放課後の中庭だった。
俺は掲示板の前で立ちつくしていた。
放課後の中庭だった。
俺は掲示板の前で立ちつくしていた。
そんなっ、まさか流山先生が!?
ほほほ、困りましたわね。まさか、あの流山先生が学校のお金を着服するなんて
………………
まったく。せっかくお父さまの学園に入学して、高校生活を満喫しようとしたのに、クラスメイトは自殺する、副担任はお金を盗む……もう、散々じゃありませんか
クラスメイトの自殺って、キミは近藤さんのことを知っているのか?
ほほほ、知っているのも何も、流山先生が盗んだお金は、近藤さんの慰謝料ではないですか
ウソだ、先生がそんなことをするわけがない
私に言われても困りますわ
………………
たしかにそうである。
が。
キミは近藤さんの自殺を知っているんだ
もちろん。私は理事長の娘ですよ
自殺の理由も知っているのか?
俺は非難の目を向けそう言った。
しかし、鷹司美由梨は物怖じせずにこう言った。
心が弱かったんでしょうね
なんだその言い方はっ
それは私のセリフよ。あなた、なんですかその態度は。誰に向かって話してるか、分かってますの?
……人殺し、人殺しだよ
はあん?
おまえは人殺しだと言ったんだっ
俺は、鷹司美由梨をにらみつけた。
怒りを抑えることができなかった。
胸ぐらをつかもうと一歩、前に出た。
しかし、その瞬間。
鷹司美由梨の後ろから、大男があらわれ殴られた。
俺は、ぶっ倒れた。
まったく、野蛮で困ったことですわ。お父さまのSPがいなかったら危ないところでした
お嬢さま、大丈夫ですか?
心配いりません。それよりも、あなた、この野蛮な男子を少々こらしめてやりなさい
はっ
俺は無理やり立たされた。
それから大男に力いっぱい腹を殴られた。
ぐわっ
腹をおさえうずくまると、髪をつかまれ、また殴られた。
俺は、ふらふらになりながら逃げようとした。
掲示板のまわりにいた生徒は、いつしかいなくなり、中庭には俺たちのほかにはもう誰もいなくなっていた。
校舎の窓から何人かが見ているだけだった。
誰か……
ほほほ、助けを呼んでもムダですわ。私に生意気な態度をとったことを反省なさい。自分がしたことの愚かさを身をもって知りなさい
ぐぅ
俺は地面に突っ伏した。
顔をあげると背中を踏まれた。
そして鷹司美由梨の声がした。
あなたのような下層の者は、そうやって一生這いつくばって生きていくのよ。ほら、私の靴をお舐めなさい。そうすれば許してあげる。まあ、舐めかたがお上手なら、ほほほ、ペットとして飼ってあげてもよろしくってよ
くっ
起き上がろうとする俺の眼前に、すっと革靴が差しだされた。
見上げると、鷹司美由梨がまるで汚物でも見るような目で、俺を見下ろしていた。
彼女は吐き捨てるようにこう言った。
まったく、こんな下等な者が入学できるなんて。来年からは家柄の審査もするよう、お父さまに言わないと
そのとき、校舎から出てくる集団が目に入った。
その集団には警官が何人かいた。
俺は渾身の力をふりしぼった。
跳びはねるように起き上がり、集団に向かった。
叫んだ。
助けてください! あの男に殴られました!!
なにっ!?
警官がいっせいに身構えた。
スーツ姿の上官が俺の後ろを見た。
首をかしげて、となりの男を見た。
となりの男は学園の理事長……鷹司美由梨の父だった。
どうしたんだ、美由梨
どうしたもこうしたもありませんわ
殴られたんですっ
だって。私、危なかったんですもん。SPは何も悪くありませんわ
しかし、彼はボロボロじゃないか。土まみれだが、ぶっ倒れるまで殴ったんじゃないのか?
……だってえ。彼が這いつくばって、私の下着を覗こうとするから
ウソだっ!
俺は噛みつくように言った。
すると理事長は、うんざりしてため息をついた。
それから俺に蔑(さげす)むような目を向けて、こう言った。
ああ、キミ。うちの生徒だと思うがね。突然、美由梨のことをウソつき呼ばわりして、私が信じると思うかね? キミと美由梨、私がどっちの言葉を信用すると思うのかね?
でもっ
ああ、理解力の悪い生徒だな。立場をわきまえたまえと言っているのだよ。まったく、キミは私の娘に迷惑をかけただけでなく、理事長である私と、ここにいる警察署長の貴重な時間を奪っているのだよ。そのことを少しは自覚しているのかね?
警察署長……
キミに呼び止められて、すでに数分が経っている。いったいキミは、私たちが1分でどれくらい稼ぐと思っているのかね。まったく、はやくそういった視点で物事を考えられるようになって欲しいものだよ。当学園の生徒ならばっ
理事長は、イヤミったらしくそう言った。
嫌な笑顔だった。
俺は激怒した。
怒りを抑えることができなかった。
そういった考えで、生徒の自殺をもみ消したんですか! もみ消したほうが稼げると思ったから、近藤さんの自殺をもみ消したんですか!! 娘のイジメが原因で死んでるんですよ、あんたそれでも心は痛まないのか!!!
ふんっ
警察署長さんっ、ウソじゃありません。調べれば分かります
俺は一心に言った。
理事長と警察署長は、目と目を逢わせた。
同時に、ため息をついた。
警察署長はこう言った。
困りますよ、鷹司さん。なんで生徒が知っているんですか。自殺の事実を知る者は最小限にとどめてくれないと、面倒になると言ったじゃないですか
えっ!?
すみませんね、九条さん。この埋め合わせは、週末のゴルフで必ずしますよ
ははっ、それは楽しみですな
お手やわらかに。というわけで九条さん、このウソつき少年のことは、ひとつ大目に見てやってくれませんかね。まったく、美由梨もこんな虚言癖(きょげんへき)のある男にからまれて可哀想に
まったくですわ
なにをっ!?
まあ、ここは学園内だし、警察が出しゃばるわけにもいかんでしょう。お嬢さんに対する名誉毀損は、キツめに一発、罰を与えて、後は不問にしましょうか
えっ!?
ははは、それでお願いします
おいっ、厳しいのを一発入れてやれ
はっ!
俺は警官に殴られ、突っ伏した。
ほほの痛みよりも、警官に殴られたというその事実がこたえた。
ははは、いい勉強になったじゃないか。キミも当学園の生徒なんだから、まるっきしクズというわけでもないだろう。まあ、我々のようになるのは不可能だが、それでも当学園で自己を研さんし、それなりの人物になりたまえ
ちくしょう!
いい目だ。そうそう、その意気だ。どんな汚い手を使っても必ず見返してやると、そういう気概で頑張りたまえ。どんどん汚い手を使いたまえ。キミらは死にもの狂いであがいて、ようやく中流なんだから
きっ、汚い手など! バカにするな!!
ああ、勘違いするんじゃない。いい機会だから教えてあげようか。富と権力はあらゆる手段をもって護持される。もちろんそれに汚い手も含まれる。まあ、身をもって知っているとは思うがね
さすが理事長。学ぶことが多いですな
いえ、当たり前のことを言ったまでですよ。ただまあ、『親はこんなことも教えないのか』と、少々落胆していますがね
まったく困りものですわ
ちくしょう。
ここまでコケにされて黙っていられるか。
俺は怒りと屈辱にふるえた。
しかし、立ち上がろうとしたところを、SPに胸ぐらをつかまれた。そして殴られた。
俺はぶっ倒れた。
美由梨たちは、そんな俺を侮蔑に満ちた目で見下ろした。
そして中庭を後にした。
なあ、美由梨。これから九条さんと市長のパーティーに行くのだけれど、おまえも来るかい?
まあ、嬉しいわ。でも、お父さま。私、こんな格好じゃあ……
家から着替えを持ってこさせよう。それとも、百貨店から取り寄せるかい?
では、メイドに指示を。だって、百貨店よりも家のほうが衣装が多いのだもの
ははははは
彼らの楽しげな笑い声が、いつまでも耳に残った。――