選別し、競い合わせることで魔物の数を減らしていこうという考えだったらしいのだが、騎士ギルドがだんだん権力を握ってきたことで、各エリア間で敵対心が芽生え始め、それぞれが軽い鎖国状態となっている。
しかし、今でも各エリア間で情報を共有するべきだというまともな思考の魔法使いが念写魔法を応用して週一のペースでこうして魔本を販売している。

週刊だから情報の新鮮度は低いし、購読している人は少ないが、別のエリアの情報がほとんど遮断されている以上、少しでも状況が知りたいという人は少なからず存在する。

このルーチェも、その一人だ。

ルーチェ・アルマ

なるほど、東エリアの元ギルド隊長が中央エリアに派遣か・・・・・・

通称ティアマットと呼ばれる混沌が壁で覆われて6年が経ち、東西南北エリアにあぶれた魔物が減ったのもあり、騎士ギルドの関心は自然と未だ開拓されない中央エリアに集まった。
権力をつけたことで、今度は実績を望んだ騎士ギルドは、各エリアの優秀な騎士を次々に中央に派遣。どのギルドの騎士が早く中央を平定する――――ひいては、ティアマットをどのギルドが早く消滅させることができるのか、競おうという話らしい。
ティアマットを消滅させたギルドがこのアストレアを掌握できるとか、そんなことを考えているのだろうか。
ルーチェからすれば、愚考でしかないが。

現に、ティアマットを消滅させるどころか、あの壁の中から帰ってきた人など、誰一人いない。
中央に行くということは、死に行くのと同義なのだから。

ルーチェ・アルマ

全く、何が「栄誉ある推薦」ですか。
死刑宣告と同義でしょうに。

ルーチェ・アルマ

まぁ、僕は大歓迎ですけど

ルーチェの趣味は読書である。
読めば確実に情報が手に入るから。
何かの役に立つと思い、彼はたくさんの本を読んできた。
そして、その中に書いてあった、ある情報を頼りに、ルーチェは中央を、ティアマットを目指している。

ねぇ、聞いた?ギルドの遠征隊がもうすぐご帰還なさるそうよ!

まあ本当に!?楽しみだわ!

ここは、西エリアの小さな酒場。
規模の割に安価でうまい飯が食べれることでエリア内の住民から評判の店だ。

ルーチェ・アルマ

へぇ、そういえば、このすぐ近くには西エリアのギルド本部があるんでしたっけ?

ルーチェ・アルマ

一応は順当に来ているようですね

さっき読んだ魔本によると、どうやら西エリアの奥にある山に魔物が巣を作ったので、めずらしくギルド団長自ら先陣を切って討伐に向かったらしい。

まぁ、帰還するということは、結果は言わずもがなということなのだろう。
なんにせよ、ギルドの遠征隊が無事に帰還してくれれば、ルーチェの計画はまたひとつ進むことができる。


ならば、今日は軽い前祝としていっぱいひっかけても問題ないだろう。
そう思い、ルーチェが店員を呼ぼうとした時――――

大変だ!近くの森にゴーレムが現れたらしい!!

酒場の中がシンと静まり返る。
そして――――

一気に悲鳴と喧騒に包まれた。
パニックになって酒場の中を走り回るもの、既に近くまで来ているという騎士ギルドの期間を願って祈るものと様々だが、ルーチェはそのどれでもなかった。
数秒間固まった後、彼は何事もなかったかのように店員を呼び寄せる。
しかし、注文するメニューは当初とだいぶ変わってしまうが。

ルーチェ・アルマ

すみません、チョコレートアイスクリーム2つとキャラメルアイス1つ

えっと、すみませんお客様。今はちょっと・・・・・・

店員は困ったように口を開いたが、ルーチェはさらに言葉を続けた。
もしゴーレムなら、歩く速度は遅いはず。
問題は、騎士ギルドがどの道を、どれほどの速さでこちらまで向かってきているかだ。
しかし、もしルーチェの考える通りなら、店員の戯れ言など聞いている暇はない。

ルーチェ・アルマ

お気持ちはお察ししますが、急いでもらえますか?

ルーチェ・アルマ

心配しなくとも、食べたらすぐに出ていきますから

馬が地面をける音が聞こえる。
隊長・スクデリーア・マッサ率いる西エリアギルド遠征隊は、順当に本部のある町・クアドラートへ向かっていた。
今回、かなり大きなオークの群れを殲滅でき、全員が意気高揚としていた。
特に若輩騎士・セラータ・ピグメントは、尊敬するスクデリーアの直属に配属されて、遠征中ずっと口元が緩みっぱなしだった。
セラータは上級騎士なら皆持つ「異名」を持たないが、これでも実力を見込まれて騎士になった男だ。
騎士になれるのは常人よりも魔力を多く持ち、厳しい試練を乗り越えられた者のみが入れるため、セラータはこの部隊に誇りを持っていた。

セラータ・ピグメント

隊長、この森を抜ければクアドラートまでもうすぐです

うむ。皆此度の遠征で疲れている。できれば魔物に遭遇することなく帰還したいところだ。

スクデリーアが重々しく頷いた。
厳格ながらも部下を気遣い、そして齢50を過ぎても一切衰えない実力は、ギルド内でも非常に評価が高い。
実際、次の中央派遣の最有力候補と噂されているほどだ。
だから、セラータを含めて、彼を慕う若い騎士は多い。

辺りはすっかり真っ暗だ。馬が走る音だけが響く。
空の満月だけが唯一の光だ。

その時、セラータは不思議な音を耳にした。
馬の音で普通聞こえないはずなのだが、彼は素晴らしく耳が良いのだ。


今、近くから何か音がしなかったか・・・・・・?

どうした、セラータ?

セラータ・ピグメント

いえ、何か物音が聞こえた気が・・・・・・

どうせ、葉が揺れたとか、リスか何かがいたんだろう

同じ騎士仲間はそう言うが、セラータはすぐに肯定できなかった。
今の音は、木の上というより、むしろ地中から聞こえたような気がした。
まるで、地中から何かが盛り上がってきているかのように・・・・・・

突然、セラータ達の足元が膨れ上がった。
バランスを崩して馬が転倒すると同時に落馬する騎士たち。
セラータがすぐに体制を立て直して剣を構えると、そこには周りの木々と同じくらい巨大なゴーレムがいた。

ゲッヘッヘ・・・・・・

セラータ・ピグメント

くっ・・・・・・タイミングが悪いな

こちらは遠征帰りの身だ。万全とは言い難いし、未だに落馬のショックから立ち直ってない者までいる。
ここで戦っても勝率はかなり低い。
しかし、馬も怪我した状態では逃げるのも難しい。
ならば、やることは一つだった。

セラータはすぐに尊敬する隊長の姿を探した。しかし、目の届くところにはどこにもスクデリーアの姿は見えない。
一気に不安に襲われるセラータ。
対するゴーレムはまるで品定めするように騎士たちを見下ろしている。下品な笑い声のオプション付きだ。
というか、所詮石の魔物なんだから笑ってるんじゃないと怒りたいところだが、今のセラータに現状笑う余裕など微塵もない。

うっ・・・・・・・・・・・・

セラータ・ピグメント

隊長!

いた。
スクデリーアはゴーレムの足元だ。転倒した際に馬の下敷きになってしまったようだ。
もしゴーレムが一歩踏み出せばつぶされそうな距離にいる。
すぐに助けに向かおうとするセラータを、隊長は厳しく制する。

ダメだ!!来てはならん!!

セラータ・ピグメント

隊長、何を言ってるんですか!早く逃げないと・・・・・・

ああ、そのとおりだ。お前達だけでも逃げろ。私はもう助からない。

セラータ・ピグメント

隊長・・・・・・

セラータ・ピグメント

そんなこと、できるわけないじゃないですか!!

早く行け!!これは命令だ!!

ゴチャゴチャうるせぇよ

瞬間、隊長の体がゴーレムの足に隠された。
むごたらしい音と共に、骨が砕ける音がかすかに聞こえた。


それは、セラータを含め、騎士たちの士気を削ぐには十分すぎた。
へなへなと、その場に座り込む。
絶望が空間を支配していた。

セラータ・ピグメント

スクデリーア隊長・・・・・・・・・・・・

へっ、たわいもねぇぜ

そのままゴーレムは近くの騎士たちを手当たり次第に叩き始めた。
遅れて仲間たちも応戦するが、ゴーレムの体をわずかにけするだけで、気休めにもならなかった。

ゴーレムによる蹂躙が始まった。

セラータはそれを、ただ呆然と見ていることしかできない。


全滅


その言葉が、全員の頭をよぎったその時----

ルーチェ・アルマ

ああ、やっと着きました

pagetop